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二章
空
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帰り道、僕は一応、公園のベンチを見てみた。
ウルフはいつものところに座っていた。
僕は嬉しくなってウルフの元へと駆け寄った。駆け寄って、彼女の様子がいつもと違うことに気がついた。
ウルフは決まって床一点を見つめているのに、今日はぼんやりと空を見上げていた。
僕は声をかけるのを迷ってしまった。気づくまで待とうか、それともいつもと変わらず接しようか・・・。
僕は変わらず接することにした。
ウルフの元へと近づき、「やあ」と言った。ウルフは気づかなかった。いつもは僕を見たら笑ってくれるのに、今日は何かあったんだろうか。
僕はもう一度声をかけた。
「ウルフ?」
「ふぇ!」
ウルフがびっくりして体をビクッとさせた。
「ごめん、脅かすつもりはなくて・・・」
「あ、ううん。ぼーっとしてただけだから気にしないで!」
「何か考え事?」
僕がそう聞くと、ウルフは「うーん、まあそんな感じ」と言葉を濁した。
それ以上聞くのは悪い気がして、僕は昨日蓮と話したことを実践してみた。
「あ、あのさ、ウルフ。ウルフは兄弟とかいるの?」
「妹が1人いるよ」
「妹いるんだ!似てる?」
「うーん、髪の毛の色とか服装とかは似てるかも?」
僕は想像してみた。ウルフとよく似たキャラメル色の髪の毛。真っ黒に濡れた瞳。黒いパーカーに黒いタイツ、ベージュのキュロット・・・。
きっと可愛いのだろう。
「いくつ?」
「まだ小学校の2年生。だから学校に行ってるよ」
「ほえー」
僕とウルフは、しばらく姉妹ネタで盛り上がった。そして、僕が一番聞きたかったことを聞けたのは、いつもバイバイする時間だった。
「もうそろそろ帰らないとね」
「ま、待って!最後に一つだけ・・・。ウルフには・・・好きな人がいる?」
引き止めてまでして聞いた僕を見て、ウルフの目は大きく見開かれた。
「・・・そんなふうに見えた?」
意外な返答が返ってきて僕は戸惑った。YesかNoでしか返ってこないのだと思っていたから、考えてもいなかった。
頭をめぐらせて、必死に言い訳をする。
「いや、見えたとかじゃなくて・・・その・・・。き、気になってさ」
ウルフの顔が寂しさに満ちていた。僕は固まった。なんでそんな顔するんだろう。
今までに見たこともないほどの寂しそうな顔で僕を見つめる。
僕の心臓が早くなった。これは間違いなくYesだ。直感でそう思った。けど、それは誰なんだろう。
僕なのか、他の誰かなのか・・・。
「いるよ、好きな人」
僕は大して驚かない。予想はついさっきしていたから。聞くか聞かないかと考えていたことを、僕は無意識に聞いていた。
「それは・・・誰?」
もうすぐ秋が来る、夕焼けの空の下。
僕の声は風にかき消された。
家に着いてから、食事をとる気力もなかった。お風呂だってめんどくさくて、とにかく布団の中に入ってしまいたかった。
誰にも顔を見られずに、怪しまれずにいつまでも静かに泣いていられる場所。
夕飯を食べない時点で母親に心配されたが、僕はそれどころじゃなく、どうしようもなく悲しかった。
さっきの、公園での出来事を思い出した。
「それは・・・誰?」
僕の声は風にかき消されたと思った。虚しいくらい小さくて、相手に聞こえてないんじゃないかと思った。
しかし、ウルフの耳にはちゃんと届いていた。
その答えも、僕の耳にきちんと届いた。
「あのね、年上の人。優しくて、いつも私の目を見て話してくれる。一緒にいたら楽しいの」
僕の胸は期待でいっぱいだった。
「・・・でも、一緒にいたら切なくなるの」
耳を疑う。
「切ない?」
「そう。叶わないってわかってるから。それに、許されないから。だから気持ちを伝えることも出来ない」
彼女はそう言って悲しそうに目を伏せた。何かに耐えているような、初めて会った時の顔だった。
僕に友達になって欲しい、と言った時の顔。
「それは・・・狼だから?」
言ってから違和感を感じた。別に、ウルフは見た目普通の人間だし、ウルフの片親は狼男だし。人間と恋するのは自由なはずだ。
彼女は首を振った。
「違うよ。狼と人間は結婚だってできるもん。そうじゃない。狼とか以前に、教師と生徒だから。私の好きな人は、小学校のときの担任の先生」
僕の期待は粉々に割れた。というか予想外の展開だった。てっきり、他に好きな人いても友人とかだと思っていた。
僕はそれ以上何も聞けなくなって、気づけば1人になっていた。
「先生、先生は私をどう思う?」
「大神は先生にとって大事な児童だよ」
そうじゃない。そんなことが聞きたいわけじゃない。
「女として魅力あると思う?」
「小学生が何を言っているんだ。小学生は、大人っぽいとか色っぽいとかよりも無邪気なのが魅力だろ?」
先生は笑いながらそう言った。
無邪気なのが魅力。それって子どもっぽいってことだろうか。
先生はどうしたら見てくれる?私をもっと見て欲しい。意識して欲しい。
でも、先生と小学生が釣り合うわけない。
どれだけおしゃれして、頭良くて、大人っぽくても意識してくれないのなら、気持ちを伝えるしかない!
私は毎朝行くべきベンチに行かず、小学校へと向かった。懐かしかった。懐かしくて、つい目的以外のところも散策して見て回った。
こんなところが先生に見つかったら怒られるだろうとも思ったけど、先生と一緒に過ごした校舎がもはや懐かしくて私は先生に会えずに、学校を出た。
すると、タイミングよく先生がいた。声をかけようとして歩き出した・・・その足が止まった。
先生が乗っていた車の運転席には見知らぬ女性。
先生はその女性に手を振って、笑顔を向けたあと、ずっと車を見送っていた。
私は動けずにいた。
車が見えなくなって、先生が振り返った。
「あれ?大神じゃないか」
私は先生に、「綺麗な女の人だね」と言ってみた。先生は照れたように笑って、「先生の自慢の彼女だよ」と言った。
私は先生に「おめでとう」としか言えず、その場を去った。
真っ直ぐ公園へ向かう。登校時間はとうに過ぎていた。本来なら家に帰らなくちゃいけない時間。
でも帰って勉強する気力なんてなかった。
私は先生の笑顔を思い出して、ぼんやりと空を見上げていた。
ウルフはいつものところに座っていた。
僕は嬉しくなってウルフの元へと駆け寄った。駆け寄って、彼女の様子がいつもと違うことに気がついた。
ウルフは決まって床一点を見つめているのに、今日はぼんやりと空を見上げていた。
僕は声をかけるのを迷ってしまった。気づくまで待とうか、それともいつもと変わらず接しようか・・・。
僕は変わらず接することにした。
ウルフの元へと近づき、「やあ」と言った。ウルフは気づかなかった。いつもは僕を見たら笑ってくれるのに、今日は何かあったんだろうか。
僕はもう一度声をかけた。
「ウルフ?」
「ふぇ!」
ウルフがびっくりして体をビクッとさせた。
「ごめん、脅かすつもりはなくて・・・」
「あ、ううん。ぼーっとしてただけだから気にしないで!」
「何か考え事?」
僕がそう聞くと、ウルフは「うーん、まあそんな感じ」と言葉を濁した。
それ以上聞くのは悪い気がして、僕は昨日蓮と話したことを実践してみた。
「あ、あのさ、ウルフ。ウルフは兄弟とかいるの?」
「妹が1人いるよ」
「妹いるんだ!似てる?」
「うーん、髪の毛の色とか服装とかは似てるかも?」
僕は想像してみた。ウルフとよく似たキャラメル色の髪の毛。真っ黒に濡れた瞳。黒いパーカーに黒いタイツ、ベージュのキュロット・・・。
きっと可愛いのだろう。
「いくつ?」
「まだ小学校の2年生。だから学校に行ってるよ」
「ほえー」
僕とウルフは、しばらく姉妹ネタで盛り上がった。そして、僕が一番聞きたかったことを聞けたのは、いつもバイバイする時間だった。
「もうそろそろ帰らないとね」
「ま、待って!最後に一つだけ・・・。ウルフには・・・好きな人がいる?」
引き止めてまでして聞いた僕を見て、ウルフの目は大きく見開かれた。
「・・・そんなふうに見えた?」
意外な返答が返ってきて僕は戸惑った。YesかNoでしか返ってこないのだと思っていたから、考えてもいなかった。
頭をめぐらせて、必死に言い訳をする。
「いや、見えたとかじゃなくて・・・その・・・。き、気になってさ」
ウルフの顔が寂しさに満ちていた。僕は固まった。なんでそんな顔するんだろう。
今までに見たこともないほどの寂しそうな顔で僕を見つめる。
僕の心臓が早くなった。これは間違いなくYesだ。直感でそう思った。けど、それは誰なんだろう。
僕なのか、他の誰かなのか・・・。
「いるよ、好きな人」
僕は大して驚かない。予想はついさっきしていたから。聞くか聞かないかと考えていたことを、僕は無意識に聞いていた。
「それは・・・誰?」
もうすぐ秋が来る、夕焼けの空の下。
僕の声は風にかき消された。
家に着いてから、食事をとる気力もなかった。お風呂だってめんどくさくて、とにかく布団の中に入ってしまいたかった。
誰にも顔を見られずに、怪しまれずにいつまでも静かに泣いていられる場所。
夕飯を食べない時点で母親に心配されたが、僕はそれどころじゃなく、どうしようもなく悲しかった。
さっきの、公園での出来事を思い出した。
「それは・・・誰?」
僕の声は風にかき消されたと思った。虚しいくらい小さくて、相手に聞こえてないんじゃないかと思った。
しかし、ウルフの耳にはちゃんと届いていた。
その答えも、僕の耳にきちんと届いた。
「あのね、年上の人。優しくて、いつも私の目を見て話してくれる。一緒にいたら楽しいの」
僕の胸は期待でいっぱいだった。
「・・・でも、一緒にいたら切なくなるの」
耳を疑う。
「切ない?」
「そう。叶わないってわかってるから。それに、許されないから。だから気持ちを伝えることも出来ない」
彼女はそう言って悲しそうに目を伏せた。何かに耐えているような、初めて会った時の顔だった。
僕に友達になって欲しい、と言った時の顔。
「それは・・・狼だから?」
言ってから違和感を感じた。別に、ウルフは見た目普通の人間だし、ウルフの片親は狼男だし。人間と恋するのは自由なはずだ。
彼女は首を振った。
「違うよ。狼と人間は結婚だってできるもん。そうじゃない。狼とか以前に、教師と生徒だから。私の好きな人は、小学校のときの担任の先生」
僕の期待は粉々に割れた。というか予想外の展開だった。てっきり、他に好きな人いても友人とかだと思っていた。
僕はそれ以上何も聞けなくなって、気づけば1人になっていた。
「先生、先生は私をどう思う?」
「大神は先生にとって大事な児童だよ」
そうじゃない。そんなことが聞きたいわけじゃない。
「女として魅力あると思う?」
「小学生が何を言っているんだ。小学生は、大人っぽいとか色っぽいとかよりも無邪気なのが魅力だろ?」
先生は笑いながらそう言った。
無邪気なのが魅力。それって子どもっぽいってことだろうか。
先生はどうしたら見てくれる?私をもっと見て欲しい。意識して欲しい。
でも、先生と小学生が釣り合うわけない。
どれだけおしゃれして、頭良くて、大人っぽくても意識してくれないのなら、気持ちを伝えるしかない!
私は毎朝行くべきベンチに行かず、小学校へと向かった。懐かしかった。懐かしくて、つい目的以外のところも散策して見て回った。
こんなところが先生に見つかったら怒られるだろうとも思ったけど、先生と一緒に過ごした校舎がもはや懐かしくて私は先生に会えずに、学校を出た。
すると、タイミングよく先生がいた。声をかけようとして歩き出した・・・その足が止まった。
先生が乗っていた車の運転席には見知らぬ女性。
先生はその女性に手を振って、笑顔を向けたあと、ずっと車を見送っていた。
私は動けずにいた。
車が見えなくなって、先生が振り返った。
「あれ?大神じゃないか」
私は先生に、「綺麗な女の人だね」と言ってみた。先生は照れたように笑って、「先生の自慢の彼女だよ」と言った。
私は先生に「おめでとう」としか言えず、その場を去った。
真っ直ぐ公園へ向かう。登校時間はとうに過ぎていた。本来なら家に帰らなくちゃいけない時間。
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