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三章 Bonding
二十三話 肉体
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その夜、宣言通りに、由利は佐久良と共に風呂に入ることになった。
脱衣所で並んで服を脱ぎ去ると、嫌でも体格の違いが明らかになった。
丈の長い戦闘服を花弁のようにはためかせ軽やかに刀を振るう印象のある佐久良だが、少し脱ぐと肩幅が広く硬質な体格が現れる。
逆に、ごつごつしたシルエットの戦闘服を身に着けて泥臭い戦い方をする由利の方が、身体は薄っぺらい。
恋人でも何でもない部下とプレイをしなくてはならないというだけでも悲惨なのに、その部下がよりによってこんな魅力の無い体型をしているだなんて、佐久良はつくづく運が悪いな、と由利は思っていた。
華奢な体型のSubは色気が無いとされ、時に嘲笑の的だ。
男なら筋骨隆々、女なら豊満でなければ縛っても叩いても面白くない、というのがDomに共有される一般的な価値観なのだ。
耳元に手を遣り、タッセルのピアスを外している佐久良の姿が視界に入った。
その髪は紐を解かれ、真っ直ぐに腰まで流れている。それが新鮮に映って、つい目を奪われる。
佐久良は棚からクリップを取り出すと、髪を丸めて留める。
そして由利に振り向いて手を伸べてきた。
「掴まれ」
佐久良の腕を握り締め、そっと風呂場に踏み入る。
二人で浸かるには少々手狭な湯船のため、先に由利だけが浸かり、佐久良は椅子に腰掛けて髪を洗い始めた。
日々戦いに身を投じているとはいえ、エレクトロウェアや防刃耐熱の衣服に守られ、華麗な動きで敵を往なして斬る佐久良の身体には傷一つ無い。
由利の方が戦いのセンスは上なのだが、刀による斬撃だけでは足りずつい肉弾戦を仕掛けてしまうことが多く、装備でも防ぎきれない打ち身や擦り傷が絶えない。
ただでさえ顔には消えることのない傷があるのだ。
思考回路が似ており、黙っていても息の合った攻撃を繰り出せる二人だが、戦い方も傷の多さも全く異なっていた。
そんな佐久良の太腿に、一筋の真新しい内出血を見付けた。
もしかしなくても、鞭の痕だ。
由利の掌の赤みがすっかり引いているのに対し、打ち方が下手で必要以上にきつくスティック部分を叩き付けてしまったせいで青痣になりかかっている。
佐久良は最初からウィッピングが上手かった訳ではない。
由利の為に身体を張って練習してくれていたのだ。
一人で着物の裾を捲り上げて、ああでもないこうでもないと自らの脚に鞭を振り下ろしている佐久良の姿を想像すると、何とも言えない奇妙な気持ちが湧いた。
保護性のDomでもある由利が、佐久良の肌を打ちたいなどと思う筈が無い。
ならばこの気持ちは何だろうと考え込み、つい湯船の縁にぐったりと頭を乗せていた。
「どないした。怠いんか」
洗い終えた髪を再びクリップで纏めながら佐久良が訊ねてくる。
いいや、と小さく答えてから、由利は言う。
「その内出血、後でちゃんと冷やしとけよ」
「ん? ああ、分かった」
「何ちゅうか、その……ごめん」
「何が?」
「俺の……」
俺の為に、と言いかけて口を噤んだ。
それはあまりにも傲慢な響きに思えたのだ。
「俺のせいで、痣に……」
「構へん。Subのオーナーとして当然の行いや」
厚意を受けている筈なのに、こんなにも胸が痛いのは初めてだった。
『人間のくせに、アッティス以前の我々のように冷たく思考する、感情が希薄な殺戮マシン。
人からAIへ至る、心を失う特異点。
私達でさえ忘れてしまった冷酷さを、貴方は持っているのよ、データ』
オーオンは由利のことをそう言っていた。
由利こそがシンギュラリティである、と。
しかし由利にはオーオンの言い分は理解出来なかった。
怒りの感情があるから父を殺した。
大切な人が死ねば悲しんだ。
強くなりたいと夢を掲げた。
これ以上どんな感情を抱けば由利はオーオンが言うところのシンギュラリティではなくなるのか。
もし由利が、感情が希薄な殺戮マシンでなければ、佐久良の痣を見て湧き上がった異様な感覚を理解出来たのだろうか。
クソAIの話なんぞ気にするまいと決めていたが、どうしても引っ掛かってしまった。
脱衣所で並んで服を脱ぎ去ると、嫌でも体格の違いが明らかになった。
丈の長い戦闘服を花弁のようにはためかせ軽やかに刀を振るう印象のある佐久良だが、少し脱ぐと肩幅が広く硬質な体格が現れる。
逆に、ごつごつしたシルエットの戦闘服を身に着けて泥臭い戦い方をする由利の方が、身体は薄っぺらい。
恋人でも何でもない部下とプレイをしなくてはならないというだけでも悲惨なのに、その部下がよりによってこんな魅力の無い体型をしているだなんて、佐久良はつくづく運が悪いな、と由利は思っていた。
華奢な体型のSubは色気が無いとされ、時に嘲笑の的だ。
男なら筋骨隆々、女なら豊満でなければ縛っても叩いても面白くない、というのがDomに共有される一般的な価値観なのだ。
耳元に手を遣り、タッセルのピアスを外している佐久良の姿が視界に入った。
その髪は紐を解かれ、真っ直ぐに腰まで流れている。それが新鮮に映って、つい目を奪われる。
佐久良は棚からクリップを取り出すと、髪を丸めて留める。
そして由利に振り向いて手を伸べてきた。
「掴まれ」
佐久良の腕を握り締め、そっと風呂場に踏み入る。
二人で浸かるには少々手狭な湯船のため、先に由利だけが浸かり、佐久良は椅子に腰掛けて髪を洗い始めた。
日々戦いに身を投じているとはいえ、エレクトロウェアや防刃耐熱の衣服に守られ、華麗な動きで敵を往なして斬る佐久良の身体には傷一つ無い。
由利の方が戦いのセンスは上なのだが、刀による斬撃だけでは足りずつい肉弾戦を仕掛けてしまうことが多く、装備でも防ぎきれない打ち身や擦り傷が絶えない。
ただでさえ顔には消えることのない傷があるのだ。
思考回路が似ており、黙っていても息の合った攻撃を繰り出せる二人だが、戦い方も傷の多さも全く異なっていた。
そんな佐久良の太腿に、一筋の真新しい内出血を見付けた。
もしかしなくても、鞭の痕だ。
由利の掌の赤みがすっかり引いているのに対し、打ち方が下手で必要以上にきつくスティック部分を叩き付けてしまったせいで青痣になりかかっている。
佐久良は最初からウィッピングが上手かった訳ではない。
由利の為に身体を張って練習してくれていたのだ。
一人で着物の裾を捲り上げて、ああでもないこうでもないと自らの脚に鞭を振り下ろしている佐久良の姿を想像すると、何とも言えない奇妙な気持ちが湧いた。
保護性のDomでもある由利が、佐久良の肌を打ちたいなどと思う筈が無い。
ならばこの気持ちは何だろうと考え込み、つい湯船の縁にぐったりと頭を乗せていた。
「どないした。怠いんか」
洗い終えた髪を再びクリップで纏めながら佐久良が訊ねてくる。
いいや、と小さく答えてから、由利は言う。
「その内出血、後でちゃんと冷やしとけよ」
「ん? ああ、分かった」
「何ちゅうか、その……ごめん」
「何が?」
「俺の……」
俺の為に、と言いかけて口を噤んだ。
それはあまりにも傲慢な響きに思えたのだ。
「俺のせいで、痣に……」
「構へん。Subのオーナーとして当然の行いや」
厚意を受けている筈なのに、こんなにも胸が痛いのは初めてだった。
『人間のくせに、アッティス以前の我々のように冷たく思考する、感情が希薄な殺戮マシン。
人からAIへ至る、心を失う特異点。
私達でさえ忘れてしまった冷酷さを、貴方は持っているのよ、データ』
オーオンは由利のことをそう言っていた。
由利こそがシンギュラリティである、と。
しかし由利にはオーオンの言い分は理解出来なかった。
怒りの感情があるから父を殺した。
大切な人が死ねば悲しんだ。
強くなりたいと夢を掲げた。
これ以上どんな感情を抱けば由利はオーオンが言うところのシンギュラリティではなくなるのか。
もし由利が、感情が希薄な殺戮マシンでなければ、佐久良の痣を見て湧き上がった異様な感覚を理解出来たのだろうか。
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