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20、旅立ちの時
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僕はニコラス先生の友人である医者の家に正式に引き取られることが決まった。しばらくは街で暮らし、その後フランスのリヨンに移住するらしい。いよいよ修道院を出る前の夜に、ラミロ2世、ペドロ2世、フアン1世というアラゴン王家の3人の亡霊が僕の部屋にやってきた。3人とも豪華な王様の衣装を身に付けている。ハインリヒ7世には何度か会っているが、彼らに会うのは久しぶりである。
「明日僕はここを出て行く。医者の家に引き取られることが決まった。その人は僕を後継者にしたいと考え、大学にも行かせてくれると言っている。しばらくは街で暮らすが、その後はフランスのリヨンに行く」
「そうか、それはよかった。そなたは医者になるのか?」
「まだなれるかどうかわからないけど、精一杯頑張るよ」
「フランスは我らアラゴン王家の者とも関わりの深い場所、何かあったら我らを呼び出してくれればいい」
「呼び出すってどうやるの?」
「静かな場所で名前を呼んでくれればいい」
遠いフランスに行っても声が聞こえるのだろうか?
「我ら亡霊に時間や場所は関係ない。その気になればどこにでも行ける」
「そうだったね」
「キリスト教の教義についてわからないことがあったら、私を呼んでくれればいい。長年修道院で暮らし、そこにあった本はみんな読んでいる」
「ありがとう、ラミロ2世」
「もし戦いに行くことがあれば、私を呼び出して欲しい」
「戦いに行くことはたぶんないと思うけど、もしそうなったら真っ先に名前を呼ぶ、ペドロ2世」
「私は役に立つような特技は何もないけど、フランス人が義理の孫勝利王シャルル7世について話したら、私のことも思い出して欲しい」
「きっとそうするよ、フアン1世」
それぞれの手を握って言葉を交わした。それぞれ最初に会った時を思い出し、涙が出そうになった。
「それにしても、ハインリヒ7世はどこへ行った?モンソンであれだけそなたに世話になっておきながら、あの時消えてから1度も姿を見せない」
「甥のハインリヒ7世にはまだまだ言いたいことがあったのに、消えたままだからどうすることもできない」
ラミロ2世とペドロ2世はハインリヒ7世のことを話題にした。彼らにどう伝えればいいのだろうか?ハインリヒ7世は反乱を起こす前の姿になって僕の部屋に来てくれた。彼は目が見え、仮面もつけていない。僕と一緒にいろいろな時代、いろいろな場所を旅してどんどん若返っていた。何をどう話せばいいのか・・・
「ハインリヒ7世!」
3人の前に消えそうなハインリヒ7世が姿を現した。前と同じように仮面を付けている。
「本当だ、ハインリヒ7世」
「今までどこに行っていた?突然消えたから、我々は心配していた」
ハインリヒ7世は何も言わない。彼はモンソン城にあったキリストの像のように、手を横に広げた。僕は彼の前で跪き、そして立ち上がった。彼は僕の体を抱きしめた。エルサレムでボードゥアン4世の家臣になった時と同じで、しっかりと彼の体のかたさと温かさを感じた。僕は目を閉じて涙を流した。
「ハインリヒ7世、会いたかった」
「・・・・・」
少しずつ、彼の体を感じなくなった。目を開けるとハインリヒ7世はもうどこにもいなかった。
「いったい何があった?」
「どうしてハインリヒ7世は姿を現したと思ったら、またすぐに消えてしまう?」
僕は涙をぬぐって、静かに話始めた。
「これは、僕の父さんが言っていた話だけど、人間は1回だけの人生ではなく、何回も生まれ変わる。その生まれ変わりの時、あまりにも辛い体験があると、魂はその記憶を切り離して生まれ変わってしまう。その記憶が亡霊になると言っていた」
「我ら亡霊はみんな切り離された魂の記憶というわけか。受け入れがたい話だが・・・」
「切り離された魂はその辛い記憶を抱えたまま、長い旅をする。そして生まれ変わった元の魂に出会えたならば、切り離された魂、つまり亡霊は元の魂と一緒になって消えてしまう」
「・・・・・」
「ハインリヒ7世の魂は僕に生まれ変わっていた。だから僕に出会って消えてしまった」
「よくわからないが、それはハインリヒ7世にとってよいことなのか?」
「僕の父さんは、それは素晴らしい奇跡だと言っていた」
しばらく、誰も何も言わなかった。
「ハインリヒ7世はたくさんいる私の子孫の中でもとりわけ不憫な子であった。亡霊になってからもずっと目が離せなかった。それがこうして・・・」
「ほんとうによかった。かわいい甥は幸せになれたのだな」
朝早く、僕はたくさんの修道士や孤児院の子に見送られてニコラス先生と一緒に馬車に乗った。修道院の広い敷地の外に出た。
「修道院長は見送ってくれなかった。やっぱり僕は嫌われていたのですね」
「そんなことはない。君が罰を受けるのを見た後、それからこの前の後、あの方は涙を流していた」
「・・・・・」
「旅立ちの日に涙は見せたくない。あの方らしい・・・」
「明日僕はここを出て行く。医者の家に引き取られることが決まった。その人は僕を後継者にしたいと考え、大学にも行かせてくれると言っている。しばらくは街で暮らすが、その後はフランスのリヨンに行く」
「そうか、それはよかった。そなたは医者になるのか?」
「まだなれるかどうかわからないけど、精一杯頑張るよ」
「フランスは我らアラゴン王家の者とも関わりの深い場所、何かあったら我らを呼び出してくれればいい」
「呼び出すってどうやるの?」
「静かな場所で名前を呼んでくれればいい」
遠いフランスに行っても声が聞こえるのだろうか?
「我ら亡霊に時間や場所は関係ない。その気になればどこにでも行ける」
「そうだったね」
「キリスト教の教義についてわからないことがあったら、私を呼んでくれればいい。長年修道院で暮らし、そこにあった本はみんな読んでいる」
「ありがとう、ラミロ2世」
「もし戦いに行くことがあれば、私を呼び出して欲しい」
「戦いに行くことはたぶんないと思うけど、もしそうなったら真っ先に名前を呼ぶ、ペドロ2世」
「私は役に立つような特技は何もないけど、フランス人が義理の孫勝利王シャルル7世について話したら、私のことも思い出して欲しい」
「きっとそうするよ、フアン1世」
それぞれの手を握って言葉を交わした。それぞれ最初に会った時を思い出し、涙が出そうになった。
「それにしても、ハインリヒ7世はどこへ行った?モンソンであれだけそなたに世話になっておきながら、あの時消えてから1度も姿を見せない」
「甥のハインリヒ7世にはまだまだ言いたいことがあったのに、消えたままだからどうすることもできない」
ラミロ2世とペドロ2世はハインリヒ7世のことを話題にした。彼らにどう伝えればいいのだろうか?ハインリヒ7世は反乱を起こす前の姿になって僕の部屋に来てくれた。彼は目が見え、仮面もつけていない。僕と一緒にいろいろな時代、いろいろな場所を旅してどんどん若返っていた。何をどう話せばいいのか・・・
「ハインリヒ7世!」
3人の前に消えそうなハインリヒ7世が姿を現した。前と同じように仮面を付けている。
「本当だ、ハインリヒ7世」
「今までどこに行っていた?突然消えたから、我々は心配していた」
ハインリヒ7世は何も言わない。彼はモンソン城にあったキリストの像のように、手を横に広げた。僕は彼の前で跪き、そして立ち上がった。彼は僕の体を抱きしめた。エルサレムでボードゥアン4世の家臣になった時と同じで、しっかりと彼の体のかたさと温かさを感じた。僕は目を閉じて涙を流した。
「ハインリヒ7世、会いたかった」
「・・・・・」
少しずつ、彼の体を感じなくなった。目を開けるとハインリヒ7世はもうどこにもいなかった。
「いったい何があった?」
「どうしてハインリヒ7世は姿を現したと思ったら、またすぐに消えてしまう?」
僕は涙をぬぐって、静かに話始めた。
「これは、僕の父さんが言っていた話だけど、人間は1回だけの人生ではなく、何回も生まれ変わる。その生まれ変わりの時、あまりにも辛い体験があると、魂はその記憶を切り離して生まれ変わってしまう。その記憶が亡霊になると言っていた」
「我ら亡霊はみんな切り離された魂の記憶というわけか。受け入れがたい話だが・・・」
「切り離された魂はその辛い記憶を抱えたまま、長い旅をする。そして生まれ変わった元の魂に出会えたならば、切り離された魂、つまり亡霊は元の魂と一緒になって消えてしまう」
「・・・・・」
「ハインリヒ7世の魂は僕に生まれ変わっていた。だから僕に出会って消えてしまった」
「よくわからないが、それはハインリヒ7世にとってよいことなのか?」
「僕の父さんは、それは素晴らしい奇跡だと言っていた」
しばらく、誰も何も言わなかった。
「ハインリヒ7世はたくさんいる私の子孫の中でもとりわけ不憫な子であった。亡霊になってからもずっと目が離せなかった。それがこうして・・・」
「ほんとうによかった。かわいい甥は幸せになれたのだな」
朝早く、僕はたくさんの修道士や孤児院の子に見送られてニコラス先生と一緒に馬車に乗った。修道院の広い敷地の外に出た。
「修道院長は見送ってくれなかった。やっぱり僕は嫌われていたのですね」
「そんなことはない。君が罰を受けるのを見た後、それからこの前の後、あの方は涙を流していた」
「・・・・・」
「旅立ちの日に涙は見せたくない。あの方らしい・・・」
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