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心配性な受付嬢
しおりを挟む時刻は夜半。探索者たちは一日の依頼を終え、ギルド内に設けられている酒場で、酒を酌み交わし大騒ぎ。
私、探索者ギルド受付嬢ケイト・クラッカーは、いつも通りであれば夕方の定時に仕事を終え、溺愛するペットの猫が待つ家に帰るのだが、今なおカウンターに座り、そわそわと落ち着ない様子でボーっとギルドの入り口を眺めていた。
私は待っているんだ。未だ帰ってこない妹のような友人を。
アリス・ウォルナット。
毛先が緩く巻かれた栗色の髪、パッチリと大きな碧い瞳、子供と間違われる程の小柄な体躯に相応するあどけない顔立ち。
守ってあげたくなるような、そんな雰囲気を持っている魔法使いの少女。
かの有名な「アカデミー」を退学させられ、王都からあてもなく辺境の街へとやってきては、探索者になったアリス。
あの子は自覚していないだろうが、実力は申し分ない。
たとえ初級魔法しか使えないとしても、全属性使用できる上、状況に応じて器用に使い分けることができるほど、頭の回転も速い。
その上、魔法以外のことにも意欲的で向上心もある。努力を惜しまず、学ぶ姿勢は見習うべきところだ。
――そんな彼女の努力を同業者は認めてはくれなかった。
全属性使用可能という魔法使いは興味の対象となり、パーティーの勧誘は絶えない。
しかし、どれも初級魔法しか使えず、”侵略者”を倒すのにも時間がかかってしまう。
後方支援をしようにも、初級では対して効果は期待できない。
そうして、アリスは度々解雇され、「役立たずの魔法使い」という僭称を付けられ、蔑まれる日々を送った。
そんな彼女が心配だった。
まだ成人前の幼い少女には酷なものだ。探索者になる以前から傷を抱えているというのに。
私はアリスを気にかけていた。
彼女の話を聞き、食事に誘い、休みの日には買い物をしたり、家に泊めることもしばしば。
アリスも、私を本当の姉妹のように感じてくれていたら嬉しい。
そして、アリスは今朝、探索者を辞める決意をし、最後の冒険としてダンジョンへと向かった。
低ランクダンジョン「始まりの洞窟」。新人探索者の教育場としても利用されているダンジョンだ。
軽い探索程度なら、半日もあれば事足りる。あそこは地図もあるし、道も舗装されている。
それなのに、夕方を過ぎてもアリスは帰ってこなかった。
時刻は既に日を跨いでいる。それでも帰ってこないということは、アリスに何かあったに違いない。
待っていることしかできないのが、何とも歯痒い。
もどかしさを感じていると、酒場で騒いでいる一角から気になる話が聞こえてきた。
「――それにしても、今日は危なかったな!」
「危なかったって……お前が無暗にちょっかいかけるからだろうが」
「ああ!? 俺のせいかよ!」
「まあ、生きてるだけでもありがたいと思おうぜ。あの小動物みたいな女が、囮になってくれたから助かったんだしな」
その会話は三人の少年たちのもの。
剣士、弓士、魔法使いと一般的なパーティー構成みたいだ。
しかし、気になるのは「小動物みたいな女」と「囮になってくれた」という言葉。
彼らの装備を見るに、いかにも新人のようだが、少し浮足だっているように思える雰囲気だ。
……もし、私の想像通りであれば、彼らを取り締まらなければならない。
話を聞こうと立ち上がったその時。
「――君たち、今の話を詳しく聞かせてくれるだろうか?」
美しい金の髪を束ねた美青年が、少年たちの側に立っていた。
白いシャツに長いズボンというラフな恰好をしているが、腰に長剣を下げている。
エドワード・ジャムスラッド。今辺境の街で、最高位の虹ランクに一番近い、休暇中の金ランクの探索者だ。
少年たちを見る彼の表情は険しい。おそらく、彼も少年たちの話に聞き耳を立てていたのだろう。
「な、何だよ、アンタ……?」
「僕は金ランクのエドワード。恥ずかしながら、”光輝剣”と呼ばれている者だ」
『!?』
彼の二つ名を聞いたことがあるのだろう。目を見開いて硬直している。
彼らのような新人が声を掛けられるなど、思ってもみないはずだ。
剣士の少年が歓喜で顔を綻ばせているが、その勘違いはすぐに正された。
「先ほどの話、小動物のような女性と言うのは、栗色の髪をした魔法使いの少女の事かな?」
「あ、ああ。た、確かにそんな見た目の女でした……」
「やはりか。なら――君たちは禁忌を犯すはいないだろうね? 探索者間で違反とされる、”トレイン”を」
『っ!?』
エドワードの濃密な殺気を受け、少年たちは息を詰まらせ顔面蒼白になった。
周囲で騒いでいた探索者たちも、エドワードの言葉を聞き、少年たちに厳しい視線を向ける。
彼らは誇りをもって探索者をしている。禁忌を犯すなど、彼らにとっては悪でしかない。
……アリスを蔑むのはどうかと思うけれど。
少年たちは恐怖と居心地の悪さを感じ、逃げ出そうとする。
だが、新人の彼らがベテランに囲まれて逃げられるはずもなかった。
即座に取り押さえられ、ギルドの奥へと連行されていく。
さっきまでの喧騒が嘘のように静まり返ったギルド内で、エドが慌てた様子でカウンターに近づいてくる。
「ケイト、アリスが向かったのは『始まりの洞窟』で間違いないかい!?」
「そ、そうだけど。あ、あなた、その今から向かう気? その服装で?」
「早くいかないと間に合わないかもしれないじゃないかっ。僕なら、この装備でも問題はない。すぐに向かう――」
エドが駆け出そうとしたとき、ギルドの入り口付近から楽しそうな会話が聞こえてきた。
聞きなれた少女の声と、知らない少年のような声。
その場にいた誰もが視線を入口に向けた。
「アリス、体術とはいかないまでも、体の使い方は学ぼう。あんな腰の入っていないへなちょこパンチじゃ、ドラゴンを殴るなんて夢のまた夢だよ」
「う、うるさいわねっ! ていうか、ドラゴンなんて殴らないわよ! あーもうっ。急いで帰ってきたからすっごい汚れたじゃない。早くお風呂入って――……へ?」
「おや、アリス。随分と人気者みたいだね。それとも、ボクの愛らしい姿が注目を集めてしまったのかな。いやはや、困ったものだね。屈強な男でさえ魅了してしまうだなんて。ボクとしては美しい女性の視線を集めたいものだが」
ギルドの入り口から、リスのような生き物を頭に乗せたアリスが姿を見せた。
いつもよりもスッキリとした顔つきで、いつもみたいに無理して笑っているわけでもない。
何かが吹っ切れたようなアリスの様子に、私もエドワードも戸惑ったのだった。
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