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三章 Bonding
十七話 同居の始まり
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「こいつは蓮見小路の息子やぞ!
人を集めることを許したら、またカルトを作り兼ねへん!」
「新人類――特にDomが由利様を宛がわれることになったら悲惨やで。
縛っても叩いても楽しくないやろ」
「今こそ、旧人類は新人類に対して罪を贖う時なのです!」
「お前が生まれてこなければ、俺がこんなに悩むことは無かった!」
「新人類と遊んだらあかんで。
あいつらは恐ろしい力を持っとって、普通の人達の平和を脅かすから」
疼痛が走る度に、一つ、また一つ、嫌な事を思い出す。
休む間も無く戦うことで追い遣っていた記憶を、ドロップで狂った脳が意識のステージに引き摺り上げてくるのだ。
こうして辛いことばかり強制的に回顧させられるせいで、ドロップに陥ったSubは抑鬱を発症するのか、と由利は実感する。
記憶の荒野を彷徨う由利の額に、柔らかなものが触れた。
あまり温度の高くない手が、赤い髪を、額を、瞼の傷を、そっと撫でている。
「僕も由利を守る……約束する」
――ああ、この記憶は、悪くない。
由利が目を覚ますと、そこは詰所の二階、仮眠室として空けられた和室だった。
天井に取り付けられた灯りは点されておらず、格子窓から射し込むネオンのけばけばしい色だけが光源だ。
自分は布団に包まっていて、傍らに蹲っている影に頭を撫でられていた。
「……佐久良」
町の灯りに助けられて暗闇の中に捉えたのは、佐久良の姿だった。
いつも通りの無表情でこちらを見下ろす彼と目が合う。
その髪や服は、戦っていた時そのままで、まだ少し湿り気を帯びているようだった。
「オーオンは、あのまま逃げて行きよったか」
由利が問うと、佐久良は少し申し訳なさそうに俯いた。
「ああ。追撃する間も無く、森の方へ」
「そうか……まあ、修理が終わったらまた来よるやろ。そん時があいつの最期や」
言いながら由利は立ち上がる。
佐久良は右手を彷徨わせて、由利を見上げた。
「どこ行く気や」
「帰る。世話掛けたな」
二人が階下へ下ると、中の間に居た夏目達が、一斉に顔を上げた。
「由利さん! 大丈夫ですか」
倒れた本人より、相馬の方が死にそうな顔をしている。
「ああ、平気や。
それより、俺が厄介なもん引き寄せてしもたらしくて、すまんな」
「オーオンの目的はつまり、由利の脳をダウンロードして強くなりたいってことやろ。
由利のせいやのうて、あいつがおかしいだけや……気にしなや」
「グレアを使うAIが現れたってことは皆に知らせるけど、由利がドロップにされたとかは公表せえへんから」
栗栖と夏目も口々に声を掛けてくれる。
佐久良に手渡された水を飲んでから、由利はオーオンについての考えを述べた。
「グレアを使えるようになる電子回路なんぞ便利なもんが見付かったら、俺やったらその根源となったバグの条件を解明して、一技術として確立、量産する。人間に挑むのはそれからの方が賢明や。
オーオンがそれを理解出来ひんかったとは思えへんけど、事実としてオーオンは、そうはせえへんかった。
恐らくバグの再現性が低いんやろう。
オーオンさえ殺せばグレアを使う邪機の脅威は去ると考えて良い筈や」
「そういや、オーオンが急に逃げ帰って行った原因って何やったんですか?」
由利の心配で頭が一杯だった相馬は、ひとまず無事であった由利に安心して、先程からずっと抱いていた疑問を思い出したようだった。
「配下のロボット共やアバターの処理に加えてグレアを長時間放出しとったもんやから、バッテリーが過熱膨張して、ボディに罅を作ってしもたんや。
千載花を被って罅を隠して、基板を雨から守ろうと小細工しとったけど、そのお陰でボディが割れたんちゃうかって疑いが確信になった」
「それを由利が教えてくれたんや。
ボディが割れて防水機能が低下しとるんやったら池に叩き落したろ思て、橋を壊そうとしてんけど悟られてしもた」
由利と佐久良が、浮見堂で起こったことを説明する。
「なるほど……せやったら、オーオンが自分を修理して、今日削れた戦力を補充し直すのには少し時間が掛かりそうですね。
それまでに、由利さんのドロップ治りますかね」
オーオンは由利を狙ってやって来る。
それを迎え討つ時に、由利がエレクトロウェアの一つも身に着けられないほど衰弱しているのはまずいだろう。
「ドロップちゅうのは、コマンドの後に満足なアフターケアを受けられへんかった時に起こる。
要するに、アフターケアさえすれば治るんや。
美味いもん食うて寝たら十分」
なおも不安げな相馬達に、由利はきっぱりと言い、右手をひらひらさせる。
「ほら、もう今日は解散」
「由利は念の為に俺が車で送り帰す。
明日は道場が休みやし、狩りも休みにしよう。疲労を回復してくれ」
立て続けに佐久良も帰宅を促すと、三人は努めて平静に振る舞いながら詰所を出て行った。
中の間には、由利と佐久良だけが取り残される。
「別に、送ってもらわんでも――」
言いかけた由利の背後に素早く回った佐久良が、由利の両手首を捻り上げる。
理解が追い付かないながらに由利は後ろへ蹴りを繰り出そうと目論むも、眩暈と虚脱感に襲われて叶わず、膝窩を蹴り付けられてその場にへたり込んだ。
頤に、折り畳まれた状態の速疾が、ひたりと当てられる。
「やり返してみろ」
言われるまでもなく、由利は佐久良を殴り返すつもりでいた。
しかし立つことも、拳を握り締めることも出来ないのだ。
「相馬達に心配掛けたなかったんやろうけど……由利のドロップがかなり重症っちゅうのは、己がよう分かっとるな?」
「っ……ああ……」
「勿論、休養したらいつかは治る。
オーオンが一年でも十年でも待っててくれるんやったら、そうしたら良え」
佐久良の言う通りだ。
何よりも恐れていたドロップに陥り、力を失ったのは変えられない事実。
力を取り戻す方法が解明されているのならば、それから逃げることこそ真の敗北となる。
佐久良が由利を解放し、今度は目の前に屈んできた。
いつもの仏頂面に、僅かに覗く苦悩の色。
そういえば、佐久良にも一度話したことがあった――恋愛だなんてデメリットしか無いことはしたくない、と。
「由利、俺が――」
そこまで言った佐久良の唇に指を当て、黙らせる。
彼にそんな残酷なことを宣告させてはならない。
代わりに由利が口にした。
「佐久良。俺のドロップを治してくれ」
効果的なアフターケアをしようと思えば、Domはそれ相応にSubを愛でなくてはならない。
昨夜、夢の中で佐久良に手ずからチョコレートを与えられるアフターケアを受けたことを思い出す。
あのような甘ったるいやり取りを現実で、ドロップから抜け出すまで佐久良と続けなくてはならない。
癖で左の腰に手を遣るが、そこに大小の刀は無かった。
「俺と相性が良い加虐のDomで、間違うても毒を盛りゃせえへんのは佐久良だけや。
佐久良にしか頼めへん」
唇を塞がれたまま微動だにしない佐久良に対して気まずくなり、つい分かりきったことを口走ってしまう。
時折見ていたいかれた夢が、正夢になるなんて。
大丈夫、ドロップが終わるまでの間だけだ。
ただでさえ恋になど興味を持たない佐久良を、この自分が縛り付けてしまうなんて有り得ない。
何があっても、ドロップを治してただの友人に戻って、オーオンを倒すだけだ。
暫く動かなかった佐久良が、すっと立ち上がる。
「三善さんに説明して、荷物取りに行くで」
「えっ、何で」
手を貸してもらって立ち上がりつつ、由利は戸惑う。
「決まっとる。ドロップが治るまで、由利はここに住むんや」
「はっ!? いや……まあ、その方が良えか」
万が一オーオンが由利を狙って町中に侵攻してきた場合、三善を巻き込む訳にはいかない。
それに、ドロップを早く治したいなら、一緒に居る時間は長い方が良いに決まっている。
「びちゃびちゃの服で訪ねるのは失礼やな。
着替えてくるから、ここで少し待っといて」
佐久良はそう言って椅子を引いてくれる。由利が恐る恐る腰掛けると、そっと頭を撫でられた。
「良え子にしとりよ」
低い声が囁いてくる。
夢に見たのと同じ――いや、夢なんかよりずっと情報量が多い。
耳を掠める吐息も、髪に焚き染めた白檀の奥に淡くちらつく桂皮の香りも、想像だけでは再現出来なかったものだ。
呆気に取られているうちに、佐久良は上階へ去って行った。
我に返った由利は、目の前の机に頬杖を突いて溜め息を吐く。
少し優しくされただけで全身が熱くなる。
由利の身体は佐久良の言動をアフターケアと認識しているのだ。
人を集めることを許したら、またカルトを作り兼ねへん!」
「新人類――特にDomが由利様を宛がわれることになったら悲惨やで。
縛っても叩いても楽しくないやろ」
「今こそ、旧人類は新人類に対して罪を贖う時なのです!」
「お前が生まれてこなければ、俺がこんなに悩むことは無かった!」
「新人類と遊んだらあかんで。
あいつらは恐ろしい力を持っとって、普通の人達の平和を脅かすから」
疼痛が走る度に、一つ、また一つ、嫌な事を思い出す。
休む間も無く戦うことで追い遣っていた記憶を、ドロップで狂った脳が意識のステージに引き摺り上げてくるのだ。
こうして辛いことばかり強制的に回顧させられるせいで、ドロップに陥ったSubは抑鬱を発症するのか、と由利は実感する。
記憶の荒野を彷徨う由利の額に、柔らかなものが触れた。
あまり温度の高くない手が、赤い髪を、額を、瞼の傷を、そっと撫でている。
「僕も由利を守る……約束する」
――ああ、この記憶は、悪くない。
由利が目を覚ますと、そこは詰所の二階、仮眠室として空けられた和室だった。
天井に取り付けられた灯りは点されておらず、格子窓から射し込むネオンのけばけばしい色だけが光源だ。
自分は布団に包まっていて、傍らに蹲っている影に頭を撫でられていた。
「……佐久良」
町の灯りに助けられて暗闇の中に捉えたのは、佐久良の姿だった。
いつも通りの無表情でこちらを見下ろす彼と目が合う。
その髪や服は、戦っていた時そのままで、まだ少し湿り気を帯びているようだった。
「オーオンは、あのまま逃げて行きよったか」
由利が問うと、佐久良は少し申し訳なさそうに俯いた。
「ああ。追撃する間も無く、森の方へ」
「そうか……まあ、修理が終わったらまた来よるやろ。そん時があいつの最期や」
言いながら由利は立ち上がる。
佐久良は右手を彷徨わせて、由利を見上げた。
「どこ行く気や」
「帰る。世話掛けたな」
二人が階下へ下ると、中の間に居た夏目達が、一斉に顔を上げた。
「由利さん! 大丈夫ですか」
倒れた本人より、相馬の方が死にそうな顔をしている。
「ああ、平気や。
それより、俺が厄介なもん引き寄せてしもたらしくて、すまんな」
「オーオンの目的はつまり、由利の脳をダウンロードして強くなりたいってことやろ。
由利のせいやのうて、あいつがおかしいだけや……気にしなや」
「グレアを使うAIが現れたってことは皆に知らせるけど、由利がドロップにされたとかは公表せえへんから」
栗栖と夏目も口々に声を掛けてくれる。
佐久良に手渡された水を飲んでから、由利はオーオンについての考えを述べた。
「グレアを使えるようになる電子回路なんぞ便利なもんが見付かったら、俺やったらその根源となったバグの条件を解明して、一技術として確立、量産する。人間に挑むのはそれからの方が賢明や。
オーオンがそれを理解出来ひんかったとは思えへんけど、事実としてオーオンは、そうはせえへんかった。
恐らくバグの再現性が低いんやろう。
オーオンさえ殺せばグレアを使う邪機の脅威は去ると考えて良い筈や」
「そういや、オーオンが急に逃げ帰って行った原因って何やったんですか?」
由利の心配で頭が一杯だった相馬は、ひとまず無事であった由利に安心して、先程からずっと抱いていた疑問を思い出したようだった。
「配下のロボット共やアバターの処理に加えてグレアを長時間放出しとったもんやから、バッテリーが過熱膨張して、ボディに罅を作ってしもたんや。
千載花を被って罅を隠して、基板を雨から守ろうと小細工しとったけど、そのお陰でボディが割れたんちゃうかって疑いが確信になった」
「それを由利が教えてくれたんや。
ボディが割れて防水機能が低下しとるんやったら池に叩き落したろ思て、橋を壊そうとしてんけど悟られてしもた」
由利と佐久良が、浮見堂で起こったことを説明する。
「なるほど……せやったら、オーオンが自分を修理して、今日削れた戦力を補充し直すのには少し時間が掛かりそうですね。
それまでに、由利さんのドロップ治りますかね」
オーオンは由利を狙ってやって来る。
それを迎え討つ時に、由利がエレクトロウェアの一つも身に着けられないほど衰弱しているのはまずいだろう。
「ドロップちゅうのは、コマンドの後に満足なアフターケアを受けられへんかった時に起こる。
要するに、アフターケアさえすれば治るんや。
美味いもん食うて寝たら十分」
なおも不安げな相馬達に、由利はきっぱりと言い、右手をひらひらさせる。
「ほら、もう今日は解散」
「由利は念の為に俺が車で送り帰す。
明日は道場が休みやし、狩りも休みにしよう。疲労を回復してくれ」
立て続けに佐久良も帰宅を促すと、三人は努めて平静に振る舞いながら詰所を出て行った。
中の間には、由利と佐久良だけが取り残される。
「別に、送ってもらわんでも――」
言いかけた由利の背後に素早く回った佐久良が、由利の両手首を捻り上げる。
理解が追い付かないながらに由利は後ろへ蹴りを繰り出そうと目論むも、眩暈と虚脱感に襲われて叶わず、膝窩を蹴り付けられてその場にへたり込んだ。
頤に、折り畳まれた状態の速疾が、ひたりと当てられる。
「やり返してみろ」
言われるまでもなく、由利は佐久良を殴り返すつもりでいた。
しかし立つことも、拳を握り締めることも出来ないのだ。
「相馬達に心配掛けたなかったんやろうけど……由利のドロップがかなり重症っちゅうのは、己がよう分かっとるな?」
「っ……ああ……」
「勿論、休養したらいつかは治る。
オーオンが一年でも十年でも待っててくれるんやったら、そうしたら良え」
佐久良の言う通りだ。
何よりも恐れていたドロップに陥り、力を失ったのは変えられない事実。
力を取り戻す方法が解明されているのならば、それから逃げることこそ真の敗北となる。
佐久良が由利を解放し、今度は目の前に屈んできた。
いつもの仏頂面に、僅かに覗く苦悩の色。
そういえば、佐久良にも一度話したことがあった――恋愛だなんてデメリットしか無いことはしたくない、と。
「由利、俺が――」
そこまで言った佐久良の唇に指を当て、黙らせる。
彼にそんな残酷なことを宣告させてはならない。
代わりに由利が口にした。
「佐久良。俺のドロップを治してくれ」
効果的なアフターケアをしようと思えば、Domはそれ相応にSubを愛でなくてはならない。
昨夜、夢の中で佐久良に手ずからチョコレートを与えられるアフターケアを受けたことを思い出す。
あのような甘ったるいやり取りを現実で、ドロップから抜け出すまで佐久良と続けなくてはならない。
癖で左の腰に手を遣るが、そこに大小の刀は無かった。
「俺と相性が良い加虐のDomで、間違うても毒を盛りゃせえへんのは佐久良だけや。
佐久良にしか頼めへん」
唇を塞がれたまま微動だにしない佐久良に対して気まずくなり、つい分かりきったことを口走ってしまう。
時折見ていたいかれた夢が、正夢になるなんて。
大丈夫、ドロップが終わるまでの間だけだ。
ただでさえ恋になど興味を持たない佐久良を、この自分が縛り付けてしまうなんて有り得ない。
何があっても、ドロップを治してただの友人に戻って、オーオンを倒すだけだ。
暫く動かなかった佐久良が、すっと立ち上がる。
「三善さんに説明して、荷物取りに行くで」
「えっ、何で」
手を貸してもらって立ち上がりつつ、由利は戸惑う。
「決まっとる。ドロップが治るまで、由利はここに住むんや」
「はっ!? いや……まあ、その方が良えか」
万が一オーオンが由利を狙って町中に侵攻してきた場合、三善を巻き込む訳にはいかない。
それに、ドロップを早く治したいなら、一緒に居る時間は長い方が良いに決まっている。
「びちゃびちゃの服で訪ねるのは失礼やな。
着替えてくるから、ここで少し待っといて」
佐久良はそう言って椅子を引いてくれる。由利が恐る恐る腰掛けると、そっと頭を撫でられた。
「良え子にしとりよ」
低い声が囁いてくる。
夢に見たのと同じ――いや、夢なんかよりずっと情報量が多い。
耳を掠める吐息も、髪に焚き染めた白檀の奥に淡くちらつく桂皮の香りも、想像だけでは再現出来なかったものだ。
呆気に取られているうちに、佐久良は上階へ去って行った。
我に返った由利は、目の前の机に頬杖を突いて溜め息を吐く。
少し優しくされただけで全身が熱くなる。
由利の身体は佐久良の言動をアフターケアと認識しているのだ。
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