蟲籠の島 夢幻の海 〜これは、白銀の血族が滅ぶまでの物語〜

二階堂まりい

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八章

5 赤の騎士と災厄の剣

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 顎から胸にかけてを砕かれて完全に停止した艶子を見下ろして、楼夫たかおはスレッジハンマーを置いた。

 同時に背後で玄関を上がってくる足音がしたので、楼夫はまだ艶子の四肢にかじりついているヒビシュたちに命じる。
「深夜美様がいらした。
 お前たちは灯台の包囲に戻れ」
 命じるとヒビシュは裏口の方へ立ち去る。

 玄関からは、血塗れの深夜美が確かな足取りで近付いて来た。
 赤く濡れそぼったコートを脱がせると、『傷一つ無い』肌がそこにあった。
「楼夫の素晴らしい作戦のお陰だ……よくやってくれた」
 優しく囁きかけてくる深夜美に恭しく頭を下げてから、
楼夫はその目尻にアイラインのように塗られていた深夜美の血液を拭う。


 命に関わる重傷を負わされた深夜美が再起し、疑似的な不老不死を得て決戦に挑むには治癒能力が必要だった。
 しかし呪力を集めるには、強力な恨みが必要だ。
 強く恨まれるためには戦わなくてはならない。

 そこで楼夫が提案したのは、楼夫が『深夜美の幻覚』を纏って行動することだった。
 深夜美の幻覚は、邪視に浮かぶ異様な文様や声の周波数、薫香など一つ一つに生物の脳を破壊する作用が含まれていることで発生する攻撃だ。
 このうち薫香ならば、血を塗付すれば他人に付与することが出来る。
 深夜美の薫香で敵の脳を攻撃し、楼夫を深夜美だと認識させながら敵を殺せば、
実際に活動していたのが楼夫であっても憎悪は深夜美という存在に対して向けられ、糧となる。

 その作戦通り楼夫は深夜美のふりをして艶子を殺し、深夜美に新たな力を発現させることが出来たのだ。
 ただ深夜美のふりをする際の言動は、艶子の反応を予測して深夜美が考えてくれたものをなぞっただけだが。

「血を洗い流して来たらいかがです。
 私はその間、食事の用意をしておきます」
「そうさせてもらうよ」
 深夜美は風呂に、楼夫はその間台所で料理を始める。

 野菜やハムを挟んだ、淡い色合いと優しい味付けのサンドイッチに、コーンスープ。
 ドルチェはアフォガートでも食べよう――怒り狂える女神が顕現するその刻まで。


 食事の準備が整ったところで、濃紺のバスローブを着た深夜美が台所に現れる。
 ついさっきまでピンヒールの硬質な音を鳴らしていた足は、今はスリッパの軽い音を立てながら歩いている。
「食堂で待っててもいいんですよ?」
「いや、暇を持て余すのは嫌いなのでな」
 さっきまで傷どころか風穴だらけだった細腕でトレーを抱え上げると、さっさと配膳してしまう。
 さすがハウスキーパーとして宇津僚家に潜り込んだだけあって手際が良いと、心配と同時に感心もさせられた。


 食堂の灯りを堂々と灯し、中央に鎮座する大きなテーブル、
そのほんの片隅の一角に、二人は隣り合って食事を摂った。

 まさか自分が宇津僚うつのつかさ家で寛ぐ日がくるとは思ってもみなかった、荒津家の何倍も広い、などと考えて楼夫はきょろきょろしてしまう。
 神の子の城を、根の国の王と悪魔の裔が征服したのだ。


「やはり楼夫の料理は美味いな」
「深夜美様ほどではありません」
「私たちの最も意見が合わない点といえばこれだな。
 互いに相手の方が料理上手だと信じて譲らないんだから」
 深夜美は穏やかに笑っている。
 
 残酷な世界に、這いつくばりながら生きてきた二人が巡り合って咲かせた一輪の花のような時。
 しかし所詮は花だ。
 花が枯れることでしか成せない実がある。
 深夜美の居場所がこんな小さな安寧ではないということは、楼夫もよく理解していた。


 食事を終えると深夜美は決戦に向けて新しく服を選んだ。
 祭服のような白いワンピース状の服だ。
 ハイネックの襟には二列になってハトメが穿たれていて、それを革紐で編み上げて前を留めるようになっている。
 シンプルだがハードな意匠は、純真さ故に苛烈な呪物と化した深夜美によく似合っている。
 ワンピースの下には共布のズボンと黒革のショートブーツが覗いていた。

 襟を編み上げてやりながら、楼夫は深夜美に告げる。
「少し見えづらくなっても、私はずっと剣として貴方の側に居ります。
 たまには……いいえ、片時も欠かすことなく、私のことをよすがとなさってください」
 子どもの頃だってこんな我儘に他者を求めたことは無かった。
 しかし今ならば何者の言いなりになることも無く、自分の気持ちに向き合える。
 好きなものを好きだと叫べる。

 紅い瞳を正面から見据えながら伝えると、深夜美の指先が楼夫の頭を撫でた――猫にするように、そして楼夫が彼についていくと誓ったあの夜のように。

「当然だ。
 必ず楼夫に、悪が勝ち、復讐譚が成り、闇が世界を支配する景色を見せる。
 決して楽な道のりではないだろうが、貴方が側に居るなら、ぼくは戦える」
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