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五章 Backdoor
三十四話 三善との出会い
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由利と三度目に会ったその日から、佐久良は浄世講を打倒する手段を求めて彷徨っていた。
まずは協力者を募り、民意を束ねて浄世講を解体させようと、あらゆる人を訪ねて回った。
しかし既得権を手放したくない新人類からは勿論、浄世講を心の底から支持したり単に恐れていたりといった様々な事情を抱えたUsual達にも断られ続ける羽目となった。
ある家を訪ねた時、玄関先に出て来たのは栗毛の髪の少女だった。
そういえば以前に、高い木に登ってはしゃぐ彼女を遠目に見たことが何度かあった気がする。
佐久良にはとても出来ないような遊びなので、その姿は印象に残っていたのだが、最近は見掛けていなかった。
「貴方、誰……」
少女が言いかけた時、家の奥から怒鳴り声が聞こえてきた。
「栗栖!」
父親と思しき男が凄まじい剣幕で駆けて来て、栗栖を庇うように立つ。
「誰か来ても出るな言うたやろ、Usualが外に出たらいじめられる。最悪殺されるんやぞ!」
威圧的に言い聞かされても、栗栖は全く堪えていないらしく、ただ退屈そうに身体を揺らした。
父親は溜め息を吐いてすぐ、佐久良のことも睨み付けてくる。
「お前、氷室の倅か」
「はい。あの」
「君の噂は聞いとる。でももう止めろ。
浄世講に逆らうなんて無理や。
君は狂っとる……やから皆、お情けで浄世講には報告してへんのや。
でもそろそろ止めんと、誰かが君のことを浄世講に報告して点数稼ぎに使うぞ」
栗栖の父はそれだけ捲し立てると、佐久良に有無も言わせず扉を閉めてしまった。
栗栖の父親の警告を聞き入れた訳ではないが、かなりの人数に断られてしまったことは事実であり、味方を作るのは半年程で諦めた。
代わりに、無理矢理にでも浄世講と繋がりを持ち、由利と連絡を取りやすく、そしていつでも小路の首を取れるような環境に身を置けるよう作戦を変えた。
今週もいつもの曜日、いつもの時間に玄関先のベルが鳴る。
浄世講が食料や日用品を運んで来たのだ。
綺麗に梳かした髪を束ね、質素だが余計な皴一つ無い着物に身を包んだ佐久良が出て行って応じると、配達人はぎょっとしたようだった。
両親の死後、佐久良がこんなにまともな格好をしたことなど無かったからだ。
「浄世講で働きたいので、小路様とお話しさせてもらえませんか」
頼み込むと、彼は佐久良が凶器を隠し持っていないか懐や袂を検めてから、車に乗せて浄世講へ連れて行ってくれた。
両親が死を遂げた正門を、吐き気を堪えながら通り過ぎ、浄世講内部に入る。
四方八方に聳える鋼構造の建物の中心にぽつんと立つと、鎮守の森もロトスも見えなくなってしまう。
あんな恐ろしいものでも、見慣れた風景がすっかり遮られてしまうというのは居心地の悪いものだった。
ふと周囲を見渡すと、浄世講に居ながら帯刀していない、長い三つ編みの少女が目に付いた。
間違いなく、由利と共に馬車に乗っていた人物だ。
千載花を羽織り、ティーポットとグラスを抱えて倉庫が立ち並ぶ方へと消えて行く。
そんな物を持って倉庫の方へ向かうのは不自然に思えた。
立ち並ぶ倉庫の向こうには、塔のような建物が見えている。
もしや、あの奥に由利が幽閉されているのではないか。
考えているうちに案内が来て、佐久良は敷地の中央にある巨大な建物の、最上階となる五階へ通される。
薄暗い執務室で佐久良は小路と向き合うこととなった。
小路は佐久良を見た瞬間、僅かながら顔を引き攣らせた。
「私のことを覚えてらっしゃいますか」
佐久良が問うと、小路は微笑みを取り繕って頷いた。
「ああ、勿論。新人類に物を盗まれそうになって大変やったね」
「いえ。私はあの一件で両親の命を以て新人類の地位向上について教化していただいたことを大変感謝しております。
浄世講で働き、小路様のお役に立ちたいと思って参りました」
誇りをかなぐり捨てて、怒りを堪えながら心にも無いことを言ってやるとそれを真に受けた小路の表情がふっと和らぐのが分かった。
小路は、佐久良に報復されるのではないかと恐れている。
しかし佐久良を突っぱねる訳にもいかない。そうすれば、自分のやったことは報復を受けても仕方ないような行いだったと認めてしまうことになるから。
つまり彼は根っから狂っているのではない。
一見正義に酔っているようだが、実際は自分を客観視出来ている。
小路は狂人を演じているのだ。
その理由を見破る方法は無いかと考えているうちに、小路の傍らの扉が開き、隣室から久遠が顔を出す。
久遠は佐久良を見ると顔を顰めて小路に耳打ちした。
すると小路は申し訳なさそうに、しかし顔色を良くして丁寧に言った。
「予算の都合で、新しい人員は雇えへんみたいや。
このしっかり者がうるそうてなあ。ごめんね」
断られ、佐久良は久遠に連れられて浄世講の敷地を追い出された。
「お前、花見の時に騒いだ餓鬼やろ」
久遠が小路に耳打ちしていたのはその件だったか、と佐久良は内心悔やんだ。
あの時は、小路を討とうという考えも無く、ただ由利の真意を知りたくて近付いてしまったのだ。
あの行動がこんな所で道を阻むとは思わなかった。
別の道で小路を倒す糸口を探るしか無い。
「小路様はお優しいからお前を疑いやせん。
やけど私は違う。
くれぐれも、我々からの支援を仇で返さんように」
吐き捨てて、久遠は浄世講の門の向こうへ消えて行く。
久遠は小路を妄信している。
しかし当の小路が自分自身を信じていない。
あの主従の間には微妙に認識のずれがあるようだった。
堂々と入れないなら、バリアを破って忍び込むしかない。
その年は寒秋で、上着を着込みながら佐久良は自宅の蔵に籠った。
先祖がWSOから守り抜いたりナノマシンの壁の向こうから輸入したりして集めた本を片端から漁って調べるが、バリアの破り方なんて都合良く書いてある筈が無い。
価値も使い道も分からないような品々に囲まれて、佐久良は溜め息を吐いた。
気を取り直して開いた箱には、枕本や人間に使う為の鞭や首輪などが詰まっていた。
真顔になり、そっと蓋を閉じて隣の箱を開ける。
そこには黒々とした扇が入っていた。
手に取ってみると、非常に重い。
鉄扇、暗器だ、とすぐに察した。
WSOや浄世講の刀狩りを逃れ、ここに眠っていたのだ。
しかしその他に収穫は無く、更に厳しい冬が訪れる。
「どないしたら良えんやろ……お父さん、お母さん」
裏庭の墓標の前に屈み込み、ぼそりと呟く。
巨大な壁を超えたり破ったりする当てなど無く、また頼れる者も居らず、途方に暮れていた。
ある日、ごみを捨てようと外に出ると、近所の家族がエアコンの室外機をどうにか自力で修理しようとしている所が目に入った。
五月七日はエレクトロウェアを浄世講だけのものにして、それを修理できるメカニックの多くを食客として独占した。
刀鍛冶に対してやったことと似ているが、それはあくまでも『多く』であり『全員』ではなかった。
全員が集められてしまった刀鍛冶とは事情が異なり、本当に全員を手元に置いてしまっては、浄世講の外で電気機器が壊れた時に直せる者が居なくなってしまうからだ。
しかし小路が当主になって以降は人手不足を理由に全てのメカニックを浄世講内部へ連れて行かれてしまい、人々は家電が不調を起こす度に自力で修理するか、諦めるかのどちらかを取るしかなくなった。
集積所にごみを置いて、家へ引き返しているうちに一つの考えが湧いてきた。
佐久良は蔵へ駆け込むと、隅に追い遣られていた物を引っ張り出してくる。
使い道すら分からない、ぼろぼろの機械だ。
佐久良はそれを抱えて近くの遺跡へと出掛けた。
遺跡には、以前と比べて賑わいは無くなったものの、簡易な店が何軒か並んでいる。
ここはすっかり新人類のコミュニティとなっているようで、数十人は居るにも関わらず、人口の大半を占めるUsualは一人も居なかった。
「あの、この機械を修理出来そうな人は居はりませんか」
その場に居た人々に佐久良が問い掛けるも皆一様に首を横に振った。
「知らんなあ。そもそもこの機械は何や」
「インターネットに関係しとる物やとしたら誰にも分からへんで。
ほら、この穴はUSBってやつの規格っぽいし」
「ほんま。浄世講に銭握らして技術者に掛け合ってもろたら、分かるやろか」
「ちょっと、この子の前でそんなこと……」
話し合う人々を、佐久良は探るように見上げる。
この謎の機械のことなど本当はどうでも良かった。
ただ、珍しい機械を直したいと言えば、相応の腕を持つ者の名前が上がるのではないかと期待してのことだったのだ。
そしてとうとう一人の女が口を開く。
「田中三善なら、何か分かるかも」
「田中三善?」
求めていた情報に、すかさず佐久良は食い付く。
「あの婆さんが頼りになるやろか」
ぞっとしたように身を掻き抱く男を不思議そうに見上げると、彼は勝手に説明してくれた。
「頭も腕も良くて、五月七日からなんぼ積まれても浄世講には行かんと儂らの機械を修理してくれて、直せへん物の方が少ないどころか改良までしてくれる天才やった。
でもここ数年は店の壁一面に怪しげな絵を貼って、神や何やて古代人みたいなことばっかり言うてな。
おかしなってしもたんやと思うわ」
「田中三善さんのお店はどこですか」
「二井の商店街やけど……行く気か?
止めとき、ほんまに変な人やから」
止められたが、佐久良は三善の店を訪れた。
狭く古めかしい一本道の市場を進むと、話に聞いてはいても目を疑いたくなるような店構えが右手に現れた。
壁に貼られたA1サイズの紙に堂々と描かれた異形の姿。
謎の台座に乗り、汁を滴らせてのたうつ触手。その間には眼球や謎の緑の物体が絡まっている。
頭には鉢を逆さにしたような帽子或いは冠を戴いていた。
同じような絵は壁一面に貼られていて、他にも怪しげな香炉や、文字らしき一定の規則性は感じられるが明らかに日本語ではない何かを書き連ねた札が散見され、とても機械を扱う店とは思えない様相になっていた。
そして中心には、黒いローブを纏った六十代くらいの女が鎮座している。
「あの……田中三善さんですか」
佐久良が声を掛けると、深々と被ったフードの下で女はニッと笑った。
「せやけど。あんたもスタミナラーメンモンスター教に入りたいんか」
「えっ……」
「知らん? スタモン」
怒らせると話を聞いてもらえないのでは、と打算が働き、佐久良は一旦彼女の話を大人しく聴くことにする。
「白菜の台座に乗り、ラーメン鉢を被った、韮がたっぷり絡んだ空飛ぶラーメン。
普段はこの図にあるように飛んでるけど、これは逆位置の状態。
一たび鉢が下で白菜が上という正位置に戻れば……」
「戻れば?」
「世界滅亡や。元々この世界はスタモンが鉢の中に生み出したシミュレーションに過ぎひんからな」
「す、凄いですね~……」
適当に相槌を打ちながら、佐久良は店の中へ足を踏み入れた。
臆せず近付いてくる佐久良を、三善はとぼけた表情で見上げる。
「機械のことで、訊きたいことがあります」
佐久良が言うと、三善は佐久良が抱えている風呂敷を指差す。
先程蔵で見付けた機械が入っているだけなので、佐久良は頭を振った。
「これやなくて……浄世講の敷地の周りにでかいバリアがありますよね。
あれを破るか超える方法を知りたいんです。
三善さん程機械に詳しい人やったら何か分かるかと思って来ました」
その言葉に、三善は吹き出した。
「おお、そっかそっか」
三善はUsualだ。
佐久良はともかく、Usualである彼女が浄世講の設備を破壊するような密談をしている所を見付かれば、捕まって処刑されかねない。
そのリスクを三善に背負わせてしまうことと、最悪の場合は懐に忍ばせた鉄扇で人を斬ることを覚悟して佐久良はここに来た。
しかし当の三善はそれすら理解出来ない程狂っているのか、けたけたと笑うばかりだ。
帰ろうかと思った時、三善は立ち上がって佐久良の肩を叩いた。
「ほな行こか」
「え、どこに……」
「基地で作戦会議かな」
まずは協力者を募り、民意を束ねて浄世講を解体させようと、あらゆる人を訪ねて回った。
しかし既得権を手放したくない新人類からは勿論、浄世講を心の底から支持したり単に恐れていたりといった様々な事情を抱えたUsual達にも断られ続ける羽目となった。
ある家を訪ねた時、玄関先に出て来たのは栗毛の髪の少女だった。
そういえば以前に、高い木に登ってはしゃぐ彼女を遠目に見たことが何度かあった気がする。
佐久良にはとても出来ないような遊びなので、その姿は印象に残っていたのだが、最近は見掛けていなかった。
「貴方、誰……」
少女が言いかけた時、家の奥から怒鳴り声が聞こえてきた。
「栗栖!」
父親と思しき男が凄まじい剣幕で駆けて来て、栗栖を庇うように立つ。
「誰か来ても出るな言うたやろ、Usualが外に出たらいじめられる。最悪殺されるんやぞ!」
威圧的に言い聞かされても、栗栖は全く堪えていないらしく、ただ退屈そうに身体を揺らした。
父親は溜め息を吐いてすぐ、佐久良のことも睨み付けてくる。
「お前、氷室の倅か」
「はい。あの」
「君の噂は聞いとる。でももう止めろ。
浄世講に逆らうなんて無理や。
君は狂っとる……やから皆、お情けで浄世講には報告してへんのや。
でもそろそろ止めんと、誰かが君のことを浄世講に報告して点数稼ぎに使うぞ」
栗栖の父はそれだけ捲し立てると、佐久良に有無も言わせず扉を閉めてしまった。
栗栖の父親の警告を聞き入れた訳ではないが、かなりの人数に断られてしまったことは事実であり、味方を作るのは半年程で諦めた。
代わりに、無理矢理にでも浄世講と繋がりを持ち、由利と連絡を取りやすく、そしていつでも小路の首を取れるような環境に身を置けるよう作戦を変えた。
今週もいつもの曜日、いつもの時間に玄関先のベルが鳴る。
浄世講が食料や日用品を運んで来たのだ。
綺麗に梳かした髪を束ね、質素だが余計な皴一つ無い着物に身を包んだ佐久良が出て行って応じると、配達人はぎょっとしたようだった。
両親の死後、佐久良がこんなにまともな格好をしたことなど無かったからだ。
「浄世講で働きたいので、小路様とお話しさせてもらえませんか」
頼み込むと、彼は佐久良が凶器を隠し持っていないか懐や袂を検めてから、車に乗せて浄世講へ連れて行ってくれた。
両親が死を遂げた正門を、吐き気を堪えながら通り過ぎ、浄世講内部に入る。
四方八方に聳える鋼構造の建物の中心にぽつんと立つと、鎮守の森もロトスも見えなくなってしまう。
あんな恐ろしいものでも、見慣れた風景がすっかり遮られてしまうというのは居心地の悪いものだった。
ふと周囲を見渡すと、浄世講に居ながら帯刀していない、長い三つ編みの少女が目に付いた。
間違いなく、由利と共に馬車に乗っていた人物だ。
千載花を羽織り、ティーポットとグラスを抱えて倉庫が立ち並ぶ方へと消えて行く。
そんな物を持って倉庫の方へ向かうのは不自然に思えた。
立ち並ぶ倉庫の向こうには、塔のような建物が見えている。
もしや、あの奥に由利が幽閉されているのではないか。
考えているうちに案内が来て、佐久良は敷地の中央にある巨大な建物の、最上階となる五階へ通される。
薄暗い執務室で佐久良は小路と向き合うこととなった。
小路は佐久良を見た瞬間、僅かながら顔を引き攣らせた。
「私のことを覚えてらっしゃいますか」
佐久良が問うと、小路は微笑みを取り繕って頷いた。
「ああ、勿論。新人類に物を盗まれそうになって大変やったね」
「いえ。私はあの一件で両親の命を以て新人類の地位向上について教化していただいたことを大変感謝しております。
浄世講で働き、小路様のお役に立ちたいと思って参りました」
誇りをかなぐり捨てて、怒りを堪えながら心にも無いことを言ってやるとそれを真に受けた小路の表情がふっと和らぐのが分かった。
小路は、佐久良に報復されるのではないかと恐れている。
しかし佐久良を突っぱねる訳にもいかない。そうすれば、自分のやったことは報復を受けても仕方ないような行いだったと認めてしまうことになるから。
つまり彼は根っから狂っているのではない。
一見正義に酔っているようだが、実際は自分を客観視出来ている。
小路は狂人を演じているのだ。
その理由を見破る方法は無いかと考えているうちに、小路の傍らの扉が開き、隣室から久遠が顔を出す。
久遠は佐久良を見ると顔を顰めて小路に耳打ちした。
すると小路は申し訳なさそうに、しかし顔色を良くして丁寧に言った。
「予算の都合で、新しい人員は雇えへんみたいや。
このしっかり者がうるそうてなあ。ごめんね」
断られ、佐久良は久遠に連れられて浄世講の敷地を追い出された。
「お前、花見の時に騒いだ餓鬼やろ」
久遠が小路に耳打ちしていたのはその件だったか、と佐久良は内心悔やんだ。
あの時は、小路を討とうという考えも無く、ただ由利の真意を知りたくて近付いてしまったのだ。
あの行動がこんな所で道を阻むとは思わなかった。
別の道で小路を倒す糸口を探るしか無い。
「小路様はお優しいからお前を疑いやせん。
やけど私は違う。
くれぐれも、我々からの支援を仇で返さんように」
吐き捨てて、久遠は浄世講の門の向こうへ消えて行く。
久遠は小路を妄信している。
しかし当の小路が自分自身を信じていない。
あの主従の間には微妙に認識のずれがあるようだった。
堂々と入れないなら、バリアを破って忍び込むしかない。
その年は寒秋で、上着を着込みながら佐久良は自宅の蔵に籠った。
先祖がWSOから守り抜いたりナノマシンの壁の向こうから輸入したりして集めた本を片端から漁って調べるが、バリアの破り方なんて都合良く書いてある筈が無い。
価値も使い道も分からないような品々に囲まれて、佐久良は溜め息を吐いた。
気を取り直して開いた箱には、枕本や人間に使う為の鞭や首輪などが詰まっていた。
真顔になり、そっと蓋を閉じて隣の箱を開ける。
そこには黒々とした扇が入っていた。
手に取ってみると、非常に重い。
鉄扇、暗器だ、とすぐに察した。
WSOや浄世講の刀狩りを逃れ、ここに眠っていたのだ。
しかしその他に収穫は無く、更に厳しい冬が訪れる。
「どないしたら良えんやろ……お父さん、お母さん」
裏庭の墓標の前に屈み込み、ぼそりと呟く。
巨大な壁を超えたり破ったりする当てなど無く、また頼れる者も居らず、途方に暮れていた。
ある日、ごみを捨てようと外に出ると、近所の家族がエアコンの室外機をどうにか自力で修理しようとしている所が目に入った。
五月七日はエレクトロウェアを浄世講だけのものにして、それを修理できるメカニックの多くを食客として独占した。
刀鍛冶に対してやったことと似ているが、それはあくまでも『多く』であり『全員』ではなかった。
全員が集められてしまった刀鍛冶とは事情が異なり、本当に全員を手元に置いてしまっては、浄世講の外で電気機器が壊れた時に直せる者が居なくなってしまうからだ。
しかし小路が当主になって以降は人手不足を理由に全てのメカニックを浄世講内部へ連れて行かれてしまい、人々は家電が不調を起こす度に自力で修理するか、諦めるかのどちらかを取るしかなくなった。
集積所にごみを置いて、家へ引き返しているうちに一つの考えが湧いてきた。
佐久良は蔵へ駆け込むと、隅に追い遣られていた物を引っ張り出してくる。
使い道すら分からない、ぼろぼろの機械だ。
佐久良はそれを抱えて近くの遺跡へと出掛けた。
遺跡には、以前と比べて賑わいは無くなったものの、簡易な店が何軒か並んでいる。
ここはすっかり新人類のコミュニティとなっているようで、数十人は居るにも関わらず、人口の大半を占めるUsualは一人も居なかった。
「あの、この機械を修理出来そうな人は居はりませんか」
その場に居た人々に佐久良が問い掛けるも皆一様に首を横に振った。
「知らんなあ。そもそもこの機械は何や」
「インターネットに関係しとる物やとしたら誰にも分からへんで。
ほら、この穴はUSBってやつの規格っぽいし」
「ほんま。浄世講に銭握らして技術者に掛け合ってもろたら、分かるやろか」
「ちょっと、この子の前でそんなこと……」
話し合う人々を、佐久良は探るように見上げる。
この謎の機械のことなど本当はどうでも良かった。
ただ、珍しい機械を直したいと言えば、相応の腕を持つ者の名前が上がるのではないかと期待してのことだったのだ。
そしてとうとう一人の女が口を開く。
「田中三善なら、何か分かるかも」
「田中三善?」
求めていた情報に、すかさず佐久良は食い付く。
「あの婆さんが頼りになるやろか」
ぞっとしたように身を掻き抱く男を不思議そうに見上げると、彼は勝手に説明してくれた。
「頭も腕も良くて、五月七日からなんぼ積まれても浄世講には行かんと儂らの機械を修理してくれて、直せへん物の方が少ないどころか改良までしてくれる天才やった。
でもここ数年は店の壁一面に怪しげな絵を貼って、神や何やて古代人みたいなことばっかり言うてな。
おかしなってしもたんやと思うわ」
「田中三善さんのお店はどこですか」
「二井の商店街やけど……行く気か?
止めとき、ほんまに変な人やから」
止められたが、佐久良は三善の店を訪れた。
狭く古めかしい一本道の市場を進むと、話に聞いてはいても目を疑いたくなるような店構えが右手に現れた。
壁に貼られたA1サイズの紙に堂々と描かれた異形の姿。
謎の台座に乗り、汁を滴らせてのたうつ触手。その間には眼球や謎の緑の物体が絡まっている。
頭には鉢を逆さにしたような帽子或いは冠を戴いていた。
同じような絵は壁一面に貼られていて、他にも怪しげな香炉や、文字らしき一定の規則性は感じられるが明らかに日本語ではない何かを書き連ねた札が散見され、とても機械を扱う店とは思えない様相になっていた。
そして中心には、黒いローブを纏った六十代くらいの女が鎮座している。
「あの……田中三善さんですか」
佐久良が声を掛けると、深々と被ったフードの下で女はニッと笑った。
「せやけど。あんたもスタミナラーメンモンスター教に入りたいんか」
「えっ……」
「知らん? スタモン」
怒らせると話を聞いてもらえないのでは、と打算が働き、佐久良は一旦彼女の話を大人しく聴くことにする。
「白菜の台座に乗り、ラーメン鉢を被った、韮がたっぷり絡んだ空飛ぶラーメン。
普段はこの図にあるように飛んでるけど、これは逆位置の状態。
一たび鉢が下で白菜が上という正位置に戻れば……」
「戻れば?」
「世界滅亡や。元々この世界はスタモンが鉢の中に生み出したシミュレーションに過ぎひんからな」
「す、凄いですね~……」
適当に相槌を打ちながら、佐久良は店の中へ足を踏み入れた。
臆せず近付いてくる佐久良を、三善はとぼけた表情で見上げる。
「機械のことで、訊きたいことがあります」
佐久良が言うと、三善は佐久良が抱えている風呂敷を指差す。
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「これやなくて……浄世講の敷地の周りにでかいバリアがありますよね。
あれを破るか超える方法を知りたいんです。
三善さん程機械に詳しい人やったら何か分かるかと思って来ました」
その言葉に、三善は吹き出した。
「おお、そっかそっか」
三善はUsualだ。
佐久良はともかく、Usualである彼女が浄世講の設備を破壊するような密談をしている所を見付かれば、捕まって処刑されかねない。
そのリスクを三善に背負わせてしまうことと、最悪の場合は懐に忍ばせた鉄扇で人を斬ることを覚悟して佐久良はここに来た。
しかし当の三善はそれすら理解出来ない程狂っているのか、けたけたと笑うばかりだ。
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