【R-18】ディストピアの東 ~両片想いの電気武者はサブドロップを治したい~

二階堂まりい

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九章 Technological Singularity

六十七話 タイムリミット

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「まずい!」
 由利は身を翻すと、本丸へ続く扉を急いで開いた。
 佐久良と夏目を連れ、説明する間も無く本丸へ転がり込む。
 ほぼ同時に爆発が起き、通路は崩壊した。
 邪機の壁が爆風や火炎を防いだために、先程まで由利が立っていた地点は、吹き飛んだ破片が方々に突き刺さるという、バリアでも防御可能なレベルの被害で済んだが、それがかえって三人を恐れさせた。

「こう来たか……!」
 砦の破壊に爆発物が有効であることは分かっていた。
 ただ、オーオンが由利の生け捕りを目的としている以上、その手の兵器を使ってはこないだろうと思っていたのだ。

 出丸の方では、ロボットが銃を構える目的で開けた盾の僅かな隙間を狙い、相馬がレーザーを命中させていた。
 破壊出来たのはたった一体、それもコアではなくカメラアイだが、防御に穴を穿つには十分だった。
 相馬と栗栖はその一点に向かって走り出し、バリアを纏った体当たりで盾の壁を突破する。
 しかしマルセルが通路に爆弾を投げ込むのを止めるには、間に合わなかった。
 再び辺りを藤色の光が包む。
「ああ、くそ……!」
 相馬が乱射した銃は尽く空振りし、栗栖も立っていることさえままならない。

 本丸に逃げ込み、マルセルを迎え撃つ体勢を整えようとしていた由利達も、グレアの光に曝露する。
「由利、Stop」
 ただでさえ酷く震えていた由利は、コマンドを下されて動けなくなってしまう。
 佐久良は由利の手を握り、もう片手の手で頭を撫でてやるが、コマンドの強力さがアフターケアを上回っている。
 そのうち悪化した由利のドロップが流れ込み、佐久良の膝も震え出す。

 夏目はグレアを使いかけたが、すぐに考えを変え、二人を庇って立つとバリアを張ることに専念した。
 本当ならばグレアをぶつけて、由利達を苦しめる藤色の光を弱めてやりたかった。
 しかしグレアのぶつけ合いで負けたDomのDom神経はぼろぼろになるのだ。
 悔しいがオーオンのグレアは強すぎる。
 一時の感情に任せて勝ち目の無い足掻きをし、グレアという切り札を早々に失うのは、得策ではない。
 そう判断し、ぐっと堪えた。

本丸にマルセルの触手が一気に流れ込んできた。
 栗栖が触手の大半を無力化したとはいえ、元の数が膨大だ。
マルセルとオーオンを足止めしている間に栗栖と相馬、或いはRWSを操作する三善や愛洲が奴らを破壊してくれると信じ、三人は必死で張り巡らせた三重のバリアの中に閉じ籠る。
 しかし肝心のバリアが呆気なく割られ、由利は触手の束に攫われた。
 胴を締め上げられ、由利はがくりと気を失う。

「やった……手に入ったわ、我がデータ!」
 オーオンは高笑いしながら、由利を揚々と触手で掲げるマルセルを駆って鎮守の森へ帰って行く。
 残る人間共に用は無いとばかりに、他のロボット達も森へ去って行った。

 同時に佐久良達はグレアの縛めから解かれた。
 悲しむ間も無く、佐久良は出丸に飛び移るとスロープを道へと下ろす。
「追う! まずは詰所に戻って、鹿島さんにオーオンの出現箇所を訊ねる!」
 夏目、栗栖、相馬も続き、マリシテンに跨った四人は詰所へと走った。
 
 詰所に戻ると、RWSの映像から戦場の様子を把握出来ていた射手の三善と愛洲、電力や無線などの周辺機器を管理してくれていた雪村が、救護箱を手に待機していた。
 これから作戦は攻撃の為の陣地防御から、敵地への突撃に変わる。

 中庭へ走って行った佐久良は鹿島と少し話すと、すぐに土間へ戻って来た。
「邪機の軍勢が一つ、鶯山の方へ向かっとる。
 由利を連れて移動しとるオーオン達の筈や」
 決戦の地は、ネオ南都の東に聳える約三百メートルの『鶯山』となった。
 三層の斜面で構成されるなだらかな山だが、鎮守の森の一部を成す危険地帯だ。
 二層目までは短い野芝で覆われているだけの禿山で、観光地であった大昔とさほど変わらぬ眺めを残しているが、三層目は約二百年の時を掛けて深い木々に覆われていった。
 特に灯籠遺跡から邪機が持って来て植えたという藤は驚異的な繁殖力を見せ付けており、丁度今頃花を咲かせている。

 四人は再びマリシテンに跨る。
 救護班として途中まで同行する三善達も自機の電源を入れていた。
 詰所の前はモノノベの戦況を見守る人々で騒然としていたが、それらに構っている暇など無く、佐久良は先頭を切って発進する。

 鶯山に登るならば、AIが反乱を起こすまでは使われていたドライブウェイが最もましなルートだ。
 安良池街道を北上し、巨像遺跡の境内を突っ切れば、ドライブウェイの入り口だ。


 予定通り巨像遺跡までやって来たところで、異様な人集りと機械を目にした。
 通路を塞がれているため、佐久良達は必然的にバイクを停めることとなる。
 遺跡の建造物を鏡のように反射させている大きな池のほとりに、大型のバッテリーと黒々とした大砲付戦車のような物が鎮座しているのだ。
「平蜘蛛……!」
 夏目と雪村が叫んだのは殆ど同時だった。
「それって浄世講が製造しとったレールガンのことやんな? 何でここに!?」
「小路が死んだ後、私も立ち会うて全部解体した筈やのに……」
 栗栖と三善が口々に疑問を発すると、人集りの中から長身の男が抜け出てきた。
 長い黒髪に黒いロングコート。
 佐久良が知る限り十年は変わっていない黒尽くめのスタイル――荷方久遠だ。
「組み上がってもない物を解体なんて出来ませんやろ、田中三善さん」
 久遠に言われ、三善は舌打ち一つしてから笑って見せた。
「そら頓知やなあ。
 ほな、どいてもらおか坊ちゃん」
「その必要はあらへん。
 鶯山に居るオーオンと率川由利は、この平蜘蛛で私が塵にする」
 確かに平蜘蛛の射程と威力ならば、巨像遺跡からでも鶯山の山頂を抉り取ることが出来るだろう。

 久遠の発言に周囲はどよめく。
 ただ、一切驚きも喜びもせず、久遠同様に平静を保っている者も居た。
 彼らは久遠の協力者なのだろう。
 恐らく、詰所の前の野次馬の中にも協力者は居たのだ。
 そいつがモノノベの会話を盗み聞いて連絡したから、由利が鶯山に連れて行かれたと久遠が知っていたのだ。

「荷方久遠がでかいバッテリーを台車に運んでるのを北町じゅうの人達が目撃してん。
 タイミング的にも何か怪しいから尾行してみたら、ここに着いて……十人くらいの集団と合流した思たら、密閉された容器を池から引き揚げて、中に入っとった部品を組み立て始めてん。
 それがレールガンになって……まさかこんなつもりとは」
 林がさりげなく佐久良の元にやって来て、見てきた経緯を説明してくれた。
 その間にも集まった人々は久遠を詰ったり、久遠に同調したりしている。

「まだ由利さんを疑っとるんか? 
 もう浄世講の崩壊から五年やぞ? 
 由利さんが堅気で佐久良さんになんぼ信頼されとるか、もう分かっとるやろ!」
 顔の右側に入れ墨のある男が、久遠に食って掛かる。
「その佐久良が信頼に値するって保証はどこにあんねん! 
 こないだの暴走事件、知っとるやろ」
 久遠を取り巻く者が、それに反論した。

「勝ち目の無い戦いに身を投じてまで助けてやる価値が、由利にあるか? 
 ドロップに陥って、強さっちゅう唯一の取り柄を失った由利を? 
 お前らが由利と心中するのは勝手やが、その場合由利の戦闘経験を学習して強くなったAIは何の罪も無いネオ南都の人々を殺しに来よる」
 久遠も佐久良に問うてきた。
 それは、由利がサプレッサーを飲もうとした時に言ったことと全く同じ理屈であった。

 夏目が佐久良の前に進み出ると、久遠に凄む。
「お前の浅い考えなんぞ、大体想像は付く。
 新人類やった弟が両親に殺されるのを黙って見てた自分を許せへんかった? 
 贖罪の機会をくれた小路に殉じることも出来ひんかった自分が今も憎い? 
 やからって由利を巻き込むなやド腐れ。そんなもん復讐にさえなってへんぞ!」
「……一時間や」
 ずっと沈黙していた佐久良が、やっと口を開いた。
「今から一時間経っても三善さんの無線に由利の声で通信が入らへんかったら、平蜘蛛を撃ってくれて良い」
「佐久良さん!?」
 相馬が止めようとしたが、佐久良はそれきり黙り込んでバイクの電源を再び入れた。

「よし、約束する」
 久遠が合図すると、道を塞いでいた彼の協力者達が、さっと道端に寄った。
 小路の仇討ちに燃える久遠に問答無用で平蜘蛛を撃たれるよりは、由利の命は繋がったかもしれない。
 佐久良の決断はモノノベのリーダーとしては正しいが、人としては狂っている。
 久遠に浪費させられた時間を取り戻すかのように、佐久良達四人はマリシテンを飛ばした。

 三善と愛洲、雪村はその場に待機することとなる。
「しかし、えらいもん引っ張り出してきよったなあ。あんた近いうちに邪機に殺されるで」
 そう言って三善は久遠に笑い掛けた。
 久遠は嫌がらせじみた戯言だと思って無視したが、三善は構わず話し続ける。
「町を機械で光らせとるだけで私らが無事に居れるのは、邪機が中距離以下の攻撃手段しか持ってへんからや。
 WSOが戦いをAIに教えへんかったお陰で、長距離をカバーする武器を持ってへんねん。
 それがレールガンなんて見付けてしもたら、どないなると思う。
 奪いに来るに決まっとるやろ」

「確かに……それで発電所を攻撃されでもしたら、ネオ南都が滅ぶかも」
 隣で愛洲がぼそりと呟く。
「せいぜい背後には気い付けや。
 この巨像遺跡かて、比較的安全とはいえ十分に邪機の行動圏内やねんから」
 三善はけらけらと笑う。
 僅かに眉を寄せて、久遠は時計に視線を落とした。
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