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負け犬の遠吠え
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いつもの夕刻。
病室では夕食を終え、いつものように俺はベッドと窓際の間に腰掛けていた。
最近は日の入りが早くなった夕日をバックに、知夏とのパソコン会話をゆったりと。
「弘樹!!」
その声は突然ドアの開閉と共に響き渡る。
声の発せられた方を見ると驚いたことに数ヶ月ぶりのヤツ。
その風貌は無精ひげを生やし、すごく痩せていてしわくちゃな服をまとっていた。
いつもの身なりをきちっとし、威圧的な父親とは打って変わっていた。
「……なっ?」
予想もしなかった姿と登場に驚く。
俺の姿を確認したヤツはところ構わない様子で、
「頼む、弘樹!! 婚約してくれ!」
その場に土下座し、懇願していた。
「頼むよ~~、弘樹~~」
あんなにプライドの高かったヤツが悲痛な声を漏らす。
目の前の存在が信じられなかった。
ただただ息を呑む、そういった感じだ。
「弘樹~~、弘樹ぃ」
声はか細く頼りなさ気で泣いてるようにも聞こえる。
そこにいるのは惨めで情けない捨て犬のようだ。
ついヤツに気を取られ、知夏のことを忘れていた。
気づけば知夏も悲しそうにヤツを見ていた。
「……おい、何言ってんだよ!」
コイツなんか、父親じゃない! と何度思ったことか。
ようやく我に返り、いつもの罵声を上げる。
「弘樹、頼む。会社も家ももうダメになる。何とかしようとがんばったが弘樹だけが頼りだ」
床にうつぶせたまま、顔だけ上げて哀れんだように訴える。
「だから婚約を条件に資金面を了承してくれた恩人との約束を……」
「いい加減にしろ!!」
状況からして例の荒れ狂った家とアイツがいた会社に関係していると分かった。
だからといっていきなり知夏の病室に飛び込んできて情けない姿を現すのは許せなかった。
そもそも知夏は俺の家のことなんて何も知らない。
いつものように昔のままの家に一人で住み、学校に行ってると思ってるはずだ。
おまけに婚約だなんて言葉が飛び出してきたのにも怒りの火に油を注ぐようだ。
俺は立ち上がるとつかつかとヤツのそばに近づいた。
「ちょっとこい」
ヤツの細くなった腕を掴むと病室の外へと引っ張りだす。
スライドされたドアが閉まる瞬間、知夏の悲しそうな顔だけが焼きついた。
ただ勢いに任せてこの階の休憩場のベランダにヤツを引き連れてきた。
日は沈み、室内からの光でその場所が確認できる薄暗さになっていた。
温度管理されている病室とは違い、いるだけで肌寒い。
秋もすっかり深まってる、とヤツと最後に会った夏から時間の流れを早く感じた。
「弘樹、頼む!」
連れ出されたヤツは相変わらず俺の目の前で土下座した。
「今頃現れてなんだよ! 訳の分からないこと言いやがって!」
ただイライラしていた。
「……済まない、弘樹。私はあの女にしてやられた」
ヤツは悔しそうにアスファルトの上に握り拳を当てた。
「あ?」
「どうにか回避しようと試みたんだが遅かった。最初からあの女の目的は橘川家の全てだったんだ」
ヤツは俺の顔を見上げ、今までに見せたことのない真剣な眼差しを向けた。
「どういうことだ?」
ようやくヤツの話を聞こうという気になった。
病室では夕食を終え、いつものように俺はベッドと窓際の間に腰掛けていた。
最近は日の入りが早くなった夕日をバックに、知夏とのパソコン会話をゆったりと。
「弘樹!!」
その声は突然ドアの開閉と共に響き渡る。
声の発せられた方を見ると驚いたことに数ヶ月ぶりのヤツ。
その風貌は無精ひげを生やし、すごく痩せていてしわくちゃな服をまとっていた。
いつもの身なりをきちっとし、威圧的な父親とは打って変わっていた。
「……なっ?」
予想もしなかった姿と登場に驚く。
俺の姿を確認したヤツはところ構わない様子で、
「頼む、弘樹!! 婚約してくれ!」
その場に土下座し、懇願していた。
「頼むよ~~、弘樹~~」
あんなにプライドの高かったヤツが悲痛な声を漏らす。
目の前の存在が信じられなかった。
ただただ息を呑む、そういった感じだ。
「弘樹~~、弘樹ぃ」
声はか細く頼りなさ気で泣いてるようにも聞こえる。
そこにいるのは惨めで情けない捨て犬のようだ。
ついヤツに気を取られ、知夏のことを忘れていた。
気づけば知夏も悲しそうにヤツを見ていた。
「……おい、何言ってんだよ!」
コイツなんか、父親じゃない! と何度思ったことか。
ようやく我に返り、いつもの罵声を上げる。
「弘樹、頼む。会社も家ももうダメになる。何とかしようとがんばったが弘樹だけが頼りだ」
床にうつぶせたまま、顔だけ上げて哀れんだように訴える。
「だから婚約を条件に資金面を了承してくれた恩人との約束を……」
「いい加減にしろ!!」
状況からして例の荒れ狂った家とアイツがいた会社に関係していると分かった。
だからといっていきなり知夏の病室に飛び込んできて情けない姿を現すのは許せなかった。
そもそも知夏は俺の家のことなんて何も知らない。
いつものように昔のままの家に一人で住み、学校に行ってると思ってるはずだ。
おまけに婚約だなんて言葉が飛び出してきたのにも怒りの火に油を注ぐようだ。
俺は立ち上がるとつかつかとヤツのそばに近づいた。
「ちょっとこい」
ヤツの細くなった腕を掴むと病室の外へと引っ張りだす。
スライドされたドアが閉まる瞬間、知夏の悲しそうな顔だけが焼きついた。
ただ勢いに任せてこの階の休憩場のベランダにヤツを引き連れてきた。
日は沈み、室内からの光でその場所が確認できる薄暗さになっていた。
温度管理されている病室とは違い、いるだけで肌寒い。
秋もすっかり深まってる、とヤツと最後に会った夏から時間の流れを早く感じた。
「弘樹、頼む!」
連れ出されたヤツは相変わらず俺の目の前で土下座した。
「今頃現れてなんだよ! 訳の分からないこと言いやがって!」
ただイライラしていた。
「……済まない、弘樹。私はあの女にしてやられた」
ヤツは悔しそうにアスファルトの上に握り拳を当てた。
「あ?」
「どうにか回避しようと試みたんだが遅かった。最初からあの女の目的は橘川家の全てだったんだ」
ヤツは俺の顔を見上げ、今までに見せたことのない真剣な眼差しを向けた。
「どういうことだ?」
ようやくヤツの話を聞こうという気になった。
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