【R-18】ディストピアの東 ~両片想いの電気武者はサブドロップを治したい~

二階堂まりい

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二章 Error

十六話 抱きとめる腕

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 ブーツが発生させた重力の籠もる飛び蹴りで触手を吹き飛ばした佐久良の姿が、そこにはあった。
 由利と同じように千載花を利用して池を渡ってきて、羽織り直す間も無く駆け付けてくれたらしく、雨に濡れている。

 佐久良は両腕で由利を受け止めると、橋の上に静かに着地した。
 オーオンの強力なグレアにも、由利の体表を時々流れる蒼白い電気にも、彼は歯を食いしばるだけで耐えて見せて、オーオンの方へ闘志に漲る眼差しを向ける。
「ジャンクファイルが増えたわね。
 しかも今度はDom」
 心底面倒くさそうにオーオンは呟く。
 その時やっと、藤色の光が掻き消えた。オーオンのグレアの持続時間が切れたのだ。

「っ、由利!」
 すぐさま栗栖が屋根を飛び降りて、ふらつきながらも駆け寄って来る。
 佐久良は彼女に由利を渡した。
「頼めるか」
「うん」
 栗栖は由利を肩に担ぎ、いてて、と電流に苦悶の声を上げながら東屋の下まで退く。
 ルーズソックスの内ポケットから取り出した絶縁手袋を嵌めると、由利のエレクトロウェアを脱がせに掛かった。

 大抵のエレクトロウェアはどこかに電源ボタンが付いていて、それをオフにすれば電流は止まる。
 しかし由利が着用しているものの殆どは電源ボタンが無く、身に着けることで作動するタイプのものだった。
 栗栖は真っ先に由利のビスチェを外してやる。
 触覚を鋭敏にするこのビスチェは、ちょっとした振動や風圧を増幅させて敵の接近を知らせ、由利を何度も救ってきたものだが、痛覚をも増幅させてしまうというデメリットがある。
 感電の痛みも、通常の数倍になっていたことだろう。
 他の装備も次々と外してやり、呼気が浅くなっていたのでガスマスクも取っておく。
 全身を苛んでいた電流から解放されてもなお、由利は苦しげに顔を歪めていた。
 赤い光の網が、時々肌に浮かび上がる。
 ドロップによる異常が起きていると、Usualの栗栖も察した。


 グレアは連続して使うことは出来ない――それはオーオンも同じらしい。
 しかし、そのインターバルが何分なのか、或いは何秒なのかは知らない。
 知ることがあるとすれば、オーオンがもう一度グレアを放って佐久良と栗栖を殺し、由利を攫う時であろうな、と佐久良は思う。

「あら、良いもの落ちてるじゃない」
 オーオンは暢気にも、佐久良が落とした千載花をマルセルに拾わせ、それでオーオン本体を包ませている。
 アバターも飄々とした面持ちで三人を見下ろしていた。
 地脈を読む隙を与えぬよう、右手にガゴゼを、左手に速疾を握り締めて、佐久良はマルセルにひたすら攻めかかった。
 マルセルが再び防御体勢を取ろうとすれば、強引にその背中に飛び込んでいく。
 そうするとマルセルは触手でオーオンを掴み上げて避難させざるを得ないので、オーオンは一所に留まることが出来ず、グレアを放てない。

 身体が軽い。
 つい先程まで邪機の大軍と戦っていた筈なのに、手足も呼吸器も、そんなことは忘れてしまったかのようだ。
 佐久良は次々と攻撃を躱し、マルセルの頭部の右半分をガゴゼで抉り取った。
 これで厄介な鬣も半分になる。

 一瞬、速疾を持つ左手の甲に、白い光がちらついた気がした。
 マルセルの断たれた銅線から漏れ出たスパークを見間違えたのであろうと思い、すぐに敵へと目を遣る。

「貴方も確かに強いけれど、データに比べると面白みは薄いわね」
 オーオンのアバターが佐久良の側へ舞い降りて、話し掛けてくる。
「だって貴方は、人とAIの特異点だなんて上等なものじゃない……ただのロボットだもの。
 目標設定も思考も碌に出来ない、プログラムに従って状況に対応するしか能の無い人形よ」

『……割れ、とる』
 オーオンの嘲笑の合間に、低く掠れた声が無線から聞こえてきた。
 由利だ。

『そいつ……割れ、た……』
 それを聞いた佐久良は全てを理解して、ガゴゼの切っ先を橋桁へ振り下ろした。
 オーオンはハッとすると、マルセルを駆って、一っ跳びで岸まで逃げてしまった。
 アバターの表情も一瞬で悔しげに歪む。
 そのため佐久良が橋を壊すことは無かった。

「――バレたなら仕方ないわね。
 修理と強化が終わったら、また来るから」
 言い残して、マルセルとオーオンは東の鎮守の森の方へ走り去る。
 投影されていたアバターも姿を消した。


 戦いの後には、水面を乱打する雨音だけが虚しくこだまする。
 佐久良は踵を返すと東屋まで走り、横たわる由利の顔を覗き込んだ。
 彼は朦朧とする意識の中、一度は栗栖に外してもらった無線機を再び手に取って、佐久良にオーオンの弱みを伝えてくれたのだろう。
 無線機を握り締めたまま気を失っていた。

「箸尾さんに車貸してもろてくる。
 バンやから、由利のバイクも積んで帰れるし」
 ここから比較的近所に住んでいる友人の名を挙げて、栗栖は立ち上がる。
 
 当然ながら由利は自力でバイクを御して詰所に戻れる状態ではないし、ただでさえ激しい動きを想定して改造を繰り返したマリシテンの性能で意識の無い人間と二人乗りなど出来る筈が無い。

「待て」
 佐久良は慌てて栗栖を制する。
「何? ああ、箸尾さん家は、別に由利のこと嫌てへんで」
「それでも……由利が倒れたとかの経緯は伏せといてくれ。俺が足挫いたことにしよう」
「分かった」
 今度こそ栗栖は東屋を出て行き、岸に停めてあった自機に跨ると、民家のある方へと急ぐ。


 橋の隅に転がっていた清けし雪村とハネカヅラを拾った佐久良は、由利の側に屈み込む。
 耳元で無線機が鳴った。
 夏目の声がする。
『佐久良。邪機が急に逃げて行ったんやけど……もしかして、そっちに居ったAIも?』
「ああ、逃げよった。
 取りあえず浮見堂まで来てくれ。
 邪機の死骸は、後で万事屋に頼んで回収してもらおう」
 返答しながら、佐久良は右手を伸ばし、由利の手をそっと握り締めた。

 羽織に付いた紫色の房飾りが目に入る度、浄世講打倒までの日々が去来する。
 互いを守ると由利と誓い合った幼い日の思い出。
 それを裏切って由利を深く憎んだ過去。
 誤解と共に憎しみも解けて友情は繋ぎ留められたものの、運命はあの約束をどこまでも邪魔し、丁度こんな雨の日に佐久良は人々へ宣言した――由利が不穏な動きをした時はモノノベのリーダーとして、佐久良が直々に由利を殺す、と。
 仕方なかった、と言うのは易い。
 あの時の自分に与えてやれる代替案を佐久良は未だ持っていないし、当の由利も、佐久良の選択は最善であったと評した。
 それでも呑み下しきれない気持ちがある。

 これからやるべきことは分かっていた。
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