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下巻 第三章 (2)
しおりを挟む〈これで、姉さんは治るかも、日本に配属されてよかった。神よ感謝をします〉
ジャックは、競羅の話を聞いたときは、まさに、天に昇るような気持ちであった。
彼は、アンドリュース空軍基地のあるメリーランド出身である。
その運命の、転換日に当たることになった、約十年前の某日、当時、高校一年生だったジャックは、学校のグラウンドで、クラスメートのキースと話していた。
『しかし、ジャックっていいよな。美人の姉さんがいて、軍ではエリートということだし』
キースが、うらやましそうに口を開いていた。ジャックは、またかと思いながら、
『言い事なんてないよ。腕力は向こうが強いし、ああ見えても、家では、ずぼらなんだよ』
キースに答えていた。ジャックの父は、彼の幼い頃に他界し、一家の生活は、近くの軍事基地に勤めている、七才上の姉が支えていたのだ。
ジャックは、口ではこんなことを言いながら、実際のところは、自慢の姉がほめられるのは、うれしかった。と、そのとき、校内放送が入った。
【ジャック・グレッキー君、ジャック・グレッキー君、至急、職員室に来てください】
『おい、ジャック、お前、呼び出されているぜ、何かやったのか?』
『いや、キース、僕は覚えがないけど』
『ないわけはないだろう。俺もついていってやるから、しっかり、先生にあやまれよ』
キースに言われ、ジャックは彼と一緒に職員室に向かった。
職員室の中はシーンとしていた。ジャックがキースと担任のもとにいくと、その担任は沈痛な顔をしていた。そして、決心をしたのか、口を開いた。
『驚くのじゃないのだよ。君の姉さんがね』
『アネキが、どうかしたんですか?』
『軍務中、爆発事故に巻き込まれて・・』
ジャックは、すぐに、軍事病院にかけつけた。何とか手術は成功したが、やはり姉は五体満足にならなかった。松葉杖生活はもとより、記憶をうしなった上、失明をしていた。
アフターケアのため、その後の彼女については、軍の医療施設が、面倒を見ることになったが、さすがに目の手術までは補助はできなかった。
その目に入り込んだ破片の切除は、とても難しい手術で、何より、その手術をするのにも、軍事保険ではまかなえないほどの大金が必要ということであったのだ。
結局、ジャックは、その姉のお見舞中に知り合った、軍関係者のすすめによって、高校卒業後、すぐに軍に入隊することになったのであった。
そして、日本に配属され三年後、今回の情報が、このように入ったのだ。
〈しかし、あの日本人の女、うちのアネキに雰囲気似ていたな。もしかして、乗り移ってきたかも、そんな、ことはないけどね。それよりも、CIAがそこまで欲しがるような超能力者なら、よくよく考えると、とても危険なことに首を突っ込むことになるかもな〉
天美は鉄格子の入った、営倉の小窓から、その様子を見つめていた。
営倉の中で麻酔から覚めた彼女は、三人のアメリカ高官たちに監視されながらも、脱出の機会をうかがっていた。だが彼らは、たとえ、どんなときでも、天美に触れてはいけないことを、肝に銘じるほど理解をしていたので、彼女には決して近づこうとしなかった。
扉越しに聞こえてくる三人の話し合いから、見張りの一人、ドルバー大佐の持っている警棒は、命令があり次第、その彼女を、瞬時に眠らせることができる特殊なガス噴射機能がついた警棒ということであった。このまま、ここにいたら、営倉に注入されるガスに眠らされて、そのまま本土に送られることは自明の理である。
助けも期待できず、暗澹となっていたとき、このような騒ぎになったのである。
ビュイッグは二人に対して、まったく、容赦がなかった。彼は厳しい顔をすると、
「ドルバー君、その特殊警棒を、わたしに貸したまえ」
と、たもとから、拳銃を取り出し、まずはジャックに狙いをつけた。
「僕たちを、どうするつもりなのです?」
突然のことにジャックは叫んだ。その言葉を楽しむように、ビュイッグは答えた。
「今から、この催眠ガスを君たちに浴びせるから、その間、逃げないようにね」
「なぜ、催眠ガスを?」
「むろん、君たちにしばらくの間、眠ってもらうからだよ」
「ね、眠らされたあと、ど、どうするんです・・」
ジャックの言葉の語尾は震えていた。バークの方は、すでに腰をぬかせていた。
体つきは大きいのだが、小心者のバークは、本来は兵隊になる気はなかった。ルイジアナにある実家の大農園で育ち、いつも、使用人の人たちと一緒に汗をながしていた。
父親も人間がよくできた人で、使用人には面倒見がよく、親子ともども評判がよかった。
このまま行けば、彼も、その父親のあとをついで、農園主になる予定であった。
一家を襲った不幸の始まりの日、彼はいつものように、使用人たちと一緒に、農園でクワを耕していた。その日の空は、薄黒く曇り、生暖かい風が吹いていた。
『坊ちゃま、今日は、もう引き上げましょうだ』
使用人頭のモートンが、そう声をかけてきた。六十半ばの頭の薄い男性である。
『じいやか、予報では、今夜、台風が来るっていうし、やれる分はやっておかんと』
バークはそう答えていた。
『ですが、本当に帰らないと、この風、普通じゃありませんだ』
『そうべか。おらっちは普通だと思うべが』
『わしが、十と四の頃、同じような天気がありましただ。そのときのことを思い出して』
『そのとき、何か、あったべか?』
『あったどころでは、ありませんだ。この夜の地獄のような大風が吹きましただ。あのときのことは、今考えても、恐ろしかったですだ。とんかく、ここから、お屋敷まで十マイルありますから、すぐに帰らないと、本当にえらい目にあいますだ』
モートンにせかされ、結局、バークは仕事をやめて帰路につくことにした。
ホロに、すべての荷物を積み終わったとき、洪水のような雨が落ちてきた。
『やはり、降ってきただ。こりゃまた、たまらんだ』
『こりゃあ、驚いたべ。本当に、じいやの言うとおり荒れた天気になったべ』
慌てて、車に乗り込んだバークは苦笑をしていた。
だが、この大雨は普通の台風ではなかった。半世紀ぶりにアメリカ南部を襲った、超巨大ハリケーンであったのだ。そのハリケーンの襲来をまともに受け、農園は、その年の農作物、約八割を失うという壊滅的打撃をうけた。
だが借金は、何一つしていなかったため、これぐらいでは一家が傾くことはなかった。
しかし、使用人の方は違っていた。頑丈な邸宅に住み込んでいる人間は守られたが、掘立て小屋のような家に住んでいた人たちは、みな、家を吹き飛ばされていた。家どころか、洪水で命を失ったものもいた。
今まで、何一つ借財経験がなかった、バークの父親は彼ら使用人たちを救うために、農園を抵当に入れてしまったのである。
そこからあとは、坂道を転げていくようなものであった。やはり、修羅場をくぐっていない弱さか、打つ手打つ手が、すべて裏目に出たのだ。気がついたときには、持ち家まで、抵当に入れてしまい、破産してしまったのである。
一転、借金暮らしになったバークは途方にくれていた。そのとき、入隊員募集のポスターが目に入った。意を決したバークは、借金を返すため軍に入隊をしたのであった。
怯える二人の顔色を、面白そうにながめながら、ビュイッグは言葉を続けた。
「何にしても、本国に送還して、手術を受けてもらおうか、記憶を消す手術をな」
「記憶って、どこまでですか?」
「今日のことだけにするつもりだが、人、それぞれ違うからな、全部の可能性もあるな」
「そんなことさせない! 姉さんのためにも」
ジャックは、ビュイッグを険しい顔つきでにらんだ。
そのとき、プシュとガスが抜けたような音がした。と同時に、ジャックは下腹部に、やけどをしたような猛烈な痛みを感じた。ビュイッグが、そのまま銃で撃ったのだ。
「何で、急に!」
ジャックは驚いて叫んだ。いきなり、発砲とは思わなかったからであろう。
「いや、よく考えたら、このまま、始末をした方が面倒がかからないと思ってな」
「そ、そんな、か、勝手なことを!」
「遺族のものたちには、日本で訓練中の事故で死んだ、といくらでも、言い訳がきくし」
ビュイッグは酷薄な表情をして答えた。
「何という人だ、あなたは!」
ジャックは、怒りの形相をしながら、ビュイッグに襲いかかった。
「身の程知らずのバカめが、わしを、にらみつけやがって」
プシュ、プシュ、プシュ、立て続けに、ビュイッグは拳銃を発射させた。
だが、はずみのついたジャックの身体は、数発の弾丸を身に受けても、止まらなかった。
体重一一一キロの巨体が、一気にのしかかってきたのだ。細身のビュイッグは、そのまま、ジャックの死体に押されて、身動きが取れなくなった。
「思っていた最悪の結果になってしまっただ!」
突然、相棒を襲った惨劇に、バークは興奮した声を上げたが、やがて、怒りの目をして、次の行動を開始した。
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