98 / 117
八章
5 赤の騎士と災厄の剣
しおりを挟む
顎から胸にかけてを砕かれて完全に停止した艶子を見下ろして、楼夫はスレッジハンマーを置いた。
同時に背後で玄関を上がってくる足音がしたので、楼夫はまだ艶子の四肢にかじりついているヒビシュたちに命じる。
「深夜美様がいらした。
お前たちは灯台の包囲に戻れ」
命じるとヒビシュは裏口の方へ立ち去る。
玄関からは、血塗れの深夜美が確かな足取りで近付いて来た。
赤く濡れそぼったコートを脱がせると、『傷一つ無い』肌がそこにあった。
「楼夫の素晴らしい作戦のお陰だ……よくやってくれた」
優しく囁きかけてくる深夜美に恭しく頭を下げてから、
楼夫はその目尻にアイラインのように塗られていた深夜美の血液を拭う。
命に関わる重傷を負わされた深夜美が再起し、疑似的な不老不死を得て決戦に挑むには治癒能力が必要だった。
しかし呪力を集めるには、強力な恨みが必要だ。
強く恨まれるためには戦わなくてはならない。
そこで楼夫が提案したのは、楼夫が『深夜美の幻覚』を纏って行動することだった。
深夜美の幻覚は、邪視に浮かぶ異様な文様や声の周波数、薫香など一つ一つに生物の脳を破壊する作用が含まれていることで発生する攻撃だ。
このうち薫香ならば、血を塗付すれば他人に付与することが出来る。
深夜美の薫香で敵の脳を攻撃し、楼夫を深夜美だと認識させながら敵を殺せば、
実際に活動していたのが楼夫であっても憎悪は深夜美という存在に対して向けられ、糧となる。
その作戦通り楼夫は深夜美のふりをして艶子を殺し、深夜美に新たな力を発現させることが出来たのだ。
ただ深夜美のふりをする際の言動は、艶子の反応を予測して深夜美が考えてくれたものをなぞっただけだが。
「血を洗い流して来たらいかがです。
私はその間、食事の用意をしておきます」
「そうさせてもらうよ」
深夜美は風呂に、楼夫はその間台所で料理を始める。
野菜やハムを挟んだ、淡い色合いと優しい味付けのサンドイッチに、コーンスープ。
ドルチェはアフォガートでも食べよう――怒り狂える女神が顕現するその刻まで。
食事の準備が整ったところで、濃紺のバスローブを着た深夜美が台所に現れる。
ついさっきまでピンヒールの硬質な音を鳴らしていた足は、今はスリッパの軽い音を立てながら歩いている。
「食堂で待っててもいいんですよ?」
「いや、暇を持て余すのは嫌いなのでな」
さっきまで傷どころか風穴だらけだった細腕でトレーを抱え上げると、さっさと配膳してしまう。
さすがハウスキーパーとして宇津僚家に潜り込んだだけあって手際が良いと、心配と同時に感心もさせられた。
食堂の灯りを堂々と灯し、中央に鎮座する大きなテーブル、
そのほんの片隅の一角に、二人は隣り合って食事を摂った。
まさか自分が宇津僚家で寛ぐ日がくるとは思ってもみなかった、荒津家の何倍も広い、などと考えて楼夫はきょろきょろしてしまう。
神の子の城を、根の国の王と悪魔の裔が征服したのだ。
「やはり楼夫の料理は美味いな」
「深夜美様ほどではありません」
「私たちの最も意見が合わない点といえばこれだな。
互いに相手の方が料理上手だと信じて譲らないんだから」
深夜美は穏やかに笑っている。
残酷な世界に、這いつくばりながら生きてきた二人が巡り合って咲かせた一輪の花のような時。
しかし所詮は花だ。
花が枯れることでしか成せない実がある。
深夜美の居場所がこんな小さな安寧ではないということは、楼夫もよく理解していた。
食事を終えると深夜美は決戦に向けて新しく服を選んだ。
祭服のような白いワンピース状の服だ。
ハイネックの襟には二列になってハトメが穿たれていて、それを革紐で編み上げて前を留めるようになっている。
シンプルだがハードな意匠は、純真さ故に苛烈な呪物と化した深夜美によく似合っている。
ワンピースの下には共布のズボンと黒革のショートブーツが覗いていた。
襟を編み上げてやりながら、楼夫は深夜美に告げる。
「少し見えづらくなっても、私はずっと剣として貴方の側に居ります。
たまには……いいえ、片時も欠かすことなく、私のことをよすがとなさってください」
子どもの頃だってこんな我儘に他者を求めたことは無かった。
しかし今ならば何者の言いなりになることも無く、自分の気持ちに向き合える。
好きなものを好きだと叫べる。
紅い瞳を正面から見据えながら伝えると、深夜美の指先が楼夫の頭を撫でた――猫にするように、そして楼夫が彼についていくと誓ったあの夜のように。
「当然だ。
必ず楼夫に、悪が勝ち、復讐譚が成り、闇が世界を支配する景色を見せる。
決して楽な道のりではないだろうが、貴方が側に居るなら、ぼくは戦える」
同時に背後で玄関を上がってくる足音がしたので、楼夫はまだ艶子の四肢にかじりついているヒビシュたちに命じる。
「深夜美様がいらした。
お前たちは灯台の包囲に戻れ」
命じるとヒビシュは裏口の方へ立ち去る。
玄関からは、血塗れの深夜美が確かな足取りで近付いて来た。
赤く濡れそぼったコートを脱がせると、『傷一つ無い』肌がそこにあった。
「楼夫の素晴らしい作戦のお陰だ……よくやってくれた」
優しく囁きかけてくる深夜美に恭しく頭を下げてから、
楼夫はその目尻にアイラインのように塗られていた深夜美の血液を拭う。
命に関わる重傷を負わされた深夜美が再起し、疑似的な不老不死を得て決戦に挑むには治癒能力が必要だった。
しかし呪力を集めるには、強力な恨みが必要だ。
強く恨まれるためには戦わなくてはならない。
そこで楼夫が提案したのは、楼夫が『深夜美の幻覚』を纏って行動することだった。
深夜美の幻覚は、邪視に浮かぶ異様な文様や声の周波数、薫香など一つ一つに生物の脳を破壊する作用が含まれていることで発生する攻撃だ。
このうち薫香ならば、血を塗付すれば他人に付与することが出来る。
深夜美の薫香で敵の脳を攻撃し、楼夫を深夜美だと認識させながら敵を殺せば、
実際に活動していたのが楼夫であっても憎悪は深夜美という存在に対して向けられ、糧となる。
その作戦通り楼夫は深夜美のふりをして艶子を殺し、深夜美に新たな力を発現させることが出来たのだ。
ただ深夜美のふりをする際の言動は、艶子の反応を予測して深夜美が考えてくれたものをなぞっただけだが。
「血を洗い流して来たらいかがです。
私はその間、食事の用意をしておきます」
「そうさせてもらうよ」
深夜美は風呂に、楼夫はその間台所で料理を始める。
野菜やハムを挟んだ、淡い色合いと優しい味付けのサンドイッチに、コーンスープ。
ドルチェはアフォガートでも食べよう――怒り狂える女神が顕現するその刻まで。
食事の準備が整ったところで、濃紺のバスローブを着た深夜美が台所に現れる。
ついさっきまでピンヒールの硬質な音を鳴らしていた足は、今はスリッパの軽い音を立てながら歩いている。
「食堂で待っててもいいんですよ?」
「いや、暇を持て余すのは嫌いなのでな」
さっきまで傷どころか風穴だらけだった細腕でトレーを抱え上げると、さっさと配膳してしまう。
さすがハウスキーパーとして宇津僚家に潜り込んだだけあって手際が良いと、心配と同時に感心もさせられた。
食堂の灯りを堂々と灯し、中央に鎮座する大きなテーブル、
そのほんの片隅の一角に、二人は隣り合って食事を摂った。
まさか自分が宇津僚家で寛ぐ日がくるとは思ってもみなかった、荒津家の何倍も広い、などと考えて楼夫はきょろきょろしてしまう。
神の子の城を、根の国の王と悪魔の裔が征服したのだ。
「やはり楼夫の料理は美味いな」
「深夜美様ほどではありません」
「私たちの最も意見が合わない点といえばこれだな。
互いに相手の方が料理上手だと信じて譲らないんだから」
深夜美は穏やかに笑っている。
残酷な世界に、這いつくばりながら生きてきた二人が巡り合って咲かせた一輪の花のような時。
しかし所詮は花だ。
花が枯れることでしか成せない実がある。
深夜美の居場所がこんな小さな安寧ではないということは、楼夫もよく理解していた。
食事を終えると深夜美は決戦に向けて新しく服を選んだ。
祭服のような白いワンピース状の服だ。
ハイネックの襟には二列になってハトメが穿たれていて、それを革紐で編み上げて前を留めるようになっている。
シンプルだがハードな意匠は、純真さ故に苛烈な呪物と化した深夜美によく似合っている。
ワンピースの下には共布のズボンと黒革のショートブーツが覗いていた。
襟を編み上げてやりながら、楼夫は深夜美に告げる。
「少し見えづらくなっても、私はずっと剣として貴方の側に居ります。
たまには……いいえ、片時も欠かすことなく、私のことをよすがとなさってください」
子どもの頃だってこんな我儘に他者を求めたことは無かった。
しかし今ならば何者の言いなりになることも無く、自分の気持ちに向き合える。
好きなものを好きだと叫べる。
紅い瞳を正面から見据えながら伝えると、深夜美の指先が楼夫の頭を撫でた――猫にするように、そして楼夫が彼についていくと誓ったあの夜のように。
「当然だ。
必ず楼夫に、悪が勝ち、復讐譚が成り、闇が世界を支配する景色を見せる。
決して楽な道のりではないだろうが、貴方が側に居るなら、ぼくは戦える」
20
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!
古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。
その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。
『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』
昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。
領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。
一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる