人魚姫の王子

おりのめぐむ

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空に近い招待状

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 ようやく待ち侘びた当日。
 週末は休みで教室棟は鍵がかかっているはず。
 不審に思いながらも靴箱のある下足室へ向かう。

「あっ!」

 すぐに遠目からでも分かった。
 ガラス戸をもたれかかりながら玄関前にいる知夏の姿!!
 俺はいつの間にか走り出していた。
 早くその場に近づくために。

「久し振り」

 俺の姿に気づいた知夏はにこりと笑う。
 知夏はまだ呼吸の整わない俺にゆっくりと近づき、

「……残念ながら教室は閉まってるけどね」

 ちらりと下足室を振り返りながら残念そうに呟く。

「だけどね……」

 後ろに隠していた弁当袋を俺の目の前にひらひらとさせて、

「今日は特別に秘密の場所を案内して進ぜよう……!」

 言うや否やくるりと踵を返した。

「……お、おい」

 すたすたと歩き出す知夏に戸惑いつつも後を追う。
 久々に会っても相変わらずの行動に苦笑い。
 やっぱりコイツ、変な女だと。 


 案内役をかって出たとばかりにどんどん進む知夏に着いて行くと、何故か芸術棟に向かっていた。
 棟内に入るとつかつかと階段を昇り始める。
 3階まで来るとふぅ~と一息つき、さらに昇った。
 それ以上進むと屋上へと突き当たってしまう。
 生徒が出入りできないよう施錠され、立ち入り禁止の場所となっている。
 それでも階段を上り、屋上へと繋がるドアの前に立ち、ポケットから鍵を取り出した。
 鍵を回すと当たり前のようにドアを開け、屋上のアスファルトが見えた。

「ふふっ、ここよ」

 得意顔の知夏はドアを支えながらどうぞと促す。
 驚きながらも屋上に足を踏み入れる。
 手すり越しに広がる青空と風が心地いい。

「この場所はね、私の特権なんだ」

 ドアを閉めながらぺロッと舌を出しながら笑った。

「はっ、何でだ?」

 不思議に思った。通常屋上は鍵がかかって入れない。
 昇れないように締め切って鍵の管理もしっかりしていた。
 知夏はどこからか持ってきたダンボールを日陰に敷いて座る場所を確保していた。

「ふふっ、コーラス部の副部長だからね」

 よいしょと腰掛け、そこに弁当を広げた。

「ここはね、コーラス部の発声練習場なの。音楽室は吹奏楽部が使っちゃってるし、第2教室じゃ狭すぎてね。で、特別に屋上を使わせてもらってるの。その代わり管理面はしっかりしてないといけなくてその任務が副部長の私。部活が終わったら返す役目を担ってて所有しているって訳」

 俺は聞きながら知夏の隣に移動して座る。

「でもね、時々返却するのを遅らせてこうやって利用させてもらってるんだ」

 そう言いながらお茶を差し出す。

「ほら、この間、橘川くん。コーラス部に来たでしょ?」

 受け取りながら春休みのことを思い出し、軽く頷く。

「あの日ね、部室に橘川くんが来たってすごく話題なってたの。それを聞いて慌てて学校中探したけど、見つけられなくて」

「お前、あの日いたのか?」

「もちろん、午前中に部活があったから朝からね。それで教室棟が閉まってたから何気に顧問に聞いたら補講が終わったからって。だからもう来ないだろうって思ってた。いつもお昼は1人で抜けてたからその日だけみんなと食べるのも変だと思って、ここでこっそり食べてたんだ……。一人で」

 一息つくと今度はおにぎりを差し出した。

「あの日以来、中途半端に途切れてすごく気になってたんだ。新学期が始まってから忙しくなっちゃってなかなか顔出せなくてね。昼休みだけでもと思って訪ねてたんだけどいつもいなくて」

 おにぎりをパクつきながら知夏はチラッと俺を見た。

「……」

 何も言えない俺にくすっと笑う。

「このままじゃやばいなぁ~って思って、橋本さんに伝言を託したの」

「橋本と知り合いなのか?」

「ええ、彼女、美術部の副部長なの。すごく絵が上手なの、知ってる?」

「ああ」

「多分、学校一っていってもいいくらい。けど、口下手だから部長は無理。で、私と同じ副部長やってるの。それで知り合い。この間の水曜日に新入生歓迎レセプションで部活紹介でゆっくり会えたし、いろいろ聞いちゃった。その時に頼んだの。だけど、彼女口下手だからいつ渡せるか分からないでしょ? それで曖昧なメッセージにしてたの。いつでもいいようにってね」

 俺はおにぎりを口に運んだ。数週間ぶりの味だ。

「無事に進級できておめでとう。……それを伝えたかったんだ」

 知夏は嬉しそうに言った。
 その言葉を聞いて嬉しい反面、何故か寂しい気がした。
 区切りがついて終わりを迎えるような、そんな感じだ。

「ああ」

 俺は曖昧にそれに答え、弁当をかき込んだ。
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