【R-18】ディストピアの東 ~両片想いの電気武者はサブドロップを治したい~

二階堂まりい

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七章 Closet Network

四十七話※琥珀糖

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 格子窓の前で佐久良と常磐、入谷が並んで笑っている。
 三階の自室でフォルダに収めた写真を眺めながら、佐久良はネオ南都の歴史に想いを馳せていた。
 
 このフォルダには、塔院と氷室それぞれの先祖の写真も数枚入っている。
 最も古いものは『学校』なるものの敷地で撮影されており、ロトスが世界を統べる以前の生活を窺わせる。
 派手な形のレジスタンスの隣に、辛うじて人型を保つ赤土色の肉塊が座っている――この奇妙な写真は、まだロトスの内と外での交流が許されていた折に撮られた。

 ロトスに入った人間は皆、割り当てられた労働に最適な姿にバイオテクノロジーで改造されたのだ。
 栄養は腹部にカートリッジを挿して摂取し、会話は集合精神の下においては不要。
 そのため発声や消化に関する器官が退化しており、顔には口が無い。
 レジスタンスとは筆談をしているようで、肉塊の手元にはタブレットが見える。
 その腕もだらりと長く、一本の腕から幾つもの掌が垂れ下がっているという異様な形だ。
 このレジスタンスも、ロトスへ入った者も、佐久良と血の繋がりがあるらしい。

 集合精神に繋がれる際、個々の経験や記憶は脳の容量を無駄に占める滓として消去された。
 そのためロトスの人々はさすらいの地に残してきた親類縁者や友人のことを覚えてはいない。
 肉塊に成り果て、記憶を奪われても、生きていてくれる。
 それだけでも嬉しくて、面会者は後を絶たなかった。

 その次の写真では沈んだ面持ちのレジスタンスの側に、先程とは全く異なる、腕が短く頭でっかちな肉塊がちょこんと座っている。
 腕の長い肉塊――佐久良と血の繋がった彼は、改造を繰り返した細胞に衰弱が見られたため、分子レベルに砕かれて栄養カートリッジの材料になった。さすらいの地の住人なら、彼の命は何の断りも無く奪われたのだと憤る。
 しかしロトスに住まう者達にそのような認識は無い。
 集合精神に接続されているのならば器は違っても中身は同一だと判断し、無関係の肉塊を面会の場に寄越したのだ。

 レジスタンスが、まだ反乱を起こしていなかったAIやロボットと共に写ったものもある。
 彼が纏っているものはエレクトロウェアではなく、AIに接続されたサイバーウェアだ。
 この時代は衣服も家具も何もかもAIに繋がっていた。
 わざわざ健康だった肉体を捥ぎ取り、義肢や義眼としてサイバーウェアを身に着けることも珍しくなかったという。
 そのためAI反乱の際には、AI搭載の車や工業用機械が暴走するだけでなく、四肢や五感を乗っ取られた人間までもがAIの意のままに操られて周囲を襲い、ネオ南都だけでも数百人の死者が出た。


 約束の時間になったので、黒地に紫煙を染め抜いた着物の衿を整えてから、佐久良は二階へ下りて行く。
 元は常磐と入谷の部屋であったが、二人の持ち物を別室に片付けてモノノベのメンバーの為の仮眠室として使っている和室には、既に由利が居た。
 窓辺の籐椅子に掛けて、往来を行く人々を眺めている。
 タンクトップと袴状のズボンの上に昭和丈の羽織という姿の輪郭を、白い光が縁取って暈す。
 佐久良の存在に気付くと、気まずそうに眉根を掻きながら振り向いた。
「おう、時間やな」

 完璧な場所や時代など、この世に有りはしない。
 しかし佐久良は両親の願った通り、苦界で綺麗なものを見付けた。
 星よりも眩く生きる、一人の男を。
 それを抱き締めることは、佐久良には許されない。

「始めるで」
 ごく事務的に、由利の手を引く。
 オーオンの言う通り、自分はロボットのような人間だ。
 流されるようにして、由利を殺すと衆目の中で誓った。
 死のうという意志さえ貫けず、生きることさえ由利に導かれてずるずると続けている。

 運命に任せて諦め続けることには慣れている。
 由利への想いも諦めれば済む話だ。

「縛るけど、大丈夫か」
 幽閉されていた過去を気遣って訊いたが、由利はあっさりと頷いた。
「全く平気や」
「やったら良かった」
 緊縛が出来るならばプレイの幅は広がる。

 和室の廊下に面した辺は長く、襖を端に寄せれば、欄間と敷居を繋ぐ柱がぽつんと残される。
 そこまで由利を連れて来ると、最初のコマンドを発した。
「Strip(脱げ)。下着以外脱ごか」
「はい……」
 由利の肌の大部分が、佐久良の目前に晒される。
 廊下を挟んだ向こう側にある、中庭の吹き抜けへ通じる色とりどりの硝子障子の影が、半裸の肉叢を彩る。

「柱を、Hold(抱えろ)」
 命じられるまま、由利は柱に腕を回す。
 両の手首から前腕の半ばまでを、由利の髪に似た赤い縄を使い、梯子縛りで一纏めにしていく。
 鮮やかな手付きに、由利は素直に感心の声を上げた。
「凄いな。前からこんな特技隠し持ってたんか?」
「いや、数日で練習した。
 やから絵で見たように綺麗ではない」

 余った縄尻は、柱にぐるぐると結わえ付けておく。
 絵では最終的に縄尻も人体を縛るのに上手く組み込まれていたが、そこまでの技術は佐久良には無い。
「俄仕込みで悪いな、不安やろ」
「俺が? まさか」
 不安だろう、などと由利に言ったところで否定されるのは目に見えていた。
「何かあれば速疾で縄を切る。
 安全面は心配するな」
「おう」
 言葉は多くないが会話を交わしながら、佐久良は由利の脚をも同様に拘束していく。
 
 太腿まで縛り上げられて身動きが取れなくなる頃には、由利から余裕は消え失せていた。
 乗馬鞭で由利の顎をなぞりながら、佐久良は囁く。
「どこを打って欲しい? Say(言え)」
「背中」
 答えた由利の上唇をチップで押し上げ、佐久良は声を低めて問い掛けた。
「わざとか? 
 御主人様を怒らせて、罰を与える手間を増やしてでも痛めつけてほしい? 
 御主人様をコントロールするような奴隷、要らんねんけど」
 軽くグレアを放つと、由利は必死で頭を振った。
「違っ……わざとやないです! 背中、です!」
「よし」
 グレアを止めてやりながら、佐久良は軽く目を伏せる。

 グレアに曝露すれば否応なく不安を覚えるのがSubだ。
 信頼するDomのグレアは、番が解消されるのではという不安をSubに与えるが、信頼関係が無いDomのグレアは漠然とした負の感情の攪拌にしかならない。
 オーオンからの攻撃がまさにそれだった。 
 そして佐久良のグレアもまた、きっと。

 必死で釈明する由利は、決して佐久良個人を求めて縋っている訳ではない。
 勘違いして踏み越えてはならないラインが、二人の間にはある。
 
「ほんまに背中だけで良いか? 
 もっとあるんちゃう、叩かれて真っ赤になったら恥ずかしい所……ほら、Say(言え)」
 感傷を振り払い、更に由利へ問い掛ける。

 由利は目線をばっちり合わせてくれないままではあるが、懸命に答えを寄越した。
「脚と、尻、お願いします」
「Goodboy(良い子)」
 佐久良が頭を撫でてやると、由利はうっとりと目を細めた。
 それも束の間、無心で振るわれた鞭に背を叩かれ、由利はくぐもった声を漏らす。

 佐久良の優雅な所作が起こす密やかな衣擦れ、そこから繰り出される鋭い鞭。
 痛々しく鳴る肌、身動ぎする度に軋む梯子縛り。
 どれもSubの理性を溶かすには十分な要素だ。

 柱にしがみついて責め苦に耐えている由利の髪を、佐久良の左手が鷲掴み、後ろへと引っ張る。
「物に縋るな。物以下の存在のくせに」
「はひぇっ……!?」
 喉を反らされた由利は、口を閉じていることが出来ず、間の抜けた声を上げた。
 髪を掴まれたまま何度かきつく叩かれているうちに、由利は更に情けなく呻き、スペースを起こした。

 空気を求め、薄い胸が忙しなく動く。
 由利の五体は漏れなく佐久良によって非日常的な状況下にあった。
 その不自然さ――佐久良に手を加えられているという事実が心地良い。

「気持ち良かったか」
 スペースが収まってきた頃合いを見計らって、佐久良が訊ねた。
 唇の端から唾液を零しながら、由利は弱々しく鸚鵡返しする。
「はい、気持ち良かったです……」
「やったら、もっと叩いたる」
「え」
 由利の顔が驚愕に引き攣るのも構わず、佐久良は由利の手にアンティーク調の枠が付いた砂時計を握らせた。
「砂が落ちきるまでスペースに入ったらあかんで。
 入ったらお仕置きするから」
「な、何でですか?」
「何で、とは」
「スペースに入る為にプレイすんのに、何で我慢せなあかんのかなって」
 それもそうだ、と佐久良は悩む。
 読んだ本に、絶頂してはならないと命じてから責め立てる場面があったので真似てはみたが、意義はよく分からない。

 しかしここで引き下がってはDomとしての威厳が損なわれ、プレイの雰囲気も崩れる。
 堂々と演じきらなくてはならない。
「由利が無様でおもろいから」
 必死で捻り出したのは、自分が言われれば腹立たしいであろう台詞だった。

 すると由利は顔を赤らめて俯いた。
 Subの生態には、これが最適解だったらしい。
 由利本人でさえ、ぞくぞくとする身体に驚いている。
 予想外の反応を受けて佐久良は無言で数回瞬くが、すぐに気を取り直すと、妖艶に火照った身体を再び打ち据える。
 全身に伸し掛かり続けるスペースの余韻と新たに与えられる痛みに、由利は身を捩って耐え忍ぶ。

「――砂が落ちきるまでとは言わずに、もっと虐められてたい? 
 それともお仕置きされたいんかな」
 佐久良に指摘されてみれば、前後不覚に陥った由利は、砂時計を横倒しの状態で握り締めていた。
「あ、違、違いますっ」
 由利が舌を縺れさせている間に、佐久良の手が由利の胴を柱に押し付けた。
 腹部を圧迫されながら、挟撃とでも言うべき勢いで背には鞭が襲い来る。
 柱に頭を凭れさせて浅く息をする由利の目は、正気を奪われて虚空を彷徨う。

 震える手から砂時計を取り上げてから、佐久良は鞭を軽く弄んで撓らせた。
「ほら、やっぱり無様でおもろかった」
 嘲りながら、由利がトランス状態にある間に手際良く縄を解いていく。
 そしてタンクトップと羽織を着せてやると、窓辺まで連れて行った。
「ここにStay(留まれ)、出来るな?」
「はい」
 まだ意識のふわふわしている由利をその場に留め、佐久良は机の下から何冊か本を取り出す。
 由利に前腕が床と水平になるよう背中側で腕を組ませ、それを棚に見立ててどんどん本を乗せていく。
「辞書はさすがに重いから、本棚壊してまうかも……」
 本棚、と呼ばれたことで由利は自分の置かれた状況を察したようだった。
 コーナータイムとして放置された挙句、家具扱いされて細腕に重みを掛けられているのだ。

「ほな、ここに挟んどくか」
 佐久良は辞書を、由利の太腿に挟ませた。
 そして自身は籐椅子にゆったりと座り、由利の尻を人差し指でなぞりながら本を選ぶ。
「これは椅子の中に入って、恋慕う女の身体を家具として支え続けた男の話。
 これは、踊り子が好いた男に殺されかけて逃げ出すけど、変態性が伝染ってしもて犯人そっくりの男の命を欲しがる物語」
 独り言のように、しかし由利に立場を分からせるように呟く。

 皮下を走るSub神経全体が燻っては燃えを繰り返し、由利は立っていられるかも怪しい。 

 佐久良は『本棚』から一冊の文芸誌を手に取ると、猥りがわしい短篇をつらつらと朗読する。
 芸術一筋に生きてきた青年が遊女に嵌り、彼女の世辞を真に受けて旅の間『恋人』以外に肌を許さないと誓う。
 旅先での誘惑を跳ね除ける青年の美しくも滑稽な様が、あけすけなまでの言葉で綴られている。
 検閲によって生まれた空白には、佐久良が即興で淫猥な言葉を差し込んだ。

 自分の置かれた状況はこの青年より酷い、と由利は思う。
 彼は女と触れ合って意思疎通しているが、由利は佐久良に物以下と吐き捨てられて居ないかのように扱われているのだから。

 無視されればされる程、Subとしての本能は満たされ、由利の中で肥大していく。

 遊女と再会した青年が興奮のあまり閨で命を失うラストシーンを読み上げた時、とうとう由利の脚から力が抜け、太腿に挟んでいた辞書が両親指へ垂直落下した。
「いっでぇ!」
 Domによる支配と関係の無い苦痛を、Subの身体は快楽に変えてはくれない。
 体勢が崩れて、背中側で支えていた本も次々に落下していく。

「由利兄ちゃん!? 大丈夫!?」
 たまたま詰所の前を通り掛かっていた、道場によく来てくれる少年が、大声に驚いてこちらを見上げていた。
「おう。片付け手伝っとって、ちょっとへましただけ」
 適当に誤魔化して少年を見送ってから、由利はぎこちなく振り向いた。
「まあ十分お仕置きにはなったやろ。
 頑張ったな」
 佐久良は自身の太腿の上に由利を座らせる。
 遠慮がちに重心をずらしている腰を引き寄せて、由利の全体重を受け止めると、赤い髪を撫でてやる。
 鷲掴みにしたせいで縺れた箇所も丁寧に梳かす。

加虐行為が激しく長かったぶん、アフターケアで得られる充足感も強いらしい。
 由利はうっとりした表情で、佐久良の掌に頭を擦り付けながら、うっすらと唇を開くと譫言を呟く。
「夢……みたいや……」
 それを至近距離で聞いてしまった佐久良は再び凍り付いていた筈の胸の内を掻き乱される。
 そのうち意識が浮上してきた由利は、佐久良の混乱など知らず、打って変わって明瞭な声を発した。
「だいぶ気合入れてやってくれたな。
 ドロップ治りそうな気してきたわ」
 無表情の中にも少し喜色を滲ませ、由利はさっと立ち上がる。

 佐久良も籐椅子から腰を上げた。着物の裾から、すっと温もりが逃げていく。
「もう少しアフターケアしとこう。待っとって」
 一階の料理房へ、冷蔵庫で冷やしておいた菓子を取りに行く。
 白と桜色のグラデーションの、琥珀糖だ。

 琥珀糖を盛り付けたカクテルグラスを片手に二階へ戻ると、服を着直して畳に正座する由利の姿が見えた。
 眉根を寄せ、懸命に地脈を読んでいる――しかしグレアの光は現れない。
 更には顔色が青白くなっている。

 佐久良が来ていることに気付くと、由利は地脈を読むのを止めて頭を振った。
「悪い、やっぱまだ無理やわ」
「構へん。まだオーオンに動きは無いから」
「うー……腕が鈍るでほんま」
 不満たらたらといった感じの由利の腕を引いて椅子に座らせ、自身も机を挟んで向かい側に掛ける。

「口、開けて」
 言われるがままに開かれた由利の腔内に、宝石のような甘味を放り込む。
 糖分が暗澹たる脳髄に染み渡ると、由利の表情から険が薄れていった。
「美味い」
「そうか」
 佐久良が料理上手というのはモノノベのメンバー間では周知の事実なので、由利は今更驚かない。
 ただ、飲み込むなり口を開いてもっとくれとせがんでくるのが何よりも雄弁な感想であった。

小気味良い音を立てて琥珀糖を次々に噛み砕き、とうとうグラスの中を空にした由利の頬をそっと撫でる。
 同時に佐久良は、ずっと考えていたことを切り出した。
「由利が一番よう痛感しとる思うけど、ドロップが良うなる兆候は見えへん。
 今日はかなりきつめのプレイと、念入りなアフターケアをしたが、それでもや。
 この重いドロップを治すのには、もはや……」
「契約か」
 今度も由利は、佐久良の負担を軽くしようと、最も言いにくいことをさらりと言ってのけてしまう。
 佐久良は頷くことしか出来なかった。
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