蟲籠の島 夢幻の海 〜これは、白銀の血族が滅ぶまでの物語〜

二階堂まりい

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七章

3 手に入らない救い

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 鎮神しずか真祈まき路加ろかまどか、そして気絶した与半よはんを乗せた車は走り出す。

 ある程度進んだところで、鎮神が切り出した。
「さっきから島の人たちを全く見かけないと思いませんか? 
 もう少しパニックになっていてもおかしくないし、ヒビシュだってもっとうろついていそうなものだけど」

 車は灯台のある北へ進路をとり、海沿いの道路を駆け抜けている。
 右手には集落が流れていくが、騒動が起こっているような様子は無く、ゴーストタウンさながらの静けさだった。
 いくら人口の少ない島とはいえ、ここまで人気が無いのは異常だ。

 それを聞いた真祈は何かに気付いたのか、上体を折って車内へ顔を見せると早口に指示を出した。
「灯台が見えてくる手前の物陰で車を停めてください。
 灯台へは歩いて接近します」

 しばらくして路加は言われた通り、港から数メートルほど手前の物置小屋の陰に停車する。

 与半を置いた四人がそこで下車したところで、真祈が手早く説明する。
「私は、ヒビシュが灯台の周囲を囲んで、忌風雷いむふらの入手を邪魔しているような気がしています。
 まずは隠れながら状況確認をしましょう。
 蹴散らせるようならもちろん戦います。
 しかし皆さんはウトゥ神の加護を使いこなせていませんし、そもそも乱戦に向いている能力ではない。
 私の攻撃も、灯台を巻き込まずに大軍と戦えるほど器用ではない」

「ええ、飛び出すような真似はしません」
 路加が小声で答えると、四人は偵察に散っていく。

 戦い慣れた真祈と治癒能力を持つ路加はそのまま道を進み、
戦い慣れていない鎮神と戦闘に不向きな能力の団が近くの民家に入って二階から灯台を見下ろす。

 二百人に満たない人口、その全てが同時にヒビシュと化したわけではないだろう。
 先ほど士師宮家で見た人々の変化にも、個人差があった。
 今存在するヒビシュはおそらく百人前後であろう――それが灯台を中心に、軍隊のように整列している。
 老若男女の別なく、誰のものとも分からぬ血に塗れた顔で虚ろに立ち尽くしている。

 団は涙を堪えながら、滲んだ視界でどうにか滅んだ島を見下ろす。
 そして、『軍隊』とは別に集落を彷徨う、ヒビシュと化した人々が二、三居るのを見た。

「あれは……遊軍ってところか」
 団が呟くと、隣に居た鎮神が答える。
「忌風雷を取られたくはないけど、おれたちを積極的に殺す気でもあるってことですかね」
「戦力を分散するような知能がヒビシュに残っているのかな。
 忌風雷は大昔の戦いを終結に導いたものだから、帝雨荼ていあまたの呪いにその記憶が刻まれているなら、前回の敗因に対処するような行動を本能的にとっても不思議じゃない。
 でも本能だけじゃ、きっと遊軍の配置なんて出来ない……」
「ええ。本能というには、統率がとれすぎていると思います。
 でもヒビシュは帝雨荼の命令さえ聞かないはず。
 何か……まだ分かっていない要因がある気がする」

 不安は果てしなく広がるばかりだが、士気を折るまいと泣き言を堪え、二人は家屋を出る。
 既に真祈と路加は戻って来ていた。
 
 路加は無念そうに頭を振る。
「こちらも、突破口は見つけられなかった。
 あの人数をなんとかして灯台に近付くなんて無理だ」

「ですよね。悔しいけれど、深夜美さんのように強力な能力をいくつも持っていたら、事態は変わっていたのかな……」
「あ、それいいですね」
 鎮神の言葉に、急に真祈が口を挟んだ。
 状況がいかに悪いかという話をしていたのに、相変わらず妙なことを言う。
「何が良いんですか?」
「自分が深夜美さんの立場であれば、ヒビシュをどうするか――そう思考することが、です。
 確かに、人を用いた蠱毒にヒビシュは有用です。
 しかし深夜美さんは、自身がヒビシュに襲われるという可能性については考えなかったのでしょうか? 
 あれは黒頭を滅ぼすために生まれた呪いながら、帝雨荼の狂気が影響し、カルーの民をも喰ってしまうという代物。
 よりによって深夜美さんだけが攻撃対象に入らないはずが無い」

 真祈の説明から導かれるのは、とても信じたくはないことだった。
 しかし、そう考えるのが自然なのだろう――深夜美には、それだけの力がある。

「軍隊を指揮するように、ヒビシュを操ることが出来れば良いのでは……
と、私が彼の立場なら思うでしょうね」
 忌々しい悪の権化の思考パターンをなぞるなど、それだけでも吐きそうだ、とばかりの苦々しさを滲ませて路加が言う。
 誰もそれに反論しなかった。

「腐食、洗脳の次はヒビシュを操る、か」
 深夜美がいかに強くとも、単純な力比べであればカルーの民の血は赤松に負けるはずがない。
 しかし深夜美の執念という闇が、どこまでも不安要素としてのしかかってくる。

「では、深夜美さんを殺すことが最優先のようですね」
 四人は車を停めてある地点へ戻る。
 そしてすぐに、後部座席に横たえていた与半の姿が消えているのを見た。
「鷲本さん……! 
 私たちが離れていた間に目を覚まして、深夜美やヒビシュたちのこと、何も知らないまま……!」
 路加は車体に手を突いて呻く。
 鎮神も、一人だけでも見張りを置いておくべきだったか、と頭を抱えた。

「どうしますか? 
 鷲本さんはウトゥの加護を受けた戦力であり、助ける意義はある。
 しかし深夜美さんを探して手っ取り早く叩いた方が、結果的に鷲本さんを助けることになるかもしれない」
 真祈が問うてくる。

 本当ならば与半を救うために駆け出してしまいたかったが、状況がそんな感情論を許してはくれない。

「では……深夜美を、殺しに……」
「待ってください!」
 言いかけた路加を鎮神が遮る。

「おれがもし深夜美さんの立場なら、鷲本さんをもう一度洗脳して、おれたちと戦わせると思います。
 あの状況から鷲本さんが生還して、あるべき負傷も治っていて、ヒビシュになる気配が無いのを見れば、
深夜美さんは全てを理解して、今度はウトゥの加護を得た鷲本さんを差し向けてくるかも。
 おれたちの能力で液体念動に勝てるとは思えない」
 本当は与半を見捨てたくない一心から出た、咄嗟の筋書きであったが、鎮神自身が口にしてからぞっとするほど、有り得る話だった。
「だから、深夜美さんが手出しするより早く鷲本さんと合流するっていうのが、最適解じゃないかって思います」

 団と路加もそれに首肯し、真祈の顔を窺った。

 真祈は慈母じみた微笑を浮かべ、三人に従うように頷く。
「ええ、鎮神の言う通りですね。行きましょう」
 真祈は喜んでいるように見えた。
 きっと、この決断が真祈一人では導き出さなかったであろうものだったからだろう。
 予測も出来ない決断の連続から成る不確かな未来を、自身の演算を超えてくれるものを、真祈は楽しんでいる。
 そしてその結末に何があろうと、全ては些事だとしか思っていない――。

「鷲本さんがどこに居るかなら、ぼくが調べられる」
 団は傍らにあった花壇から土を掴み取り、悪戯を思い付いたかのように含み笑いをした。
「ぼくも鎮神様を見習って、超能力に名前付けてみよっかなー」
「なっ……ていうか、あの時団さんは気を失ってたはずじゃあ……!」
「後から念写で見ちゃった! 
 カーレッジウィングス、でしたっけ?」
「うわ……今更恥ずかしくなってきた」
 鎮神は手の甲を頬に当て、照れて緩んだ表情を隠したり冷やしたりしている。
 
 一方で団は容を改め、土を握り込んだ拳を差し出す。
「これは暗黒を切り拓き、輝きを取り戻すための力……エポカドーロ!」
 無作為にばら撒かれた土は、地面に落ちる頃には二ツ河島の地図を表した砂絵になっていた。

 一部だけ円く砂が一粒も積もっていない箇所が地図上に現れる。
「この円の範囲に、鷲本さんは居る」
「鷲本さんの自宅じゃないか? 
 垂宍たるしし地区の中に居るなら、すぐ追いつけるはずだ。
 道が狭くなるから、車では侵入出来ないですね……」
 路加は集落の方を指し示す。

 ヒビシュの遊軍たちが彷徨う隘路だ。
 見知った顔を殺して進まなくてはならない、『深夜美を恨まずには居れない』戦場。
 ここで抱いた感情もまた深夜美の糧となるのだろう。

 それでも四人は歩き出した。
 怪物じみた存在への恐怖も、戦うことそのものへの迷いも、捨てきれはしない。
 ただ信念だけが足を動かしていた。


「ところで、おれのことを様付けで呼ぶの、そろそろ無しで良くないですか?」
 鎮神が言うと、団がすぐに反応した。
「でも、宇津僚家の人を様付けで呼ぶのって当たり前だったから、違和感が……」
「そ、そんなこと言ったらおれだってこの島に来るまで十年以上、様付けで呼ばれ続けることなんて有り得なかったし……」
 なにやらもじもじしている団と、呼ばれる度に痒くなる様付けをどうにかしてやめさせたい鎮神を横目に、路加は言い聞かせるような明瞭な声で言う。
「確かに、鎮神様ってずっと言ってると噛んじゃいそうな語感ですね。
 私は鎮神さんって呼ばせてもらうことにしようかな」
 路加が言うのを聞き、団はしばらく黙り込んだ後、少し顔を赤らめて呟いた。
「じゃ、鎮神……は駄目ですか?」
 それに鎮神が返事をする前に、団は喚きだした。
「す、すみません、駄目に決まってますよね! 
 何言ってんだろ、ぼく」
「いえ、全然構いませ……構わないよ、団」

 団と鎮神がもたもたと遣り取りしていると、路加はくつくつと笑った。
「君たちを見ていると、専門学校時代の友人たちに会いたくなってきたな。
 戦いが終わったら、会いに行くか」
 それを聞いて、団はしばしぽかんとする。
 そして砂漠に水が沁み渡るかのように、笑みを取り戻した。
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