蟲籠の島 夢幻の海 〜これは、白銀の血族が滅ぶまでの物語〜

二階堂まりい

文字の大きさ
83 / 117
七章

4 闇に包まれた島

しおりを挟む
 思考というにはあまりにも痛々しい念に突き動かされ、与半よはんは、闇に包まれた島を奔る。
 光源が作りものじみた三日月と禍々しい金星しか無くても、慣れ親しんだ集落ならば淀みなく駆けて行くことが出来る。

 仕事を終えて帰路についていた辺りから、先ほど誰かの車の中で目覚めるまでの記憶が抜け落ちていた。
 思い出そうとすれば、赤いものに脳細胞が灼かれ、喰われ、弄ばれている幻が襲い来る。
 或いは、それは幻ではなく記憶なのかもしれない。

 足に何かが引っかかって、与半は転んだ。
 普段は無いはずのものが道端にある。
 闇に馴染んだ目は、共に海に出ている男が倒れている姿を映した。
 自ら胸にナイフを突き立てる利き手、渇いた瞳。
 男のことも気にかかったが、既に息が無い者に構うより、妻子の無事を確かめる方が先だ。
 立ち上がり、今はただ走った。

 自宅に辿り着くと、玄関の戸は開け放たれていた。
 見知った顔ばかりの田舎では珍しくもないが、太陽が去り、異様なまでの静けさに包まれ、天変地異も斯くやという空気の中では嫌な想像を煽るばかりだ。
 
 懐中電灯を手にし、足音を殺しながら、居間へと向かう。
 愛着さえある畳の汚れ――あれは友人が煙草を落として焦がした痕で、これは小町がジュースを零した染みだ――が全て自分を睨みつける眼に見えてしまうほど怯えていた。

 ふと、鉄の匂いが鼻をついた。
 それを辿って台所に行くと、すぐに元を見つけることができた。
 粘った血溜まりの中に、骨と肉片が漂っている。
 赤い海から妻の髪留めを拾い上げた。

 しばらく呆けてから、髪留めを『彼女』に返すと与半は叫ぶ。
「小町……返事してくれ! 
 妻を殺した奴は出て来い、おれは逃げも隠れもしないぞ!」
 声に応えたのか、仏間の方から物音がして、目の端に人影が映った。
 包丁を取り出して構えつつ、そこに居るのが小町であってくれと願った。

 しかし現れたのは男だった。
 あどけなさの残る彼は、小町と交際しているという将太であった。

 将太が祥子を殺したのか、と思い頭に血が昇りかけるが、彼の涙に泥濘んで怯えきった顔と、二の腕にある深い傷を見て、どうにか踏み留まる。

「何があったか……説明できるか」
「お……小母さんを食い殺した……小町が……」

 将太の口から出た異様な手口に、呆気にとられ、そしてその次に出て来た愛娘の名を聞いた時、吐き気がこみあげてきた。

「……悪いが、理解できない……
 君、何か言い間違えているんじゃないか」
「いいえ。深夜美みやびの島内放送があった後、小町は……」
「待て、どうしてそこで深夜美さんが出て来るんだ」
 与半がそう言うと、今度は将太が驚いた表情をした。

「聞いてなかったんですか、あの放送」
「ああ……気を失っていたらしくて、記憶も薄い……」

将太の表情に、この家で起こったことを見なくて済んだ与半への羨望らしき脱力感が差した。

 二人は暗い仏間に身を隠すように座る。
 そして将太が話し始めた。
「ぼくが小町と小母さんと三人で居間に居た時、深夜美の島内放送が聞こえてきた。
 あいつは自分をアサルルヒとかルルーの民とか名乗って、それから気味の悪い歌を歌って……
 そしたらしばらくして小町が苦しみだして、小母さんを食い殺した」

 あの青年が悪鬼の血を引いており、日常を破壊したというのか。
 理解に苦しみ頭を抱えていたが、やがて記憶の奥底で疼くものがあった。
 赤くて甘ったるい誘惑に脳を侵され、憤怒のままに炎へ飛び込んだこと。
 自分自身から噴出した、宇津僚うつのつかさ家への憎悪。
 崩れ落ちた真祈まき、それに刃を振り下ろす歓喜――そして真祈を守る鎮神しずか

「そうだ、私もあいつに嘘を吹き込まれて洗脳されていた……! あいつが……」
 全てを思い出した与半は、愕然とする。


「ぼく、腰が抜けちゃってしばらく動けなくて……
 小町に腕を齧られてやっと正気に戻って、どうにか振り払って外に出て……
 そしたら、他の家でも同じようにおかしくなった人や、食い殺された人が居たみたいで、騒ぎになってました。
 食い殺される前に、深夜美への恨みを叫びながら自分で命を絶った人も居た……。
 怖くて、裏口から小町ん家に入り直して、仏間の押入れにずっと隠れてて……
 しばらくしたら、何かに呼ばれたみたいに突然、小町は出て行きました。
 他の家での騒ぎも同時に収まったみたいだったから、小町以外のおかしくなった人たちもどこかへ行ったのかも。
 歌が終わってすぐ、小町は泣き叫んで、溺れるとか、しょっぱくて痛いとか、眩しいとか……
 辺りには水も光も無いのにそう言って暴れて……
 助けてって言いながら小母さんを食ってた。
 ぼくは、何も出来なかった……」

 啜り泣く将太の肩を、与半は抱き寄せる。
「君のせいじゃない。悪いのは全部」
「私、だから」

 突如、第三者の声が降ってきた。

 掃き出し窓の向こうに、いつの間にか人影があった。
 与半が将太の手を引いて退ると同時に、家の外壁が溶けだして、庭に立っていた男――深夜美の姿が現れる。
 
 彼の背後にある家屋もどんどん腐食させられ無に還り、集落の中に一点だけ荒野が作られた。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

大切に──蒲生氏郷

国香
歴史・時代
百万石を守るためは、一人の男への操を捨てるしかないのか…… 太閤豊臣秀吉に求婚された右大臣織田信長の娘。 秀吉の長年の執着に気付きながらも、さりげなく彼女を守る参議蒲生氏郷。 父母の教えを守り、貞淑に生きてきた彼女は、イタリア人の言葉によって本心に気付く。その百万石を懸けた行動。 それが、関ヶ原の合戦の遠因になっていく……???

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

《完結》「パパはいますか?」ある日、夫に似た子供が訪ねて来た。

ヴァンドール
恋愛
嫁いですぐに夫は戦地に赴いた。すると突然一人の男の子が訪ねて来た「パパはいますか?」 その子供の顔は戦地に行った夫にそっくりだった。

処理中です...