蟲籠の島 夢幻の海 〜これは、白銀の血族が滅ぶまでの物語〜

二階堂まりい

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八章

6 無慈悲な構造

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 仮眠をとってから二時間ほどしてから、鎮神しずかは起き上がった。
 同時にまどかも目を覚ます。
 
 すぐそこにあるトイレにでも行くのかと思いきや、鎮神は三階へ上って行く。
 団が声を掛けようとすると、いつの間にか隣で起きていた路加ろかに無言で静止された。
 三階には、真祈まきが居るのだ。


 三階では真祈がベランダの方を向いて座り外界を見下ろしていた。

「休まなくて大丈夫ですか、真祈さん」
 言いながら鎮神が近付いて行くと、真祈は疲れ一つ浮かんでいない様子で答えた。
「ええ、深夜美さんとの戦いはさすがに疲れましたけど、十分休めましたよ」

 真祈は疲れにくく設計された生物なのだろうな、と今までの調子で納得するほかなかった。
 鎮神はと言えば、まだ身体の末端に震えが残っている。

 鎮神は真祈のすぐ横に座った。
 窓の外は、上方には偽の月と金星、眼下には神門かむとのこじんまりとした町並みが広がり、
以前二人が訪れた映画館の廃墟も奥に見えている。

「あの、真祈さん」
「何ですか?」
 話しかけても、真祈は外を警戒したまま振り向きもしない。
 一抹の寂しさはあるが、仕方ない。
 鎮神も共に外を見張るようにしながら話を続けた。
畔連べつれ町に居た時も、二ツ河島に来てからも……幸せなことが多かったとは言えません。
 でも、真祈さんに会えて良かった。
 貴方に出会えたからおれは、自分が産まれてきたことを許せたんです。
 自分の始まりを肯定出来なかったら、どんなに長く生きて安らかに死んでいっても、
最期に思い出すのはきっと暗い気持ちだと思う。
 だけどもうおれにその心配は無い。
 だからどんな未来が待っていても戦い続けられる」

 悲しみを持たない真祈に今言ったことの何割が伝わったかは分からないが、率直な気持ちを言い切る。

「だから……故意に伏せてあることがあるのなら、言ってください。
 隠してましたよね、神殺しでカルーの民に起こるデメリットのこと。
 ……この戦いが終わった後のこと」

 かつて真祈が語った神話。
 それが真実ならば、母たる帝雨荼を傷つけたカルーの民は。


 真祈はしばらく黙り込んで考えていたが、やがて口を割り、鎮神と目を合わせて話しだした。
「損得勘定とか、生存確率とか……そういったものは貴方が掲げる信念の前には無意味のようですね。
 ならば私も、もう隠しはしません。
 神代の戦いで、帝雨荼ていあまたを傷つけたカルーの民は、
母への叛逆でえりしゅに罰を与えられました。
 その結果弎つの印は失われ、空磯からいそは遠ざかった。
 今度も同じです。
 忌風雷いむふらを帝雨荼へ向ければ、私たちは罰を受けることとなる」
「罰って、どんな?」
「さあ。軽くはないでしょうけどね」

「もし、ですよ……あえて深夜美みやびさんに帝雨荼を殺させたら、
深夜美さんが強くなってもえりしゅの罰で相殺されて、
力を抑えたり共倒れさせたりできませんか」
「えりしゅの性質上、それには期待しない方がいい」
「えりしゅの、性質?」

 そもそも『えりしゅ』とは如何なる存在なのか。
 真祈の話の流れから、神々の中でも高位の存在――いわゆる最高神のようなものだろうとは想像していたが。

「まだ誰にも明かしていない、私の研究成果です。
 いえ、誰にもっていうのは語弊があるでしょうか。
 八年前、私は祖父にえりしゅの正体を話しました。
 直後、彼は明日が怖いと言い残して自ら命を絶った」

 そういえば真祈は、自殺した知人が居たというようなことを語っていた。
 ぼかして語っていたが、それは祖父だったらしい。

「神殿に残された古代文字を読める者は居なくなり、神話の細部は忘れられた。
 印を失ったカルーの民の思考には黒頭のように負の感情が混入していった。
 そして生じたのは大きなずれ。
 つまり宇津僚うつのつかさ家は、自らが帰する最高神のかつては当然とされていた性質を知った時、恐怖を抱くようになっていた。
 祖父の末路を見た私は、えりしゅの正体が現在の我々の信仰を破壊しかねないと知り、
淳一や艶子、それから本土で活動している遠縁の者にも一切を隠してきました」
 
 真祈はそろりと銀色の長い髪を撫でる。
 流れる髪の内側が宇宙の色に染まった。
 真祈の受けた加護、夢幻の源へ接続する能力だ。

「この宇宙のどこかにある小さな城で、そして同時に世界を包み込むような形で、
眠りと食事を貪りながらえりしゅは存在している。
 それは有にして無。
 善にして悪。
 二元論を包括する一元論、広がり続けるフラクタル。
 流出説とも創造論とも矛盾しない究極の混沌」

 話を聴いているうちに、万華鏡の中に閉じ込められたかのような感覚が鎮神を襲った。
 大きな存在に見下ろされると同時に、そこらに偏在する無数の何かに覗かれているような不気味な感覚。
 それがこの世界の構造なのか。

「えりしゅの糧は信仰です。
 えりしゅを崇め空磯を望むその心こそが神格を形造っている。
 この世界はえりしゅの餌場で、生けるものはえりしゅを養うための家畜、帝雨荼のような神々は家畜を育てる牧場主のようなものなのです。
 そして家畜を肥えさせるためにばら撒いた餌こそが空磯の正体」
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