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第一部

新たな妖怪 千乃

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向井が死神課を出るのと同時に、

トリアがやってきた。

「向井君、仕事は無事終わったよ。

山川はいつものカフェテラスで、

虎獅狼と一緒だから」

「ご苦労様でした」

「あ~疲れた。メンテしてこよう」

トリアが両手をグルグル回すと、

「あっ、そうだ。松田さんの漫画。

あれ、面白かったよ。

多分、連載決まるんじゃないかな」

「そうですか」

「もし、連載となると……

ちょっとまずい事になるかも? 」

トリアが首を傾けた。

何か嫌な予感が……

向井が眉を顰めると、

「松田さんが連載になったら、

暫く山川に専属アシをしてもらいたいって」

「暫くって、どれくらい? 」

「さぁ? 山川も一応、

事務所に聞いてみると言ってたけど、

話も面白いし、

描きたいっていうんじゃないかなぁ~」

「はぁ……」

向井は疲れの溜まった長い溜息をついた。

「さっきそこの入り口付近に冥王がいたので……」

「そのこと話した? 」

「話したよ。だって、

漫画の続きを教えてくれってうるさいし、

かといって仕事内容を話せないでしょ。

だから誤魔化しながらちょこっと……?」

「で、何か言ってた? 」

「本人が描きたいならやらせてもいいみたいな……? 

ほら、冥王あの漫画にハマってるでしょう」

これじゃ、当分再生しそうにないな………

「ふぅ……分かりました」

「そんな顔しないでよ。

私だって当分憑依されることになるんだからさ。

向井君もファイト♪ 」

トリアはそういって笑うと、

その場を去っていった。


――――――――


向井はいつものアーケードに来ると、

葵の姿を探した。

みると虎獅狼の他にあらたな妖怪の姿があった。

恐らく犬鳳凰だろう。

向井は額に手を置くと、

ゆっくり彼らに近づいて行った。

「それでその続きはどうなんだ? 」

「それがね~」

「山川さん、内容をむやみに教えてはいけませんよ。

契約に触れてしまいます」

葵が漫画の続きを、

虎獅狼たちと話しているのを聞いて、

向井が釘を刺した。

「おぉ、向井か」

虎獅狼が振り返った。

「まあ、いいじゃない。相手は妖怪だし、

外に漏れることはないんだからさぁ~」

「いけません。トリアだって、

冥王に言いませんでしたよ」

「…………」

むくれる葵に、

「お前は役人か? 」

虎獅狼が言った。

「なんとでも言ってください」

向井がそういったところで、

「へぇ~これが噂の向井殿? 」

孔雀のような派手さを持った鶏が、

品定めするように見て笑った。

「男前じゃないの」

「それはどうも」

怪しい三人が集まって、

いったい何をやっているんだか。

「で、俺のことを噂していた、

君の名前を聞いてもいいですか?」

「私? どうしようかなぁ~」

妖怪は口から炎を吐きながら、

周囲に狐火のようなものを揺らした。

向井はそれを指ではじき消していく。

「まあ、酷い」

「もうその辺でいいだろう? 」

虎獅狼がいい、

「こいつは婆娑婆娑の千乃だ。

俺と葵が旅先で知り合った仲間だ。

お友達ってやつか? 」

とにやりとした。

「山川さんは妖怪になりたいんですか? 」

「まあ、あなた妖怪と人を差別するの? 

ジェンダーの時代に古臭い事」

千乃がつまらなそうに言った。

「差別ではなく区別してるんです。

きちんとお互いを理解したうえで、

お友達でいるなら構いませんよ」

「まあまあ、それよりお前は、

漫画の続きが気にならんのか? 」

「虎獅狼も読んだんですか? 」

「人間とは面白いことを考えると思ってな。

この世は魑魅魍魎であふれておるのに、

書物でもそんな話が好きとは愉快じゃないか? 」

妖怪に魑魅魍魎と言われるとは……

向井は思わず吹き出した。

「そうだ。トリアから聞いたんですけど、

アシの仕事を、

松田さんからお願いされているそうですね」

「そうなのよ~担当の人が来てね。

とりあえず前後編で続きを描いて、

人気があるなら連載にするって言ってたんだよね」

「俺が思うに、

これはヒットの予感がするぞ」

虎獅狼が自信ありげな顔をする。

「で、さっきサロンでトリアに会ったら、

冥王もOKしてるっていうし、

連載決まったら、しばらくアシの仕事継続するよ」

「するよ…………って、山川さんサロンにいたんですか? 」

「ん~向井さんが来る少し前にね。

そしたら、花村さんに会って、

あの人まだ成仏してなかったんだね。

驚いちゃった」

葵がケラケラ笑った。

「山川さんも人の事言えないでしょ」

「そりゃそうだ。でね、ちょっと耳にしたんだけど、

冥界にギャラリーできるってホント? 」

「ほお~それは俺にも初耳だぞ」

「ギャラリーなんて素敵ね。

私達が見ることってできないのかしら」

虎獅狼と千乃も楽しそうに向井を見た。

「あのですね。冥界は死人が行くところですよ」

「冥界には妖怪の施設があるっていうじゃないか。

俺は使役になるのは嫌だが、

妖怪が入っても問題ないんだろう? 」

「だったら、私だってみたいわ~」

「…………ふぅ、とにかくギャラリーは、

少し先の話になると思います。

まずは工房で、

作品を作ってもらうのが先決ですから」

「そうだ。私の作品も飾ってもらおうかな」

「何か描きたいものでもあるんですか? 」

「ほら、虎獅狼とか千乃とか、

妖怪のイラストなんてよくない? 」

「ほぉ~俺達をモデルに」

「素敵~♪ 」

三人はワイワイ賑やかに盛り上がっている。

確かに本物の妖怪を目の前に、

絵が描けることなんてそうそうないからな。

向井もギャラリーのイメージが、

頭の中で少しずつ完成されてくると、

三人に影響されたのかワクワクしてきた。

「俺はいったん冥界に戻るので、

あまり悪さをしないように。

あっそうだ。

松田さんとの契約は、

冥王からの許可が正式に通ったら、

相手と連絡を取った後に手続しますから」

向井はそれだけ言うとその場を去った。
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