未来で愛人を迎える夫など、要りません!

文野多咲

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戦勝記念パーティー

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ジュリエッタは、再び仕立て屋を呼んだ。侯爵の服を作るためだ。

「私、今度は、普段の服をたくさん作って差し上げたくなったの」

侯爵の軍服以外の服は、どれも流行遅れだし、品質もたいして良くはない。

「あなたにはあなたに見合う服を着て欲しいの」

仕立て屋からやってきた『天才デザイナー』に声をかける。

「侯爵さまの服をクローゼットいっぱい作ってちょうだい。緑色をメインにしてね。ところで、金色のラメ入りヒョウ柄は、まだ残っているかしら?」

「ええ、ございます」

「では、それと黒い生地を合わせてドレスを作ってくださる?」

戦勝記念パーティーに来ていくドレスだ。侯爵らは叙勲式と同じ軍服で良いとしても、ジュリエッタがドレスを着回すわけにはいかない。

ドレス以外でも、ジュリエッタには準備することがあった。

「そろそろ、ヌワカロール伯爵も王都に着くかしら」

ジュリエッタは、パーティーで『ヌワカロール農法』の宣伝をするつもりだった。そのために、ファビオ・ヌワカロールも呼んで、バルベリ産のソーセージもたくさん取り寄せていた。

***

戦勝記念パーティーの日がやってきた。

(さすが天才デザイナーね、このドレスも素晴らしい出来だわ)

ジュリエッタのドレスはヒョウ柄と黒との片身違いの、とても大人っぽい仕上がりのものだった。身頃の前で交差する布が、胸を強調し、広がり過ぎない裾が上品だ。

侯爵はヒョウ柄の軍服に、緑色のピーコックの羽のついた軍帽をかぶっている。

お揃いの衣装であり、互いの色を身に纏っていることが一目瞭然だ。

ジュリエッタは勲章を胸に付けた。

「侯爵さま、似合いますか?」

侯爵はジュリエッタをまぶしげに見た。

「ああ、とても良く似合っている。素敵だ」

「侯爵さまも素敵です」

二人ともほほを染め合う。

そんな二人をやきもきしながらハンナが見つめている。ハンナからすればお互いに思い合っているのにどうして一線を越えないのかやきもきするばかり。

(どうして、この二人、さっさとくっついてしまわないのかしら。いっそのこと、侯爵さまに媚薬でも盛っちまうか……?)

良からぬことまで考えてしまうハンナだった。

***

ジュリエッタと侯爵が王宮のホールに向かう途中の廊下で、公爵夫妻に出会った。

「ジュリエッタ」

夫人はジュリエッタを見つけるとにこやかに笑いかけてきた。そして、横にいる侯爵をちらりと見る。

それが夫人と侯爵の初めての顔合わせだった。

(お母さま、お加減は悪くなさそうで安心したわ)

ジュリエッタは侯爵と夫人とを早く引き合わせたくてを何度か打診してきたものの、夫人からは「日が悪い」「体調が今一つ」との返事ばかりが続いていた。

早速ジュリエッタが侯爵を紹介する。

「お母さま、私の夫、バルベリ侯爵よ」

侯爵は夫人に丁寧な辞儀をした。

夫人は侯爵を一瞥すると、急に不機嫌な声を出した。

「何です、ジュリエッタ、そのドレス、品がなさすぎます。レディならレディらしく、慎ましやかにしなさい」

ジュリエッタはいきなりのお小言に頬を膨らませる。

「侯爵さまは素敵だと言ってくれたわ」

「とにかく着替えてらっしゃい」

(着替えてこいだなんて冗談でしょう? この日のために用意したドレスってことくらいわかるでしょうに)

ジュリエッタは抵抗しようと口を開きかけるも、夫人は本気で言っているようだ。

「みっともないから、早く着替えてきなさい」

「わざわざ戻って?」

「シャルロットにでも貸してもらえばいいわ」

(小さくて入らないわ)

華奢なシャルロットの服が入りそうにないことは、ジュリエッタにとっては屈辱的なことだったので、口に出すことはできずに黙り込む。

そこへ、公爵が割って入った。

「まあまあ、婿殿が許しているのだから良いではないか」

「だから、この子はレディらしくもない行いをするようになったんですわ」

夫人はまともに侯爵を見ないまま吐き出すように言った。

(だから? 何が、だから、なの?)

先ほどから夫人は侯爵とは目も合わせようとしない。明らかに非礼な態度だ。

(お母さま、もしかして、侯爵さまを嫌っているの? ひょっとして、元平民だから? それで顔を合わすのも先延ばしにしていたの?)

ジュリエッタは唖然と夫人を見た。それはかつての自分自身の姿でもあったにもかかわらず。

夫人は不機嫌そうに背中を向けてホールへと向かった。

ジュリエッタは申し訳ない思いで侯爵を見上げれば、侯爵は動じた様子も見せずにジュリエッタに笑いかけてきた。

***

戦勝記念パーティーでは、ジュリエッタは侯爵から離れなかった。

侯爵はたとえ英雄とはいえ、王都の社交界では右も左もわからない新参者、ジュリエッタがそばでにらみを利かせていなければ、良からぬ言葉をかけられたり、取り入ろうとする者にもみくちゃにされてしまうだろう。

予知夢では、すっかり機嫌を損ねたジュリエッタは、そんな気遣いを思いつくこともなく、侯爵とも会話を交わすこともなかったが、今のジュリエッタは違う。

(侯爵さまを私が守らねば)

その思いが強い。

貴族たちへの威嚇を込めて、優雅にほほ笑む。ジュリエッタに遠慮してか、むやみに近づいてくる者はいない。しかしながら、遠巻きに、注目を浴びているのを感じる。

最初に声をかけてきたのは、国王フィリップだった。

「バルベリ候、今回の和平はご苦労だった。我が手足となってよく働いてくれた。おかげで余も勝利を得た」

国王が戦勝に寄与したのはほんのわずかなはずだが、最後の一言で、勝利は国王のものだと突きつけてきた。

侯爵はひざまずく。

「すべて陛下の御業にございます」

「そなたにはきちんと褒美を与えるとして、さて、領土を新たに得たわけでもないのに、戦勝とするのは、そなたを報いるためであることはわかっておろうな」

国王の態度はどこか高圧的だ。侯爵に合わせてひざまずいたジュリエッタは思わず国王を見上げた。

侯爵は、やや間をおいて返事をした。

「陛下のお気遣い、感謝の念に堪えません」

他の貴族らは国王の態度を倣うだろう。それまで賞賛の目で二人を取り囲んでいた貴族らの空気が、微妙に変わる。

貴族らのざわめきがジュリエッタの耳にも入ってきた。

「所詮、元平民。蛮族相手に勝ったくらいのことで、英雄扱いするのも少々やり過ぎかと思いましたが、陛下の寛大な御心の表れでありましたか」

「陛下か王太子殿下が事に当たっていたら、もっと早く勝利を収めていたに違いないでしょうな」

ジュリエッタは内心でため息をつく。

(陛下もとんだ食わせ物ね。英雄と褒め称えておいて、今度は落とすことを考えているのね)

侯爵が思わぬ勢力にならないかを心配しているのだ。英雄になり過ぎては侯爵が脅威となる。出る杭を打っておこうというのだろう。

(陛下は遠くの戦争はどこ吹く風だったのに、政争には手が速いのね)

ジュリエッタは前に進み出た。

「陛下はソーセージがお好きですのね」

国王は両手にソーセージのついたフォークを持っている。そのソーセージは、バルベリから取り寄せたものだった。国王はジュリエッタに向けて破顔した。

「ああ、これはことのほか、うまいのだ。皆も存分に食せよ」

国王はよほど気に入ったのか、ソーセージを高く掲げた。

「陛下の口に合ったのならば、至上の喜び。それは、バルベリ産のソーセージですの。差し入れさせていただきましたのよ」

「ほう、そうか! そう言えば、塩漬け豚もうまかったぞ!」

国王は侯爵に向けて笑みを見せた。先ほどの高圧的な態度は消えている。

(陛下が食いしん坊で良かったわ)

その場の空気がまたもや変わったことにジュリエッタはほっとする。

「陛下、侯爵さまからバルベリでの『農業革命』についての報告の文書が届いたはずですが、ご覧になっていただけましたか?」

「ああ、読んだぞ」

「では、陛下にヌワカロール伯爵を紹介してもよろしいでしょうか。伯爵は、バルベリの家令で、そのソーセージも伯爵が選りすぐって送ってくれたものです」

ジュリエッタが後ろに控えるファビオを見ると、ファビオは緊張の面持ちで前に出た。

「ヌワカロール15代目当主、ファビオ・ヌワカロールにございます」

国王はファビオに向けて笑いかけた。

「おお、ヌワカロールか。そなたに褒美を与えようぞ。宰相から届けさせよう」

「では、『農業革命』について、改めて伯爵さまから報告を受けるお時間をくださいますか」

「おお、では、宰相に時間を取らせよう」

ジュリエッタは、またもや暖簾に腕押しの感触を得ていた。

(陛下は手紙をろくに読んでいないのかしら? どうしてご自分で話を聞こうとなさらないの? 興味が湧かなかったのかしら)

陛下がもう良い、とばかりに手を振ったのを見て、それ以上食い下がることはできなかった。

そこにピンクブロンドが近づいてきた。

(シャルロット!)

シャルロットは白いドレスに身を包んでおり、いつにも増して可憐だった。

「お父さま、私に英雄を紹介してくださいませ。何しろ国を守ってくれたお方、私からも礼を言いたいわ」

「おお、そうだな」

紹介が済むと、シャルロットは侯爵の手を取った。飛び切りの可愛らしい笑顔を侯爵に向ける。

「侯爵さま、私と踊ってもよくってよ」

「あいにく、私は踊れないのです」

「私に合わせて動いているだけでいいんですの」

侯爵がジュリエッタを見てきた。ジュリエッタは二人が一緒にいる場面を見るだけで、具合が悪くなりそうだった。

(やはり、二人は恋に落ちるの……?)

予知夢の記憶がジュリエッタを苦しめる。

ジュリエッタは目を伏せた。そんなジュリエッタに金髪碧眼の貴公子が声をかけてきた。

「では、俺は英雄の奥方と踊るとしようか」

王太子エドウィンだった。
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