上 下
94 / 352
第三部

黒谷の不思議な魂

しおりを挟む
向井はその足で洋菓子店に寄り、

冥界に戻っていった。

廊下を歩いていると、

休憩室から声が聞こえてきた。

「だから、犯人はこいつなんだよ」

「え~違うでしょ」

サスペンスドラマを見ながら、

牧野と早紀が意見を戦わせていた。

安達はそんな二人のやり取りを、

じっと見ている。

向井が部屋に入ると、

「あっ、お帰り」

早紀が気づいて声をかけた。

向井は手にした箱を見せると、

「はい、お土産ね。

牧野君の好きなケーキを買ってきましたよ」

「えっ? 俺が好きなって……チョコ? 」

牧野は嬉しそうに言うと、飛んできた。

箱を受け取って中をのぞくと、

「オペラだ~!! 食べよ食べよ。

安達、皿出して」

と声をかけた。

「オペラ? 」

不思議そうにしている安達に、

「そう、食堂のチョコケーキより、

美味しいぞ」

「食堂のより……? 」

安達も嬉しそうにソファーから立ち上がると、

お皿を出しにミニキッチンに行った。

最初はどうなるかと思っていたが、

牧野も安達の扱い方が分かってきたようだ。

生意気で知らないことが多い、

ちょっとおかしなガキ。

牧野の目には安達はそのように映ったようだった。

「向井君は子供に甘いなぁ~」

早紀も笑うと、

ケーキを取り分けているお皿を取りに立ち上がった。

「そうだ。向井が戻ったら、

冥王室に来てってアートンが言ってた」

牧野がケーキを頬張りながら振り向いた。

向井はその顔にあきれたように笑うと、

部屋を出て行った。


――――――――


冥王室は休憩室から少し離れた場所にあり、

この廊下を歩くものは、

死神か向井のような一部の特例だけなので、

足音だけが響く。

向井が部屋のドアをノックすると、

中からアートンが出てきて中に入るように言った。

「失礼します」

一礼して顔をあげると、

「黒谷君に会ってきたんでしょ? 印象はどうでした? 」

冥王が聞いてきた。

「話をした限りでは問題はなさそうでした。

彼の魂は徳が高いんでしょうか。

自ら危険なものを避けて生活しているようなので」

向井は机の前に近づくと言った。

「ふむ。アートンも高田君と一緒に、

一度接触させたんだけど、

彼、アートンが人間じゃないって一目で見分けたんだよね」

「そうなんですか? 」

向井が横に立つアートンを驚いて見た。

「そうなんですよ。魂を見る限り、

特別徳が高いわけでもないんですけど……

ただ、何度か再生済みの魂なので、

本来なら上書きが見えるんですけど、

彼の魂は本当にまっさらなんです」

「消去するたびにまっさらな状態になる魂って、

私も初めて見るので、

高田君に監視対象とさせていたんです」

「彼がものにこだわらないのは、

そういう理由もあるんでしょうか。

彼は今回住むところを無くしたんですけど、

魂を見ていても前向きで、

問題のある人物には見えませんでした。

反対にこっちが彼の持つ情報に驚いたくらいですから」

「そうなんですよね。

僕も話をしたときに思ったんですけど、

霊に取り込まれることもなく、

霊と会話できる人間を初めて知りました」

「これは……」

冥王が難しい顔をして考え込んだので、

向井とアートンがその様子に聞いた。

「なんですか? 」

「彼を向井君の助手にするか? 」

「助手? 」

二人は吃驚し、冥王に顔を近づけた。

「いやいや、そんなに驚くことじゃないでしょ」

「驚きますよ。黒谷君は人間ですよ」

向井が言うと、

「別にワトソンという訳ではなくね。

監視対象から外すわけにもいかないので、

情報をもらいつつ、

彼に必要なものを与えるとかね。

現金は無理だけど、

何か困ったことがあるなら出来る範囲で、

彼の望むものをさ」

冥王が言った。

「だったら、住む場所が決まったら、

生活に必要なものが欲しいみたいですよ。

高田さんは困っている時に、

差し入れていたみたいなので」

「ほお~高田君はそんなことをしていたのか」

「だったら、向井君にもそうしてもらえますか? 

この先、今いる特例と、

顔を合わすこともないとは言えないので、

出来るだけ穏便にいたいじゃないですか」

「冥王はこういうことに関しては、

僕たちに丸投げで手軽に済ませようとしますよね」

アートンがあきれ返ったように言った。

「そんな嫌味を言わないでくださいよ」

向井はそんな二人のやり取りに、

少しずつだが、

冥王という人物が分かってきて笑顔になった。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

王子に転生したので悪役令嬢と正統派ヒロインと共に無双する

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:646pt お気に入り:276

チートなタブレットを持って快適異世界生活

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:1,072pt お気に入り:14,313

GB版【お試しサイズ】リーチ・ザ・サミットフィルム

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:2

貴方達から離れたら思った以上に幸せです!

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:207,058pt お気に入り:12,431

転生幼女はお詫びチートで異世界ごーいんぐまいうぇい

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:7,646pt お気に入り:23,938

【完結】契約妻の小さな復讐

恋愛 / 完結 24h.ポイント:5,149pt お気に入り:5,879

こっちは遊びでやってんだ

ライト文芸 / 連載中 24h.ポイント:85pt お気に入り:0

処理中です...