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第一部

幽霊のアシスタント

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松田の仕事場は、

商店街からほど近い場所にあった。

住宅街の一画にあるので、

高い建物ではない。

三階建てのアパートメントは、

年数はそれほど経っていないようだ。

向井は建物に霊の痕跡がないのを確かめた後、

結界をはった。

「おい、俺が入れなくなるではないか」

虎獅狼が不服そうに言った。

「当然でしょう。

妖怪を中に入れるわけにはいきませんよ」

「ちぇ」

虎獅狼は舌打ちをすると、

二人が建物に入るのをつまらなそうに見送った。


二人は仕事場である三階の部屋に行くと、

向井がインターホンを押した。

「はい、今開けます」

玄関から出てきたのは、

四十代と思われる少しぽっちゃりした女性だった。

「あっ、向井さんですか」

雪江は向井を見て挨拶すると、

その横に立つ山川を見た。

「はい、この度は当方をご利用いただき、

有難うございます」

向井が名刺を渡すと、

「あの、玄関先ではなんですので、

部屋の方にどうぞ」

と、二人を室内へ入れた。

名刺は何かあればこの世から消えるので、

渡しても心配はない。

室内はナチュラルな、

北欧テイストのインテリアでまとまっていた。

一LDKにロフトの小さな部屋だ。

部屋にはデスクが二脚。

こじんまりとしたワークスペースが、

作られていた。

雪江は二人をダイニングテーブルに案内した。

「今、お茶を入れますので」

「お構いなく」

向井がそう言いながらタブレットを用意していると、

雪江が日本茶を運んできた。

「どうぞ」

雪江が席に着くのを見て、

向井がタブレットを相手に向けた。

「先程の電話でのお話ですと、

数日の契約になっていますので、

それ以上になると追加料金が発生致します。

以前にもご契約されていますので、

ご存じだと思いますが、

詳しいことはそちらの画面をご覧になってください」

「はい」

雪江はタブレットを見ながら、

「本当に助かります。

最近のアシさんは、

プロダクションに所属されている方が多いので」

「そうなんですか」

「ファントムから派遣されたアシさんの評判て、

先輩の先生達の間でも評価が高いんですよ。

どの方も仕事が丁寧で早くて、

画力も素晴らしいって。

なので私も、

二回ほどお願いしているんですけど。

ペンタッチも似ているので皆さん、

同じ先生のもとでアシスタントされていた、

経験があるんじゃないですか? 」

松田が葵を見て聞いた。

「いえ、あたしは趣味で漫画を描いていたので、

よくわかりませんけど。

たまたまこちらで派遣登録していただいて、

好きな漫画が描けて嬉しいです」

アシスタントはどれも葵だから、

画力が似ていて当然だが。

「そういえば噂では、

二十年以上前に亡くなられた、

伝説のプロアシさんに、

仕事の仕方が皆さん似ていらっしゃっるって、

言われているんですよね」

葵はその人物なのか?

向井はちらりと葵を見た。

「今は殆どがデジタルで、

私のようなアナログ作家は少ないんで、

プロアシさんを紹介していただけるのは、

本当に助かります。

サインはここでいいですか」

「はい」

向井はタブレットを受け取ると、

サインを確認した。

「その伝説のアシスタントさんは、

そんなに凄い方だったんですか」

「私は知らないんですけど、

ここぞという時に彼女を呼べば、

全てが上手く収まるとか。

彼女が病気で亡くなった時は、

アシスタントさんの葬儀とは思えないほどの、

規模だったそうですよ。

そのあと大災害が起こったので、

先生達は皆さんよく覚えていて、

その話をされていますから」

「それはすごい」

向井が驚くと、

その横で葵が、

『あたしの偉大さが分かったか? 』

というようににやりと笑った。

これではまだ成仏しそうもないんですけど……

向井は小さなため息をつくと、

「お茶頂きます」

と口を付けた。

松田は葵の方に顔を向けると、

「山川さんは、

漫画家志望じゃないんですか? 」

「私はアシスタントが合っているので。

ネームとか苦手なんですよね。

今は自分のやりたいことを探す途中みたいな?

感じです」

葵がにっこり笑った。

「見つかるといいですね」

よく言うよ……

見た目は二十代だが、中身は五十代。

しかも霊魂人生重ねているから、

現在七十代………

先が思いやられる。

向井はどっと疲れが出た。

「じゃあ、私はこれで失礼しますので、

山川のこと宜しくお願いします。

契約の内容は送信させていただきます」

「こちらこそ有難うございました」

向井は楽しそうな葵を置いて部屋を後にすると、

頭を小さく掻いた。

山川案件から解放されるのはいつなんだろう……

建物を出ると虎獅狼がどこからともなく近づいてきた。

「なんだ。まだこんなとこにいたんですか? 」

「当たり前だろう。俺の遊び相手がいなくなった。

仕方がないから葵が戻るまで、

お前の相手をしてやる」

はあ? 

冗談じゃない。今度は妖怪が付いて回るのか? 

向井は疲れて言い返す気力も無くなった。
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