人魚姫の王子

おりのめぐむ

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名画からの伝言

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 午後からは芸術科目の美術の授業だ。
 落ちこぼれのEクラスは割と芸術分野に力を入れているため未だにこんな授業がある。
 先週は選択科目決めで潰れたため、今日から本格的に始まった訳だが、俺はいつぞや訪れた芸術棟に向かった。
 行き慣れた2階の美術室に入ると扉近くの席に適当に腰掛ける。
 本鈴が鳴り、ひょろっと背が高い美術教師のババアが入ってきた。

「今日は3年生初めての授業ね。手始めに鉛筆デッサンから復習ね。じゃぁ、適当に2人一組となって互いの顔を描き合って始めて……」

 ババアは甲高い声を張り上げながら両手をパンパンと叩いた。
 それを合図に皆、ガタガタと席を移動し、それぞれペアを組む。
 で、当たり前のように俺一人が残された。

「あらぁ? おかしいわねぇ。定員はちょうど偶数のはずなのに」

 あぶれた俺に気づきババアは首をかしげる。
 その時、慌てた様子でガラガラと大きな音をたて女が入ってきた。
 今日、俺が原因で欠席したと思っていた橋本だ。

「あっ、あ……、あのぅ……。すっ、すみません……」

 相変わらずどもった感じでババアに謝る。

「あらやだ、橋本さんだったのね。そう、今までかかってたのね、お疲れ様。ちょうど良かったわ。橘川くんとペア組んで鉛筆デッサン始めて」

 遅刻の理由を知っているかのようなババアと顔見知りらしい橋本は言われた通りセッティングし始める。
 俺と向き合う形で座り、準備が出来るや否や黙々と描き始めた。
 教室内はシンとし、ただ鉛筆を走らせる音だけが響き渡る。
 欠席と思っていた目の前の人物が居ることが訳の分からないまま俺も鉛筆を動かし始めた。
 デッサンを始めて30分は過ぎた頃、ババアが巡回してきた。

「さすが相変わらず上手いわねぇ~」

 ため息交じりの声を挙げ、ババアは橋本のスケッチブックを魅入ってる様子だ。
 橋本はそんなことに動じず、時折ちらちらと俺を見、黙々と描き続ける。

「あなたも少しずつ上達してるみたいねぇ」

 いつの間にか俺の背後に来ていたババアが声を掛けてきた。

「うっ、うるせえな。どっかいけよ」

 ハイハイとババアは教室の前の方に移動した。

「それじゃあ、ちょっと休憩にしましょうね」

 パンパンと両手で叩き、合図を送ると教室内の空気が緩む。
 橋本が教室から出ていき、空いた椅子には伏せて置かれたスケッチブック。
 ババアの言葉が気になってた俺はこっそり覗くことにした。
 そっと描かれた方に向き直して広げてみる。

 うそだろ? ……す、すげぇ、コイツ。
 ババアが上手いと感心するレベルの問題じゃねぇ!!
 そこに描かれた人物は実にリアルな俺、だった。
 鉛筆デッサンでそこまで描くかという様な緻密さ。
 これ以上、描き込めないだろうという完成度。
 まだ1時間も経ってないというのに終えたように見える。
 ただただすげぇと驚き、立ち尽くしていた。
 教室に戻ってきた橋本は立っていた俺に気づき、慌ててスケッチブックを伏せた。
 何か言いかけようとしたら休憩終了のパンパンと手を叩く音が響いてきた。

「はい、今日はここまで。お疲れさまぁ。スケッチブックは前に提出してから帰ってね」

 ババアの声で美術の授業は終了。
 続々と美術室を出て行く中、俺は手を洗う橋本の姿を見つけた。

「お前、すげぇな」

 思わず声がでる。
 驚いたのか橋本はゆっくりと振り返った。

「あんな絵描くヤツ、初めて見た」

「……ぇ、そ、そんな」

 照れてるのか怖がってるのか相変わらずおどおどした様子。
 絵を描いてる最中はそんな素振りすらなかったのに。
 締めそびれた蛇口からはちょろちょろと水が出ていて排水溝に向かって流れた。
 水の音だけが響く雰囲気が堪らなくなりきゅっと蛇口を締める。

「あの絵、なんだか俺が俺じゃねぇみたいだった」

 それだけ言うと教室から出ようとした時、

「あのぅ」

 絞り出す声が背中越しに聞こえた。
 振り返ると顔を紅潮させ、ぎゅっと両手を握り締めた姿で構えた橋本がいた。

「……き、昨日のお話、で、す、けどぉ……」

 意を決したかのように俺に向かって話し始めた。
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