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五章 Backdoor
三十五話 疑念
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三善は商店街の中の路地裏にある自宅へと佐久良を連れて行った。
家に入るなり三善は黒いローブを取り払う。
下からはミリタリー風のロリータドレスと大振りなリボンカチューシャ、それに合わせて綺麗に巻かれたグレージュの髪といった、ちゃんとした格好が現れる。
「個人的な好奇心で訊くけど、その包みの中は何?」
店に居た時よりもしっかりとした口調で問い掛けられ、驚きつつも佐久良は包みを解く。
出て来た機械を少し触って調べると、三善はすぐに正体を見抜いたようだった。
「古い印刷機やな。
カイシャが作った純正カートリッジが手に入らへんのは当然として……資源さえあればどうにかカートリッジ作って、あかんなった部品を交換して、使えるようになるかもな」
三善は印刷機を佐久良に返すと、掘り炬燵に入るよう勧めてきた。
「何でって顔しとるから、私も少年の好奇心を満たしてから本題に入ろう。
私は別に本気でスタモンを信仰しとる訳やない。
浄世講なんぞと関わりとうないから、適当な神をでっちあげていかれた振りして、徴集を逃れとるだけや」
「なるほど」
なかなかの奇策だが、三善がここに居るということは成功しているらしい。
佐久良も種明かしされるまで騙されたままだった。
「元々五月七日のやり方かて気に入らんかったんや。
なんやかんやと屁理屈捏ねて偉そぶりよって。
あいつな、私が蟷螂捕まえて見せびらかしたら怖くて泣きよった洟垂れ小僧やってんで」
三善は五月七日と同年代だ。
彼が覇者となる前の姿も、色々と見てきたのだろう。
「でも倅のやり方はもっと好かん。
私は足を悪くしとるから切った張ったはようやらんけど、君が小路を倒す言うんやったら出来る限りの手伝いはするで」
まだ佐久良が核心に触れていないにも関わらず、三善の方から小路打倒について言及してきた。
彼女は確実に、浄世講に反感を抱く同志だ。
「俺は佐久良。
父の氷室入谷と母の塔院常磐は浄世講正門前の虐殺で殺されました。
内通者と連絡し合う為にも、小路を狙う為にも、敷地を囲んどるあのバリアが邪魔なんです」
佐久良が言うと、正門前の虐殺という所で三善は頷いた。
復讐を掲げる理由としてはこの一件を挙げるだけでも事足りた。
三善は暫く考え込んだ後、明るい声色のまま断言する。
「私にはどうしようもあらへんな。
本体が浄世講内部のどっか奥深くにある以上、EMP装置なんかでの破壊は届かへんし、仮に破壊に成功したとしてもバリア程の最重要機構やったら一秒も経たんと予備の電源と機器で回復しよる。
佐久良ちゃんはまだ産まれてへんかったと思うけど、私が四十歳かそこらの時に大地震でここら一帯停電したことがあってな。
その時も浄世講のバリアだけは煌々としとったわ」
それを聞いて肩を落とした佐久良に、三善は慌てて訂正する。
「どうしようもあらへん言うたのは、私にはそんな都合の良い機械は作られへんって意味や。
作ることは出来ひんくても、奪ってくることは出来るかもしれん。
重力発生装置とか跳躍力強化装置を組み込んだブーツでもあれば良えんやけど、エレクトロウェアやら鉄資源やらは全部浄世講に集められてしもてるからな。
やから自力でこっそり邪機を狩って来て、そいつを加工するんや」
「邪機を狩る? 俺が……」
佐久良は息を呑む。
エレクトロウェアや刀などで武装した浄世講の構成員ですら、戦いのセンスが無い者は次々と邪機に殺されている。
碌な武装も用意出来ないのに邪機を狩るなんて自殺行為だ。
想定外の提案で呆気に取られたが、すぐに覚悟は決まった。
「分かりました。
武器を振るう練習の為に少し時間は欲しいけど、必ず邪機を狩ってきます」
「うん。狙うべきは蜘蛛型とか蜥蜴型みたいな壁に貼り付きよる奴や。
ああいう邪機の脚の先には、さすがの私にも再現出来ひんような細かくて柔軟な棘があって、それを使て上手いこと地面と垂直に歩けんねん。
勿論、電子バリアの壁もな。
死骸を持って来てくれたら脚をもいで靴を作る。
それだけやと佐久良ちゃんの体重を支えられへんから、余りの部品で反重力装置を作って、靴底に埋め込む。
それで電子バリアを登れる筈や。
ただ、小路を確実に蹴落とす策があらへん以上は、侵入するのは止めた方が良い。
警報鳴りよるからな」
「はい。内通者と会えるだけでも十分です……ありがとうございます」
炬燵から脚を出して、佐久良は深々と頭を下げた。
その日から佐久良は鉄扇を手に、体を鍛え、武器を振るう練習を始めた。
広げた鉄扇を裏庭の竹に叩き付けてみたものの、竹を斬ることはおろか傷付けることも出来なかった――そんな状態からのスタートだった。
「由利、毎日暑くない? ばっさりいきたかったらいつでも言うてや。
私ほんまに髪の毛切んの上手いねんから」
由利の髪の痛んだ毛先を、総プラスチックの鋏でちまちまと切りながら加賀見が言ったが由利は断った。
「ありがと。でももうちょい伸ばしとく」
「そう? ほな髪の結び方だけでも覚えとき。
三つ編みくらい出来るやろ?」
「え、出来ひんけど」
「マジで? よーし、やったらお姉ちゃんが教えたる!
編み込みとかキャンディヘアとか、ヘアゴムしか使えへんくても可愛いアレンジはいっぱいあるからな」
「圧が凄い……」
幽閉されて三年が経った。
表面上は平和な初夏が訪れる。
加賀見は相変わらず傷の絶えない日々を過ごしている。
そして夏目は調査に梃摺っているようだった。
小路自身に能力が無くても、周囲を狂信的かつ優秀な幹部が固めているため、金銭関係の不正や五月七日、泥一族の死に関する疑惑などの証拠は何一つ残っていなかった。
何十年掛かろうと構わない。
佐久良の怒りが小路に届くその時まで、待つ覚悟は出来ている。
無力な少年だった彼が強大な権力を破った暁には、きっと今までとは違うネオ南都の未来が開ける。
そう信じていた。
「あれ? 酷い青たんや」
ガウンの裾から覗く膝に内出血を認め、加賀見が声を上げた。
「逆立ちしてて転んでん」
そもそも何故逆立ちをしていたのかと言いたげな加賀見に気付いて、由利は続ける。
「来たる戦いに向けて力持ちになろうと思って、重い物を持ち上げたら力持ちかなって考えてんけど、この部屋って全然物あらへんやん。
やったら、自分を持ち上げたら良えやんって」
「ほんで逆立ち?」
「そう。逆立ちしたまま腕立てすんねん。
まだ二、三回しか続かへんけど……」
「無理はしなよ」
「うん。あとな、刀の練習もしてんねんで。
こんな感じで」
由利は足首に回された枷から伸びる電子の鎖を引っ掴み、何度も縦に振り下ろして壁に叩き付ける。
刀を振っているつもりらしい。
枷と鎖も、まさかこんな使い方をされるとは思わなかっただろう。
「由利はすばしっこいから、刀持ってエレクトロウェア着たら、邪機も小路もぼこぼこに出来る思うで」
笑ってはいたが、加賀見は大真面目に言っているようだった。
「強くなれる秘訣を見付けたら、加賀見にも教えるわ」
「うん。楽しみにしとる」
「ほんまは人質の身分から解放されて、戦いに駆り出されんで済むのが一番良えけどな。
ただ、兵を鍛える努力をせえへん、強くなる機会を与えもせえへん浄世講の体制も問題あると思うわ。
五月七日の頃から個人の強さに頼りきりで、戦いの知識を蓄積するとかそういうの全くあらへんもん」
浄世講の組織体制について話し始めると、由利は止まらなくなってしまう。
愚痴を言いたいのではなく、文句を言いながら思考を纏めているのだ。
加賀見は隣に座って、それを穏やかに見守っていた。
しかし加賀見は懐中時計に目を遣ると、残念そうに言う。
「ごめん、そろそろ行かな。小路の演説集会や」
集会では構成員が皆、浄世講の中の広場に並び、檀上の小路が演説するのを聴かなくてはならない。
この時、小路以外がエレクトロウェアを着用したり武装したりすることは禁じられている。
加賀見も機械を取り外してから参加しなくてはならないのだ。
この集会はネオ南都全土に中継される。佐久良も見ることになるだろう。
「うん。行ってらっしゃい」
加賀見を見送ってから一時間近く経った二十時半頃、由利の耳にもスピーカーから響く小路の声が届いてきた。
『本日は重大な発表がございます。
なんと浄世講が誇る化学班が、新人類発生の原因を突き止めたのです』
その言葉には、ごく単純な興味が湧いた。
由利は珍しく父の話に耳を傾けることにした。
『ネオ南都全土の地質、大気、水、また壁の向こうから取り寄せたサンプルの全てから遺伝子に影響を及ぼす有毒成分が検出されました。
一方で約五十年前――つまり新人類発生以前、ネオ南都で野鳥間の伝染病が流行した際に行われた水質調査等のデータ曰く、当時はそのような成分は存在しなかった。
新人類発生以前に無くて、新人類発生以降に有る毒。
賢明な皆様ならもうお判りでしょう。
新人類が生まれたことで、愚かな旧人類は何をしてきましたか?
新しく強いものを恐れた旧人類は、新人類を拒絶して争いを起こした。
その結果多くの旧人類が破滅し、新人類の尊い命がいくつも失われた。
それこそが毒を撒いた者達……いえ、撒いた者の思うつぼなのです』
小路が複数形をわざわざ単数形に言い直したことで、由利ははっとする。
個にして群、群にして個。
ネオ南都――さすらいの地に毒を流してもおかしくはないと思える、当たり前の風景かつ異質な存在。
『そう、新人類発生の原因はロトス!
新人類なる存在に伴う苦悩や不和による死は、確実にさすらいの地の人口を削減している。
WSOは資源獲得などを目的にロトスを出て、再び外界を支配しようとしているに違いありません。
奴らの企みが実現すれば、レジスタンスの末裔たる我々に未来は無い!』
ここ数年で小路の演説は上達していた。
独特の間を取りながら、断定的な口調でどんどん自らの主張を披露していく。
『ロトスの卑劣な陰謀の犠牲者である新人類に、更なる愛と支援を捧げましょう。
それがロトスの企みを阻止する唯一の手段です』
小路の話題が、償いだの何だのといつものつまらない内容になってきたので、由利はごろりと床に寝転ぶと自身の掌を眺めた。
本当にロトスが毒を流していたのだとしたら酷い話だが、既に新人類は発生してしまっている。
謂わば過ぎたことだ。
ロトスに乗り込む方法が見付かるか、WSOが直々に出陣してくるような事態が起こるまでは、放置しておくしか無いのだ。
小路に反感を抱く者達の怒りをロトスに逸らしたくて、この事実を大々的に発表したのではないか、と由利は疑っていた。
案の定ロトスという巨悪をちらつかされた人々は、新人類なら被害者意識を、旧人類なら罪悪感をますます強固にしていった。
新人類は哀れな善であり、旧人類は奢った悪であるという構造を保たなくては、ロトスに敗北する――ロトスという共通の敵の前に、人々は進んでその構造に嵌っていった。
佐久良もまた、ロトスが気にならない訳ではなかったが、今はただ小路を倒すことに集中しようと努めていた。
両親の仇だというなら、後々ロトスも潰せば良いだけだ。
三善と出会ってから半年後の夜、佐久良は鉄扇と懐中電灯だけを手に、高田方面から鎮守の森のごく片隅に足を踏み入れた。
目指す先は、灯籠遺跡だ。
遺跡の参道は安良池街道の方から東に伸びているが、高田からも北上する形で遺跡に入る小径がある。
遺跡に仕える古の神官が通ったという歴史ある道も、邪機の住み処の出入り口となってしまってからは草木が覆い茂っている。
それが佐久良にとっては好都合だった。
浄世講は参道付近には兵を置いているが、高田の小径のことは道と認識していないために兵を配備していないのだ。
お陰で誰にも目を付けられることなく邪機を狩れる。
連なる土塀とネオンサインの住宅地から、こっそりと大樹のトンネルへと踏み入る。
細い灯りを便りに、浄世講に見付からないよう、太刀打ち出来ないような強い邪機に遭遇しないよう、慎重に砂利道を進んだ。
こんな危険地帯に来たのは初めてだが、一本道なので方角さえ誤らなければ迷うことは無い。
やがて小径は、石灯籠が並び立つ参道に合流した。
右手には二十段足らずの広く平べったい石階段と朱色の『鳥居』がある。
正式な順路で参道を歩くなら、安良池街道に面している鳥居が一つ目で、今目の前にある物は二つ目に潜るべきなのだろう。
佐久良が木陰で様子を窺っていると、鳥居の手前に建つ吹き放ちの木造建築の上から、目当てとしている蜥蜴型のロボットが駆け下りて来た。
そのカメラアイは確実に佐久良を睨んでおり、一抱えはありそうな頭の中心が蝶番でがばりと開くと、中に鋸のような歯が鋭く輝いた。
佐久良が後退れば、狙い通りにロボットは平地まで下りてくる。
尾の付け根に付いている通信機を斬れば良いのだ、と佐久良は鉄扇を持つ手に力を込めた。
敵は歯を剥き出しにして迫って来る。
佐久良は更に後退り、木々の間へ潜り込む。
立ち並ぶ幹の間では、ロボットは大口を開いて佐久良に噛み付くことは出来ない。
木を叩き折ろうと長い尻尾が振るわれた。
大人の胴回り程の大きさの幹ならば一撃で真っ二つにされてしまい、轟音を上げながら近くの木に倒れ掛かっていく。
しかし樹齢数百年という大樹にぶつかると、斬撃の勢いは止まった。
その隙に佐久良は尻尾にしがみつき、通信機目がけてよじ登っていく。
懸命に追い縋ったものの、佐久良の手が通信機に届くことは無かった。
鞭のように撓った尻尾ごと佐久良の背中は大樹に叩き付けられて、しがみついた手は離れてしまう。
地面に崩れ落ち、動くこともままならず這い蹲る佐久良の目前に、ロボットの牙が迫る。
死を覚悟したが、咄嗟の判断で地面に意識を集中させた。
今まであまり使ってこなかったグレア――桜色の光を巡らせ、一瞬ではあるがロボットを静止させることが出来た。
付属の無線機のスイッチを入れてから、懐中電灯を遠くに放り投げると同時に佐久良は横に転がり、ロボットの攻撃の軌道を逃れた。
佐久良が動くとグレアは散り散りになり、ロボットは再びけたたましく暴れ出す。
しかし機械の発する光とノイズに本能的に攻撃性を向け、懐中電灯へと矛先を変えた。
来た道を走って逃げ帰りながら、恐怖で激しく脈打つ心音の奥、佐久良は冷静な思考を巡らせていた。
グレアが無ければ、佐久良は確実にここで殺されていた。
戦いにおいてグレアは便利だ。
便利すぎて違和感がある。
小路が語っていたWSOの陰謀は、一応の筋は通っている。
しかしWSOの目的が、人口が減ったさすらいの地に侵攻して資源獲得の為の戦争を仕掛けることだとすれば、グレアやバフといった戦闘に特化した能力を持つ新人類は確実に外界侵攻の妨げとなる。
その可能性をWSOが考えなかった、なんてことが有り得るのだろうか。
古今東西の歴史を顧みても、不和を生み出す原因など掃いて捨てる程あった筈だ。
自分がWSOの立場なら、強力な化け物を生み出す毒を流してやろうだなんて、後の自らの首を絞めるような形は取らない。
新人類発生の原因解明などと言っても、所詮は小路の発表一つがあたかも事実かのように広まっただけだ。
ここにも小路の意志が介在しているような気がしてならなかった。
家に入るなり三善は黒いローブを取り払う。
下からはミリタリー風のロリータドレスと大振りなリボンカチューシャ、それに合わせて綺麗に巻かれたグレージュの髪といった、ちゃんとした格好が現れる。
「個人的な好奇心で訊くけど、その包みの中は何?」
店に居た時よりもしっかりとした口調で問い掛けられ、驚きつつも佐久良は包みを解く。
出て来た機械を少し触って調べると、三善はすぐに正体を見抜いたようだった。
「古い印刷機やな。
カイシャが作った純正カートリッジが手に入らへんのは当然として……資源さえあればどうにかカートリッジ作って、あかんなった部品を交換して、使えるようになるかもな」
三善は印刷機を佐久良に返すと、掘り炬燵に入るよう勧めてきた。
「何でって顔しとるから、私も少年の好奇心を満たしてから本題に入ろう。
私は別に本気でスタモンを信仰しとる訳やない。
浄世講なんぞと関わりとうないから、適当な神をでっちあげていかれた振りして、徴集を逃れとるだけや」
「なるほど」
なかなかの奇策だが、三善がここに居るということは成功しているらしい。
佐久良も種明かしされるまで騙されたままだった。
「元々五月七日のやり方かて気に入らんかったんや。
なんやかんやと屁理屈捏ねて偉そぶりよって。
あいつな、私が蟷螂捕まえて見せびらかしたら怖くて泣きよった洟垂れ小僧やってんで」
三善は五月七日と同年代だ。
彼が覇者となる前の姿も、色々と見てきたのだろう。
「でも倅のやり方はもっと好かん。
私は足を悪くしとるから切った張ったはようやらんけど、君が小路を倒す言うんやったら出来る限りの手伝いはするで」
まだ佐久良が核心に触れていないにも関わらず、三善の方から小路打倒について言及してきた。
彼女は確実に、浄世講に反感を抱く同志だ。
「俺は佐久良。
父の氷室入谷と母の塔院常磐は浄世講正門前の虐殺で殺されました。
内通者と連絡し合う為にも、小路を狙う為にも、敷地を囲んどるあのバリアが邪魔なんです」
佐久良が言うと、正門前の虐殺という所で三善は頷いた。
復讐を掲げる理由としてはこの一件を挙げるだけでも事足りた。
三善は暫く考え込んだ後、明るい声色のまま断言する。
「私にはどうしようもあらへんな。
本体が浄世講内部のどっか奥深くにある以上、EMP装置なんかでの破壊は届かへんし、仮に破壊に成功したとしてもバリア程の最重要機構やったら一秒も経たんと予備の電源と機器で回復しよる。
佐久良ちゃんはまだ産まれてへんかったと思うけど、私が四十歳かそこらの時に大地震でここら一帯停電したことがあってな。
その時も浄世講のバリアだけは煌々としとったわ」
それを聞いて肩を落とした佐久良に、三善は慌てて訂正する。
「どうしようもあらへん言うたのは、私にはそんな都合の良い機械は作られへんって意味や。
作ることは出来ひんくても、奪ってくることは出来るかもしれん。
重力発生装置とか跳躍力強化装置を組み込んだブーツでもあれば良えんやけど、エレクトロウェアやら鉄資源やらは全部浄世講に集められてしもてるからな。
やから自力でこっそり邪機を狩って来て、そいつを加工するんや」
「邪機を狩る? 俺が……」
佐久良は息を呑む。
エレクトロウェアや刀などで武装した浄世講の構成員ですら、戦いのセンスが無い者は次々と邪機に殺されている。
碌な武装も用意出来ないのに邪機を狩るなんて自殺行為だ。
想定外の提案で呆気に取られたが、すぐに覚悟は決まった。
「分かりました。
武器を振るう練習の為に少し時間は欲しいけど、必ず邪機を狩ってきます」
「うん。狙うべきは蜘蛛型とか蜥蜴型みたいな壁に貼り付きよる奴や。
ああいう邪機の脚の先には、さすがの私にも再現出来ひんような細かくて柔軟な棘があって、それを使て上手いこと地面と垂直に歩けんねん。
勿論、電子バリアの壁もな。
死骸を持って来てくれたら脚をもいで靴を作る。
それだけやと佐久良ちゃんの体重を支えられへんから、余りの部品で反重力装置を作って、靴底に埋め込む。
それで電子バリアを登れる筈や。
ただ、小路を確実に蹴落とす策があらへん以上は、侵入するのは止めた方が良い。
警報鳴りよるからな」
「はい。内通者と会えるだけでも十分です……ありがとうございます」
炬燵から脚を出して、佐久良は深々と頭を下げた。
その日から佐久良は鉄扇を手に、体を鍛え、武器を振るう練習を始めた。
広げた鉄扇を裏庭の竹に叩き付けてみたものの、竹を斬ることはおろか傷付けることも出来なかった――そんな状態からのスタートだった。
「由利、毎日暑くない? ばっさりいきたかったらいつでも言うてや。
私ほんまに髪の毛切んの上手いねんから」
由利の髪の痛んだ毛先を、総プラスチックの鋏でちまちまと切りながら加賀見が言ったが由利は断った。
「ありがと。でももうちょい伸ばしとく」
「そう? ほな髪の結び方だけでも覚えとき。
三つ編みくらい出来るやろ?」
「え、出来ひんけど」
「マジで? よーし、やったらお姉ちゃんが教えたる!
編み込みとかキャンディヘアとか、ヘアゴムしか使えへんくても可愛いアレンジはいっぱいあるからな」
「圧が凄い……」
幽閉されて三年が経った。
表面上は平和な初夏が訪れる。
加賀見は相変わらず傷の絶えない日々を過ごしている。
そして夏目は調査に梃摺っているようだった。
小路自身に能力が無くても、周囲を狂信的かつ優秀な幹部が固めているため、金銭関係の不正や五月七日、泥一族の死に関する疑惑などの証拠は何一つ残っていなかった。
何十年掛かろうと構わない。
佐久良の怒りが小路に届くその時まで、待つ覚悟は出来ている。
無力な少年だった彼が強大な権力を破った暁には、きっと今までとは違うネオ南都の未来が開ける。
そう信じていた。
「あれ? 酷い青たんや」
ガウンの裾から覗く膝に内出血を認め、加賀見が声を上げた。
「逆立ちしてて転んでん」
そもそも何故逆立ちをしていたのかと言いたげな加賀見に気付いて、由利は続ける。
「来たる戦いに向けて力持ちになろうと思って、重い物を持ち上げたら力持ちかなって考えてんけど、この部屋って全然物あらへんやん。
やったら、自分を持ち上げたら良えやんって」
「ほんで逆立ち?」
「そう。逆立ちしたまま腕立てすんねん。
まだ二、三回しか続かへんけど……」
「無理はしなよ」
「うん。あとな、刀の練習もしてんねんで。
こんな感じで」
由利は足首に回された枷から伸びる電子の鎖を引っ掴み、何度も縦に振り下ろして壁に叩き付ける。
刀を振っているつもりらしい。
枷と鎖も、まさかこんな使い方をされるとは思わなかっただろう。
「由利はすばしっこいから、刀持ってエレクトロウェア着たら、邪機も小路もぼこぼこに出来る思うで」
笑ってはいたが、加賀見は大真面目に言っているようだった。
「強くなれる秘訣を見付けたら、加賀見にも教えるわ」
「うん。楽しみにしとる」
「ほんまは人質の身分から解放されて、戦いに駆り出されんで済むのが一番良えけどな。
ただ、兵を鍛える努力をせえへん、強くなる機会を与えもせえへん浄世講の体制も問題あると思うわ。
五月七日の頃から個人の強さに頼りきりで、戦いの知識を蓄積するとかそういうの全くあらへんもん」
浄世講の組織体制について話し始めると、由利は止まらなくなってしまう。
愚痴を言いたいのではなく、文句を言いながら思考を纏めているのだ。
加賀見は隣に座って、それを穏やかに見守っていた。
しかし加賀見は懐中時計に目を遣ると、残念そうに言う。
「ごめん、そろそろ行かな。小路の演説集会や」
集会では構成員が皆、浄世講の中の広場に並び、檀上の小路が演説するのを聴かなくてはならない。
この時、小路以外がエレクトロウェアを着用したり武装したりすることは禁じられている。
加賀見も機械を取り外してから参加しなくてはならないのだ。
この集会はネオ南都全土に中継される。佐久良も見ることになるだろう。
「うん。行ってらっしゃい」
加賀見を見送ってから一時間近く経った二十時半頃、由利の耳にもスピーカーから響く小路の声が届いてきた。
『本日は重大な発表がございます。
なんと浄世講が誇る化学班が、新人類発生の原因を突き止めたのです』
その言葉には、ごく単純な興味が湧いた。
由利は珍しく父の話に耳を傾けることにした。
『ネオ南都全土の地質、大気、水、また壁の向こうから取り寄せたサンプルの全てから遺伝子に影響を及ぼす有毒成分が検出されました。
一方で約五十年前――つまり新人類発生以前、ネオ南都で野鳥間の伝染病が流行した際に行われた水質調査等のデータ曰く、当時はそのような成分は存在しなかった。
新人類発生以前に無くて、新人類発生以降に有る毒。
賢明な皆様ならもうお判りでしょう。
新人類が生まれたことで、愚かな旧人類は何をしてきましたか?
新しく強いものを恐れた旧人類は、新人類を拒絶して争いを起こした。
その結果多くの旧人類が破滅し、新人類の尊い命がいくつも失われた。
それこそが毒を撒いた者達……いえ、撒いた者の思うつぼなのです』
小路が複数形をわざわざ単数形に言い直したことで、由利ははっとする。
個にして群、群にして個。
ネオ南都――さすらいの地に毒を流してもおかしくはないと思える、当たり前の風景かつ異質な存在。
『そう、新人類発生の原因はロトス!
新人類なる存在に伴う苦悩や不和による死は、確実にさすらいの地の人口を削減している。
WSOは資源獲得などを目的にロトスを出て、再び外界を支配しようとしているに違いありません。
奴らの企みが実現すれば、レジスタンスの末裔たる我々に未来は無い!』
ここ数年で小路の演説は上達していた。
独特の間を取りながら、断定的な口調でどんどん自らの主張を披露していく。
『ロトスの卑劣な陰謀の犠牲者である新人類に、更なる愛と支援を捧げましょう。
それがロトスの企みを阻止する唯一の手段です』
小路の話題が、償いだの何だのといつものつまらない内容になってきたので、由利はごろりと床に寝転ぶと自身の掌を眺めた。
本当にロトスが毒を流していたのだとしたら酷い話だが、既に新人類は発生してしまっている。
謂わば過ぎたことだ。
ロトスに乗り込む方法が見付かるか、WSOが直々に出陣してくるような事態が起こるまでは、放置しておくしか無いのだ。
小路に反感を抱く者達の怒りをロトスに逸らしたくて、この事実を大々的に発表したのではないか、と由利は疑っていた。
案の定ロトスという巨悪をちらつかされた人々は、新人類なら被害者意識を、旧人類なら罪悪感をますます強固にしていった。
新人類は哀れな善であり、旧人類は奢った悪であるという構造を保たなくては、ロトスに敗北する――ロトスという共通の敵の前に、人々は進んでその構造に嵌っていった。
佐久良もまた、ロトスが気にならない訳ではなかったが、今はただ小路を倒すことに集中しようと努めていた。
両親の仇だというなら、後々ロトスも潰せば良いだけだ。
三善と出会ってから半年後の夜、佐久良は鉄扇と懐中電灯だけを手に、高田方面から鎮守の森のごく片隅に足を踏み入れた。
目指す先は、灯籠遺跡だ。
遺跡の参道は安良池街道の方から東に伸びているが、高田からも北上する形で遺跡に入る小径がある。
遺跡に仕える古の神官が通ったという歴史ある道も、邪機の住み処の出入り口となってしまってからは草木が覆い茂っている。
それが佐久良にとっては好都合だった。
浄世講は参道付近には兵を置いているが、高田の小径のことは道と認識していないために兵を配備していないのだ。
お陰で誰にも目を付けられることなく邪機を狩れる。
連なる土塀とネオンサインの住宅地から、こっそりと大樹のトンネルへと踏み入る。
細い灯りを便りに、浄世講に見付からないよう、太刀打ち出来ないような強い邪機に遭遇しないよう、慎重に砂利道を進んだ。
こんな危険地帯に来たのは初めてだが、一本道なので方角さえ誤らなければ迷うことは無い。
やがて小径は、石灯籠が並び立つ参道に合流した。
右手には二十段足らずの広く平べったい石階段と朱色の『鳥居』がある。
正式な順路で参道を歩くなら、安良池街道に面している鳥居が一つ目で、今目の前にある物は二つ目に潜るべきなのだろう。
佐久良が木陰で様子を窺っていると、鳥居の手前に建つ吹き放ちの木造建築の上から、目当てとしている蜥蜴型のロボットが駆け下りて来た。
そのカメラアイは確実に佐久良を睨んでおり、一抱えはありそうな頭の中心が蝶番でがばりと開くと、中に鋸のような歯が鋭く輝いた。
佐久良が後退れば、狙い通りにロボットは平地まで下りてくる。
尾の付け根に付いている通信機を斬れば良いのだ、と佐久良は鉄扇を持つ手に力を込めた。
敵は歯を剥き出しにして迫って来る。
佐久良は更に後退り、木々の間へ潜り込む。
立ち並ぶ幹の間では、ロボットは大口を開いて佐久良に噛み付くことは出来ない。
木を叩き折ろうと長い尻尾が振るわれた。
大人の胴回り程の大きさの幹ならば一撃で真っ二つにされてしまい、轟音を上げながら近くの木に倒れ掛かっていく。
しかし樹齢数百年という大樹にぶつかると、斬撃の勢いは止まった。
その隙に佐久良は尻尾にしがみつき、通信機目がけてよじ登っていく。
懸命に追い縋ったものの、佐久良の手が通信機に届くことは無かった。
鞭のように撓った尻尾ごと佐久良の背中は大樹に叩き付けられて、しがみついた手は離れてしまう。
地面に崩れ落ち、動くこともままならず這い蹲る佐久良の目前に、ロボットの牙が迫る。
死を覚悟したが、咄嗟の判断で地面に意識を集中させた。
今まであまり使ってこなかったグレア――桜色の光を巡らせ、一瞬ではあるがロボットを静止させることが出来た。
付属の無線機のスイッチを入れてから、懐中電灯を遠くに放り投げると同時に佐久良は横に転がり、ロボットの攻撃の軌道を逃れた。
佐久良が動くとグレアは散り散りになり、ロボットは再びけたたましく暴れ出す。
しかし機械の発する光とノイズに本能的に攻撃性を向け、懐中電灯へと矛先を変えた。
来た道を走って逃げ帰りながら、恐怖で激しく脈打つ心音の奥、佐久良は冷静な思考を巡らせていた。
グレアが無ければ、佐久良は確実にここで殺されていた。
戦いにおいてグレアは便利だ。
便利すぎて違和感がある。
小路が語っていたWSOの陰謀は、一応の筋は通っている。
しかしWSOの目的が、人口が減ったさすらいの地に侵攻して資源獲得の為の戦争を仕掛けることだとすれば、グレアやバフといった戦闘に特化した能力を持つ新人類は確実に外界侵攻の妨げとなる。
その可能性をWSOが考えなかった、なんてことが有り得るのだろうか。
古今東西の歴史を顧みても、不和を生み出す原因など掃いて捨てる程あった筈だ。
自分がWSOの立場なら、強力な化け物を生み出す毒を流してやろうだなんて、後の自らの首を絞めるような形は取らない。
新人類発生の原因解明などと言っても、所詮は小路の発表一つがあたかも事実かのように広まっただけだ。
ここにも小路の意志が介在しているような気がしてならなかった。
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