フェリペとアラゴン王家の亡霊たち

レイナ・ペトロニーラ

文字の大きさ
30 / 40

30、新しい家族

しおりを挟む
 翌朝、ニコラス先生が迎えに来て、僕はまた馬車に乗り街へ向かった。いくつかの小さな村を通り過ぎた後、大きな街に入った。馬車や馬を置くところがある大きな宿屋の前で馬車を下り、そこからは先生や護衛の人と一緒に歩いて僕が引き取られる医者の家に向かった。大きな病院の建物が見えた。そこにその人の家もあると言われた。

 護衛の人は馬車を止めた場所に戻り、僕とニコラス先生だけが石造りの建物の中にある階段を上がった。

「緊張しているのか」
「は、はい」
「君を養子にしたいと申し出てくれたアントンは私がパリの大学で学んだ時の友人だ。医者として優秀なのはもちろんだが、明るく社交的で幅広い友人がいた。貴族の友人と一緒に鷹狩りなどにも行っていた」
「鷹狩りですか?」

 僕は鷹を連れて現れたフアン1世の亡霊を思い出して微笑んだ。

「ほら、笑顔になった。その方がいい。彼はきっと君を気に入ってくれる。心配しなくていい」





 長い階段を上って木の扉の前に出た。ニコラス先生が大きな声で呼ぶと、すぐに扉が開かれて男の人が出て来た。ニコラス先生より少し年上ぐらいか、立派な顎鬚を生やしている。2人はすぐに抱き合った。

「アントン、久しぶりだな」
「ニコラス、よく来てくれた。その子がフェリペか?」

 僕の養父になるその人は僕を上から下まで何度も見た。僕は少し下を向いて挨拶をした。

「はじめまして、フェリペと言います。よろしくお願いします」
「さあ、堅苦しい挨拶は抜きにして、とにかく家の中に入ってくれ。アンナが、私の妻だが、君が来るのを楽しみにして、ご馳走をたくさん用意している」

 家の中に入ってから長い廊下を歩いた。食堂には長いテーブルと10人ぐらい座れる椅子があり、たくさんの前菜が並べられていた。

「まあ、あなたがフェリペなのね」
「はい、よろしくお願いします」
「あなたが来るのを楽しみにしていたのよ」

 女の人にいきなり抱きしめられ、僕はちょっと戸惑った。

「さあ、席に座ってくれ。話はワインを飲みながらにしよう」





「私達夫婦には子供ができなかった。もう何年も前から養子をもらうことを考えていたのだが、なかなか条件に合う子がいなかった」
「条件とは?」
「私達は改宗しているがユダヤ人だ。ユダヤ人の血を引いていて、向学心がありながら家の事情で学ぶ機会がない子供を養子にしたいと考えていた。そして君の手紙をもらった」
「あの手紙を書いた時、フェリペはもう14歳になっていた。どちらかというと養子よりも助手として考えていた」
「だが、あの手紙を読んで私はもう会ったことのない少年に夢中になってしまった。こんなにも知識を求めている子がいるのなら、私はその子を育てて私の持っている知識をすべて与え、さらに大学で学んで新しい知識を吸収してもらえればと考えた」
「大学で新しい知識か」
「今の時代、医学はどんどん進歩している。パリの大学でも盛んに解剖が行われ、新しい本が次々と出版されている」
「そうか。修道院に長年いるとどうも時代の流れから取り残されてしまう」

 2人の話ははずみ、僕は黙って聞いているだけだった。

「だが、修道院は安全だ。この街はそろそろ危なくなっている」
「危ないとはどういう意味だ」
「司教が変わってから、何人かのユダヤ人が殺されている」
「この街もそうなっているのか」
「だから私はここの病院は他の者に任せて近いうちに家族でフランスのリヨンに行くつもりだ。フェリペは来てすぐに環境が変わるのは大変だと思うが、何かあってからでは遅い」
「確かにそうだ。異端審問所に目をつけられるとやっかいだから。前に少し話していたが、私の叔父が書いた手記をラテン語に翻訳してまとめた。君がリヨンに行くならこのノートを持っていて欲しい」

 ニコラス先生はノートを取り出した。

「別にこれを出版してスペインの異端審問所が何をしたか告発するとかそういうこと考えているわけではない。ただ持っていて欲しいだけだ」
「わかった。そうしよう」
「深刻な話にばかりなってしまったが、フェリペは歴史が好きだから、きっと君と気が合うと思う。ここに来る途中、馬車の中でフアン1世の家族についてノートで見ていた」
「フアン1世、不真面目王と呼ばれたアラゴン王か」
「は、はい。フアン1世の娘ビオランテはフランスのアンジュー家に嫁ぎ、娘のマリーがシャルル7世と結婚しているのです!」
「フェリペは私より歴史に詳しい」
「実は私は大学生の頃アラゴンの歴史についていろいろ調べ、フアン1世の真似をして貴族の友達に頼んで鷹狩りも経験した」
「僕も歴史の本を読んでフアン1世にすごく興味を持ちました」

 まさかフアン1世の亡霊に会ったなんてことはとても言えない。本を読んで感動したことにしよう。

「まさか君とアラゴンの歴史の中でも地味なフアン1世について語れるとは思わなかった。フランスに行ったら、一緒に鷹狩りに行こう」
「は、はい・・・」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

処理中です...