人魚姫の王子

おりのめぐむ

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違和感との戦い

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「キャ~~ァァ!!」

「止めてください!」

 悲鳴と制止する声が聞こえた時、刺される寸前だった。
 パジャマの胸囲左部分に少し切れ目が入り、すり傷程度の血が滲む。
 ……このまま一突きされていたら間違いなく死んでいただろう。
 すぐ知夏の母親は取り押さえられ、俺から引き離された。

「大丈夫ですか?」

 悲鳴を上げた看護師が血相を変えて俺の状態を診る。
 俺はぼんやりとしたままうつぶせたままの知夏しか視界になかった。
 知夏は俺の危険な状況の回避を確認したのか、ホッとした表情を見せ、そのまま気を失った。
 それから看護師2人から抱えられ、ベッドに戻されていた。
 俺は新たに被った傷の手当てを受けながらそんな光景をぼおっと見ていた。
 知夏に対しての違和感を抱きながらただ知夏を見ているだけだった。 


 やがて退院当日を迎えた。
 2日前の出来事からどんな風に過ごしたのかほとんど記憶がない。
 ベッドで横たわる知夏の姿を見ていたはずなのにいつの間にか病室に戻されていた。
 ただただぼんやりとしているうちに退院の日が来てしまっていた。
 幸い胸のかすり傷も腕の刃物傷も塞がりつつあり、入院の延期に支障がなかった。
 予定通りの退院だ。

「橘川さん、退院おめでとう」

 苦笑い気味の口うるさい看護師が複雑な口調で言う。
 それもそのはず、俺の場合は特殊。
 いろんなことが重なって回復どころか新たに怪我を増やしている始末だし。

「ああ」

 俺も退院だとすっきり気持ちが晴れる訳でもないから微妙。
 ただ本当に予定通りに退院しましょう的雰囲気が漂っていた。

「知夏の方は?」

「……ごめんなさい。聞けてないわ」

 あの騒ぎのせいもあって避けてる様子の看護師だ。

「そうか……」

 言葉で聞いてみたものの、知夏に対する違和感のせいかそんなに気にならなかった。
 むしろその違和感の正体を今はまだ知りたくないという気がした。

「また顔出すから」

 荷物をまとめると病室から出て行った。
 迎えのいない退院はあっさりしたもので看護師もそれじゃあねと手を振った。
 エレベータに乗り、一瞬、6階へのボタンに目を奪われる。
 だけど1階のボタンを押し、ドアを閉めた。
 もやもやとした気持ちが俺の中にあり、今知夏に近づくのが怖かった。


 久々の帰還となる家へと戻ってきた。

「ここでいいですかね?」

 運転手があと少しで家の前というところにタクシーを止める。

「ああ」

 不審に思いながらも生返事で答えた。
 バッグ片手に車から降りるとその答えが目の前にある。
 家の前に大きなトラックが止まっており、通れないからなんだと。
 よく見ると家の中から見慣れた家具が運び出されていた。
 慌てて近寄る。

「何やってんだよ!」

 その声に運び出していた男たちがビクッと立ち止まった。

「人ん家のモノ、何勝手に運んでんだよ!」

 二人掛かりで抱えていたソファーはリビングにあったものだ。
 何気にトラックの中を見るとリビングにあった家具で埋め尽くされていた。
 小さい頃からあったこれらは死んだ母親の趣味のアンティークものだった。

「オイ!」

 ソファーを抱えてある一人に凄んでいると、

「何やってるの、さっさと運び出してちょうだい」

 久々に聞いた嫌な声。
 一時停止の原因が俺だと気づくと、

「……あらぁ、弘樹くんじゃない。もう退院しちゃったの?」

 赤い唇が嫌味たらしくニッと笑う。

「どういうことだ?」

 相変わらず厚化粧で髪の短い女はソファーを運び出せと手で合図すると俺に近づいてきた。

「……全く金遣いの荒い息子と金払いの悪い父親を持つと大変ねぇ」

 頬に手を当てながら見下したように呟く。

「少しでもあなたがあたしの言うことを聞いてくれていたら悪いようにはしなかったのに、残念だわぁ。まあ、もともと他人だし、それが元に戻っただけだから関係ないけどねぇ」

 髪をかき上げながらクスリと笑うと、

「とりあえずこれは慰謝料代わりみたいなものね。まだまだ全然足りないんだけど~~」

 ちらりと家の方を振り返り、意味ありげに言った。

「終了しました」

 家具を運び終えた男らがアイツに向かって報告する。
 アイツもそう、と不敵の笑みを浮かべ、引き揚げるように指示した。

「それじゃあ弘樹くん、ごきげんよう。……もう2度と会うことはないと思うけどね」

 感情のこもらない冷たい言葉を残してその場を去っていった。
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