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第十七章 嵐の前の静けさ
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翌朝。
私たちは重苦しい空気のまま、簡易宿泊所を出た。
空はどんよりと曇り、今にも雨が降り出しそうだった。湿った空気が、私の老いた関節を痛めつける。
「どう動くつもりだ」
近くの公園のベンチで、コンビニのおにぎりをかじりながら日下部が聞いた。その目は赤く充血し、顔には疲労の色が濃い。
「証拠を回収する」
私は短く答えた。
「相沢の家だ。あそこに、奴らが血眼になって探している『何か』がある」
「……やっぱり、あのおもちゃか」
日下部が鋭く反応した。
「初日にアンタが気にしていた、クマのぬいぐるみ。あれに何があるんだ」
私は少し迷ったが、もう隠している場合ではなかった。
「推測だが……相沢が掴んだ、組織の裏帳簿のデータだ。奴らはそれを回収するために、相沢を殺し、今も家を監視している」
「そんなヤバイものを、子供のおもちゃに隠したってのか!? 正気かよ!」
日下部が声を荒らげた。
「ああ、正気じゃない。だが、それしか方法がなかったんだろう。追い詰められていたんだ」
私の言葉に、日下部は苦虫を噛み潰したような顔をした。
「……で、どうやって回収する? 家は24時間監視体制だ。近づけばハチの巣だぞ」
「正面突破は無理だ。奇策を使う」
私は食べかけのおにぎりを包み紙に戻した。食欲はない。
「俺が囮になる。奴らの注意を引きつけている間に、お前が家に入り、ぬいぐるみを回収しろ」
「はぁ!? 死ぬ気か、アンタ!」
「大丈夫だ。俺はそう簡単には死なん。……一度死にかけた人間は強いもんだ」
私はニヤリと笑ってみせた。それは虚勢ではなく、本心だった。私には七日間の保証がある。どんなに傷つこうと、期限が来るまでは死なない(はずだ)。
「……信用できねえな」
日下部は私をじっと見た。
「あんた、その証拠を手に入れて、どうするつもりだ? まさか、それで『上』と取引して、自分だけ助かろうって魂胆じゃないだろうな」
彼の疑念はもっともだった。今の私は、彼にとって裏切り者候補ナンバーワンなのだ。
「……取引なんてしない。証拠が手に入ったら、全てを公表する。マスコミにリークして、警察の闇を暴く」
「本当に、それができるのか? 自分も破滅することになるぞ」
「構わん。……俺にはもう、失うものなんてないからな」
私がそう言うと、日下部は長い沈黙の後、しぶしぶ頷いた。
「……分かった。その作戦でいく。だが、もし少しでも怪しい動きをしたら、その時は俺があんたを撃つ。いいな」
「ああ。望むところだ」
私たちは具体的な手順を打ち合わせた。
決行は、今夜。雨が降れば、視界が悪くなり好都合だ。
作戦会議を終え、私たちは別行動をとることにした。準備のために必要なものを調達するためだ。
私は一人、街へ出た。
曇天の下、人々が足早に行き交う。誰もが自分の生活に忙しく、すれ違う薄汚れた老人になど目もくれない。
ふと、ショーウィンドウに映った自分の姿を見た。
そこにいるのは、紛れもなく権藤平八だった。だが、その目は以前のような濁った魚の目ではなく、獲物を狙う老いた狼のように鋭く光っていた。
私はポケットの中の、しわくちゃになったタバコの箱を握りしめた。
泣いても笑っても、あと四日。
今夜が、大きな山場になる。
私は覚悟を決め、冷たい風の中を歩き出した。
私たちは重苦しい空気のまま、簡易宿泊所を出た。
空はどんよりと曇り、今にも雨が降り出しそうだった。湿った空気が、私の老いた関節を痛めつける。
「どう動くつもりだ」
近くの公園のベンチで、コンビニのおにぎりをかじりながら日下部が聞いた。その目は赤く充血し、顔には疲労の色が濃い。
「証拠を回収する」
私は短く答えた。
「相沢の家だ。あそこに、奴らが血眼になって探している『何か』がある」
「……やっぱり、あのおもちゃか」
日下部が鋭く反応した。
「初日にアンタが気にしていた、クマのぬいぐるみ。あれに何があるんだ」
私は少し迷ったが、もう隠している場合ではなかった。
「推測だが……相沢が掴んだ、組織の裏帳簿のデータだ。奴らはそれを回収するために、相沢を殺し、今も家を監視している」
「そんなヤバイものを、子供のおもちゃに隠したってのか!? 正気かよ!」
日下部が声を荒らげた。
「ああ、正気じゃない。だが、それしか方法がなかったんだろう。追い詰められていたんだ」
私の言葉に、日下部は苦虫を噛み潰したような顔をした。
「……で、どうやって回収する? 家は24時間監視体制だ。近づけばハチの巣だぞ」
「正面突破は無理だ。奇策を使う」
私は食べかけのおにぎりを包み紙に戻した。食欲はない。
「俺が囮になる。奴らの注意を引きつけている間に、お前が家に入り、ぬいぐるみを回収しろ」
「はぁ!? 死ぬ気か、アンタ!」
「大丈夫だ。俺はそう簡単には死なん。……一度死にかけた人間は強いもんだ」
私はニヤリと笑ってみせた。それは虚勢ではなく、本心だった。私には七日間の保証がある。どんなに傷つこうと、期限が来るまでは死なない(はずだ)。
「……信用できねえな」
日下部は私をじっと見た。
「あんた、その証拠を手に入れて、どうするつもりだ? まさか、それで『上』と取引して、自分だけ助かろうって魂胆じゃないだろうな」
彼の疑念はもっともだった。今の私は、彼にとって裏切り者候補ナンバーワンなのだ。
「……取引なんてしない。証拠が手に入ったら、全てを公表する。マスコミにリークして、警察の闇を暴く」
「本当に、それができるのか? 自分も破滅することになるぞ」
「構わん。……俺にはもう、失うものなんてないからな」
私がそう言うと、日下部は長い沈黙の後、しぶしぶ頷いた。
「……分かった。その作戦でいく。だが、もし少しでも怪しい動きをしたら、その時は俺があんたを撃つ。いいな」
「ああ。望むところだ」
私たちは具体的な手順を打ち合わせた。
決行は、今夜。雨が降れば、視界が悪くなり好都合だ。
作戦会議を終え、私たちは別行動をとることにした。準備のために必要なものを調達するためだ。
私は一人、街へ出た。
曇天の下、人々が足早に行き交う。誰もが自分の生活に忙しく、すれ違う薄汚れた老人になど目もくれない。
ふと、ショーウィンドウに映った自分の姿を見た。
そこにいるのは、紛れもなく権藤平八だった。だが、その目は以前のような濁った魚の目ではなく、獲物を狙う老いた狼のように鋭く光っていた。
私はポケットの中の、しわくちゃになったタバコの箱を握りしめた。
泣いても笑っても、あと四日。
今夜が、大きな山場になる。
私は覚悟を決め、冷たい風の中を歩き出した。
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