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第三部

黒谷のキッチンカー

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冥王はスコーンに、

クロテッドクリームを乗せている向井をじっと見た。

「何ですか? まだ、スコーンが欲しいんですか? 」

「違いますよ」

向井の言葉にムッとする冥王を見て、

アートンとトリアが笑った。

「実は赤姫を向井君の担当にしたので、

それを言っておこうと」

「ゴホッゴホッ!! えっ? 」

向井は驚きのあまり、喉を詰まらせた。

「大丈夫ですか? 」

冥王が向井の背中をさする。

「あの、どうして俺が!? 」

向井は紅茶を飲んで息を整えた。

「赤姫っていい男に弱いのよ」

トリアが頬杖をついて言った。

「だからってなんで俺が。新田君がいるでしょ」

「ん~新田君じゃ、赤姫は荷が重そうだから? 」

冥王は口をとがらせて言う。

「向井君は頑丈そうだし、

特別室に出入りしているのを見てね。

上手くやってるから、

赤姫もちょちょいと扱ってくれるかな? って? 」

「無理ですよ。赤姫って、

鬼だってセイくんも言ってましたし」

「そんなに年中、

会うわけではないですから大丈夫ですよ。

まあ、親戚のおばさんに会う感覚でいてください」

「…………」

向井の面倒くさがる姿に、

トリアが笑って言った。

「ご愁傷様~」

「トリア、君もですよ」

「えっ? 」

驚くトリアに、

「向井君だけにするわけないでしょう。

赤姫も彼を付けるならトリアが担当でいいというので、

向井君には可哀想ですけど、

トリアと仲良く赤姫の御機嫌伺をしてください」

「ご愁傷様」

不貞腐れるトリアに、アートンが笑いながら言った。


――――――――


それからしばらくして、

黒谷が新たな住居に越したのを知り、

向井はその団地に赴いた。

今度の団地は少し中心部から離れており、

前の建物より築年数は新しいようだ。

向井が二階の部屋を訪ねると、

黒谷が出てきた。

「あっ、向井さん。来てくれたんだ。入って」

黒谷は向井を部屋に入れると、

リビングに通した。

向井は綺麗にリノベーションされた室内に、

少し驚きながら黒谷を見た。

「随分とお洒落な部屋ですね」

「そうでしょ。でもね、ここちょっとした訳あり物件なんですよ」

「えっ? 殺人でもあったの? 」

「いや………違う…ん? やっぱそうなのかな? 」

黒谷が考えるように首を傾げた。

「実はここ、十七年前に、

政府が立ち入り禁止区域に指定していた団地なんだよ。

これだけ綺麗にリノベされてるのに、

住むことは禁止だった物件なの」

「へえ~それは裏に何かありそうですね」

「でしょう? 」

黒谷もそういうと笑った。

「でも俺が見る限り、怪しい霊はいなかったし、

今のところ問題はなさそうですけど」

向井はそういいながら室内を見渡した。

「俺もここに越してきた人間見たけど、

大丈夫そうなんで安心してるんだ」

「玲子さんという方は一緒ですか? 」

「玲子ばぁはこの下。

年寄りだから一階に部屋が取れて喜んでたよ」

「それは良かったです」

向井も微笑むと、手土産を渡した。

「はい、これ」

「あっ、俺の好きな窯焼きピッツァじゃん」

向井は高田が残していった情報を見て、

黒谷の嗜好に合わせ、

イタリアンレストランでテイクアウトしてきた。

「あと、生活必需品くらいなら、

用意できますよ」

「助かる~俺さぁ、今は貯金減らしたくないのよ。

あともう少しで貯まるからさ」

黒谷はピッツァを出すと、

「向井さんも食べない? 」

「俺はいいです。食べてきたから。

でも、昼間ですけど、

一杯飲むなら付き合いますよ」

向井は笑ってから、

もう一つの冷えたビールが入った袋を、

黒谷に見せた。

「向井さん分かってる~

じゃあ、飲もう」

そういって二人は床に胡坐をかいて座った。

「貯金してるって、何か目標があるんですか? 」

「俺、キッチンカーやろうと思ってるんだ」

「そうなんですか? 」

「これでも調理師免許あるし」

あれ? 彼は確か自動車整備士じゃなかったか? 

向井の考え込む姿に、

「ああ、俺が整備士だったって高田さんに聞いてたんだ」

「はい」

「俺、両親が中学の時に事故で亡くなって、

そのあと施設に入ったんだ。

人生百十年時代になって、

今は十六歳で成人になったじゃん。

実際は俺達みたいな国民は、

人生六十年で戦国時代に逆戻りだけどさ」

黒谷は笑うと続けた。

「中学までは無償化だけど、

その後は施設からも出て行かなきゃならないから、

俺、住み込みで飲食店で働いてたんだ。

そこで資格が取れたんだけど、

その店のじいちゃんが亡くなって、

親戚が店を閉めるって言うんで、

追い出されたの。

まあ、大震災もあったし、

仕方がないんだけどさ。

で、そのお店に来ていたお客さんが、

自動車修理工場を紹介してくれて、

住み込みで何年か働いて資格も取れたし、

彼女と結婚も視野にアパート借りてと思ったら、

移民特別委員会がきて、

俺達従業員はリストラ。

これだけ聞くと、俺の人生って何? って思うだろ」

黒谷は明るく話しながら笑った。

「今は殆どがAIでコントロールされてるでしょ。

俺達みたいな技術者も外国人労働者を入れるから、

首になっちゃうんだよね」

「大変でしたね」

「まあね。だから人生なるようにしかならないって、

身をもって知ったってことかな」 

「そういえば………荷物はこれだけですか? 」

中には家電もほとんどなく、

家具はミニテーブルと小さなキャスター付き収納だけ。

布団も折り畳みのベッドマットのみだ。

「俺の場合は自然とミニマリストになった。

いつ追い出されるかわかんないし、

家電は電気代がかかるから、

最低限でいいんだ。

雨風しのげれば、まあいいかって感じ? 」

黒谷が笑った。

「キッチンカーが出来たら、

玲子ばぁも手伝うって言うし、

目標があるのは長生きの秘訣だから、

玲子ばぁが死ぬ前に店開かないとね」

「そうですね。できたら、

テイクアウトさせていただきます」

「おっ、もう客が付いた。

だったらすぐにでも店を開かなきゃな」

黒谷はピッツァを食べながらビールを飲んだ。
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