【R-18】ディストピアの東 ~両片想いの電気武者はサブドロップを治したい~

二階堂まりい

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六章 Abend

四十六話 羽根鬘

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 化合物を含ませて防刃、防炎機能を取り戻した服に、エレクトロウェアを着け、武器を手に町を自由に闊歩する。
 数十年ぶりに、それが人々の当たり前となりつつあった。

 やがてモノノベは道場を人々に開放し、戦い方を教えるようになった。
 最初は新人類ばかり十人にも満たない人数しか寄り付かなかったが、講義は順調そのものだった。


 そんなある寒雨の日、道場に複数人が押し掛けて来た。
 夏目は不在だったため、千載花を羽織って門扉の所まで出て行った由利と佐久良が、何事かと彼らの話を聞く。
 佐久良の右隣に立つ由利の顔にはまだ生々しく盛り上がった傷があり、眼帯が外せなかった。

「邪機を狩る仕事やって? 
 冗談やない、浄世講と何が違うねん!」
「それに、道場に人を集めて戦い方を教えるやって? 
 また自分の言いなりになる兵士を増やして戦争を起こすつもり? 神経を疑うわ」
「こいつは蓮見小路の息子やぞ! 
 人を集めることを許したら、またカルトを作りよる!」
「都合が悪くなったから小路を切り捨てただけで、ほんまの黒幕はお前なんやろう、蓮見由利!」
「小路の死体を八つ裂きにせず、こそこそと埋葬したのもおかしい。
 まともな神経してたら、あんな奴が安らかに眠るのを許せる筈が無い」

 次々に浴びせられる罵声に反論しようと佐久良が口を開きかけた時、由利がそれを制するように進み出て、静かに、しかし鋭く声を発する。
「それで、俺に何を要求しとる? 
 まさか駄弁りたくて来た訳でもないやろ」
 由利は早く話を終わらせたくて言ったようだが、それが集まった者達の神経を酷く逆撫でした。
 暗い雨空の下でも明らかな程、彼らは顔を赤黒く染めて憤った。
「死んで責任を取れ! 
 それが悲劇を繰り返さへん最善の手段や」
「己の無実は、誰よりも俺が知っとる。
 やからこそ断固拒否する」
 突っぱねる由利を、一人の女が嘲笑った。
「何百人も殺してきたくせに、死ぬのが怖いんか」

 今度こそ反論しようと、佐久良は前に立つ由利の肩を掴んで除けようとした。
 しかし逆に押し返されてしまう。
「人間が存在する限り争いは起こる。
 争いに決着が付いた時、生まれるのは敗者っちゅう名の罪人や。
 ほんで、その罪人にも家族や友人が居ることやろう。
 俺が死ぬことで、親の罪を子が背負うっちゅう先例が出来るのは、将来のネオ南都に悪影響を及ぼす。
 やから敢えて宣言する。
 俺は浄世講による虐殺には無関係、小路の咎で死んだる義理は無い」
 それに、と由利は佐久良の方を振り向く。
「もし俺が小路の二の舞を踏みそうになった時は、上司として佐久良が俺を殺してくれる。
 そうやろ」
 佐久良の心臓が、嫌な音を立てて脈打った。

 反論しようとする度に由利に止められていた理由は、何となく察せられた。
 佐久良が由利を庇うと、佐久良まで悪人だと断じられてしまい諸共立場を悪くしかねない。
 それを防ぐ為に由利が悪名を一身に受け、佐久良はあくまでも客観的な位置に居ると見せ付けておかなくてはならないのだ。

 掻き乱される脳内は、矛盾した命令を下されてエラーを起こした脆いマシンかのようだ。
 しかし今ここで最適な返答ならば、すらすらと口から出て来た。
「はい。由利が不穏な動きをした時は、モノノベのリーダーとして、俺が彼を殺します」
 皆に信頼されている佐久良がそう告げたことで、ようやく押し掛けた人々を納得させ、帰すことが出来た。

 組織の責任ある立場として、誓うしか無かった。
 だが由利を殺そうとしたことは、自分が最も後悔していた行いの筈だ。
 なのにどうして。
 何かがおかしい。
 どこかで致命的な過ちを犯した気がしてならない。

「……ごめん、由利、俺は」
「何で謝るんや」
 由利は佐久良を見上げ、軽い調子で肩を小突いてきた。
「俺は暗君や弱卒に落ちるくらいなら、死んだ方が幸せや。
 佐久良はリーダーやねんから、俺が道を誤ったり役に立たんくなった時には容赦なく殺して、切り捨てなあかん。
 それが義務やねんから。
 気分の良えもんやないやろうけど、義務をちゃんと理解してくれとるんやろ? 
 あいつらに完璧な返事してくれて、ありがとう」

 細い腕が親しげに佐久良の背中を押し、共に屋内へ入るよう促してくる。
 言い知れぬ不安を感じながらも、佐久良は彼に従った。



 道場での一件が噂話としてネオ南都中に広まりきった頃、由利は眼帯を取って過ごせるようになっていた。

 詰所の中の間で、邪機の死骸を分解する由利の顔を見た佐久良は、ふと気付く。
 由利の左眼の色が、ほんの少し薄くなっていた。
 怪我のせいで色素が欠けたのだな、とぼんやり思う。
 同時に、佐久良は僅かな違和感を覚えた。
 由利を包み込む全体的な雰囲気に、微妙なずれがある気がしたのだ。
 事務仕事の手を止めて考えを巡らせた末、一つの可能性に到る。
「由利、じっとして足元に意識を集中させてみてくれ」
 佐久良の唐突な頼みに、夏目は首を傾げているが、当の由利は大人しく言われた通りにした。
 詰所に奇妙な沈黙が流れる。

「足元に溜まってるものを頭上まで引き上げるように……」
 導く佐久良に、何か言いたげなのは夏目だった。
 彼の言わんとしていることなら分かる――これはDomが地脈を読みグレアを放出する手順ではないか、Subである由利にやらせてどうする、と。

 次の瞬間には、由利の周囲に銀色の光が舞っていた。
 夏目は感嘆する。
「グレア……由利ってSwitchやったんか。
 よう気付いたな、佐久良」
「たまたま、何となく」
「そうか……最近は三善さんの所で良えご飯食べとるみたいやし、そのお陰で引っ込んでたダイナミクスが成長してきたんやろ。
 欲求が出る前に気付けて良かった。
 サプレッサー飲んでたらえらいことや」
「えらいこと? どうなるんやったっけ」
 夏目の言うことに、由利はいまいちぴんと来ていない。
 服のポケットから青緑色の錠剤が封入されたシートを取り出すと、夏目は由利に言い聞かせる。
「これがサプレッサー。
 新人類が本能を抑える為に呑む薬やけど、Switchがこれを飲んだら副作用で最悪死ぬ。
 由利を良う思わん者が飲ませようとしてくる可能性もあるから、絶対口にせえへんようにしっかり覚えとけ」
「おう」
 二人の会話に被さって、詰所の玄関でチャイムが鳴った。
 佐久良が出て行き、来訪者と対面する。

 扉の前に立っていたのは、佐久良とさほど歳が変わらないであろう、栗色の髪の女だった。
「あ、確か……栗栖さん」
 彼女の名はすぐに出て来た。
 見掛けたシチュエーションが二度とも印象的であったからだ。
 一度目は木登りしてはしゃぐ姿を遠目に見た。
 そして二度目は浄世講打倒の協力者を募って訪れた家で出会ったのだ。

「名前覚えててくれたん? 佐久良くん」
 栗栖が驚いているうちに、由利と夏目も玄関先に集まって来た。
 栗栖は一つ咳払いしてから、姿勢を正して話し出す。
「単刀直入に言うわ。めっちゃ稼げるって聞いたから、私もモノノベに入りたい! 
 腕なら結構立つから、足は引っ張らへんで」
 冗談のように素直な彼女の前で、今まで権謀術数の世界で生きてきた男三人は反応に困り硬直する。
 それを悪く取ったようで、栗栖は少ししょげた。
「ん~……やっぱUsualは入ったらあかん?」
「まさか。本当に単刀直入やったから少し面食らっただけ」
 夏目は苦笑した。
 何だ、といった感じで栗栖の表情から翳りは失せる。
「歓迎します、栗栖さん」
「狩りに出る前に数か月は鍛錬だけしてもらうで」
 佐久良と由利が言うと、栗栖は笑いながら詰所に飛び込んで来た。
「いえ~い! これからよろしく!」
「よ、よろしく」
 握られた手を振り回されながら、一人入っただけなのに十倍賑やかになりそうだ、と由利は思っていた。

 想像通り、栗栖が加わってからモノノベの雰囲気は明るくなった。
 Usualの女性という今までに居なかった存在が周囲の警戒心を解いたのか、道場には前より人が来るようになっていた。


 昼下がりの道場、夏目の握る袋竹刀と、栗栖の振るう木槍が激しく打ち合うのを見学しながら子ども達がはしゃいでいる。
 子ども達は大半が新人類であったがUsualも少なからず居て、特に諍いを起こしたり気まずそうにしたりすることもなく栗栖と夏目に声援を送り、時折顔を見合わせては語り合う。
 由利と佐久良もそこに紛れ、壁に凭れ掛かって稽古の様子を眺めていた。

「なあ、佐久良」
 ぼそっと声を掛けてから、由利は腰に差していた脇差を手に取って見せる。
「この脇差に付ける良え名前無いか? 
 自分で付けたいのは山々やけど、何せ学があらへんくて」
「名前付ける必要あるんか」
 佐久良が素朴な疑問を口にすると、由利はむくれて見せた。
「打刀には清けし雪村って最高の名前あるのに、脇差には無いなんて不憫やろ」
「雪村さんに訊いたらどうや」
「刀っちゅうのは使い手の人生と共に伝説作るんや。
 最初にして最強の主として、俺達がこいつの伝説に相応しい名前を付けたらんと」
 俺達、などと言って由利はまた勝手に佐久良を巻き込んでくる。
 信用されている証かと考えて諦め、由利の横暴に今日も付き合ってやる。
「ハネカヅラ、は」
「お、良え名前。意味は?」
「分からん」
「え」
 変な名前付けるなよ、とでも言いたげに由利は脇差を握る手を引っ込めた。
 言葉が足りなかったな、と思いつつ佐久良は続ける。
「二井市場からちょっと西に、子守遺跡があるやろ。
 そこに石碑があって、ハネカヅラ云々って刻まれとるんや」
「へえ。せやったら悪い言葉ではなさそうやな」
 由利は慈しむようにハネカヅラを見つめてから腰に差し、ふいと佐久良を見上げてきた。
「佐久良に頼んで正解やったわ」
 色のちぐはぐな双眸が、真っ直ぐに佐久良の涅色の瞳とかち合う。

 佐久良も口を開きかけた瞬間、夏目が五本を先取して、道場の中央で行われていた大立ち回りが終わった。
 由利は大小の刀を模した袋竹刀を両手に握り締めると、子ども達の輪から飛び出して行く。
「佐久良、二刀流で勝負や!」
 宣戦布告と共に、道場は歓声で満ちる。

 初めて由利を見た子どもは皆、その苛烈な戦いぶりに恐れおののく。
 その後、彼の剣術指南の丁寧さと的確さを知ると安堵し、再び由利が大人同士で稽古をする時には、由利兄ちゃんの暴れぶりが見たいと心躍らせるようになっているのだ。
「由利兄ちゃん怖ぇ!」
「佐久良さん頑張ってな」
 冗談めかした声援に軽く頷いてから、佐久良も袋竹刀を二本手に取った。
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