フェリペとアラゴン王家の亡霊たち

レイナ・ペトロニーラ

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31、強くなりたい・・・

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「強くなりたい・・・」

 僕が15歳になり修道院から医者のアントンさんの家に引き取られて数日後、夜寝ている時に声が聞こえて目が覚めた。薄暗い部屋にラミロ2世の亡霊がぼおーっと立っている。白っぽい豪華な王様の衣装を着ている。ラミロ2世は生涯のほとんどを修道士として生きた人だから、他の王様のように鎧を着たりマントをつけていたりはしない。

「どうして強くなりたいの?」
「私の兄アルフォンソ1世は戦士王と呼ばれ、いくつもの戦いで勝利した。だが私は修道院育ちで剣も握れず貴族達に馬鹿にされた」
「そうだよね。でも今からは無理だよ」

 ラミロ2世の話なら今までに何度も聞いている。僕は面倒になってそのまま寝てしまった。




「フェリペ、君は強くなりたいのか?」
「え、どうして・・・」

 翌日、朝食の時にアントンさんに聞かれた。

「昨日の夜、君の部屋から話し声が聞こえた」
「すみません、僕は寝言を言ったのですね」
「謝らなくてよい。強くなりたいのなら護身術でも習ってみるか?」
「護身術ですか?」
「最近は親が子供に護身術を習わせるのが流行になっている。騎士になるための長い訓練ではなく、短期間で自分の身を守る方法などを教えてもらえる。フランスに行く時は長旅になるから、何かの時に役に立つかもしれない」
「わかりました。習ってみます」




 その日のうちにアントンさんに連れられて護身術の学校に行った。そこは街から歩いて行ける場所にあり、前は傭兵の訓練所だったが、今は子供が護身術を学ぶ所になっていた。1番短いコースだと10日間、宿舎に泊まって基本的な剣術と馬の乗り方を教えてくれるという。さっそく手続きをしてお金を払い、僕1人だけ宿舎に案内された。孤児院よりはるかに広い1人用の部屋にはベッドの他に様々な時代の鎧兜や衣装、長さの違うたくさんの剣が置いてある。

「ここで習うのは初めてか?」
「はい」
「昼食後、剣術の訓練がある。使う衣装や剣についてはその時説明しよう」

 部屋に1人になった。本の挿絵にあったようないろいろな年代の鎧兜や衣装が並んでいる。鎖でできた鎧などはかなり重い。

「素晴らしいではないか。そなたもそれを身に付けて戦闘訓練を行うのか」

 部屋にラミロ2世の亡霊が現れた。相変わらず派手な王様の衣装を身に付けている。

「ちょっと待って。太陽が出ている明るい時間に亡霊が出ていいの?」
「別に亡霊は夜だけしか出られないというわけではない」
「もし誰か他の人に見られたらどうするの?」
「亡霊が見える人間は滅多にいない」
「でもこの学校にはたくさんの人がいるから、あんまり人前には出ないでね」
「わかっておる。おおー、これはペドロ2世が着ていたのと同じタイプの鎧ではないか。ペドロ2世は私の子孫の中でも特別に強かった」

 ラミロ2世の声は亡霊にしてはかなり大きい。修道院長をやっていて、毎日みんなの前でお祈りしたり説教したりするのだから、声が大きいのは当たり前だと思うが、僕は他の人に聞こえないかヒヤヒヤした。




 昼食後、部屋に戻るとラミロ2世はまだそこにいた。

「今から人が来て今日の衣装や使う剣を選んでもらうから、ラミロ2世はそろそろ消えた方が・・・」
「私の姿が見える者はほとんどいない。大丈夫、気配を消して静かに見ている」
「フェリペ君、入ってもいいか?」

 扉が開いて2人の先生が入って来た。

「今日は特別にレコンキスタ時代の鎧を身に付けて訓練を行う。今の時代は使われていないが、あの時代のアラゴン王がどのような鎧を身に付けていたのか知るのもいいだろう」
「ペドロ2世やハイメ1世の時代ですね」
「君はなかなか歴史に詳しいね」

 2人の先生に手伝ってもらい、鎧を身に付け剣を持った。もちろん剣は練習用で実際に切れたりはしない。甲冑はかなり重くて動きにくい。

「おおー!ペドロ2世にそっくりだ」

 ラミロ2世の亡霊が歓声を上げた。別にそっくりなのは鎧だけであって、中身の僕はペドロ2世とは全く似ていない。何よりもラミロ2世の姿が見えたり、声が聞こえたりしないか、僕は心配でしょうがない。一生懸命身振りで静かにするようにラミロ2世に伝えた。

「どうした、苦しいのか?」
「大丈夫です。鎧を付けるのは初めてなので随分動きにくいなと」
「そうだろう。無理しなくてよい」
「昔のアラゴンの王様は大変だったのですね」
「そう、だがアラゴンは初代から強い王が続いた。ラミロ1世、サンチョ・ラミレス、ペドロ1世、アルフォンソ1世、それから・・・」

 ラミロ2世の亡霊が僕の方を見て、一生懸命自分をアピールしている。彼には悪いが、こんな時は早く消えてもらいたい。

「ラミロ2世ですね」
「ああ、あのウエスカの鐘の修道士王か」

 声の調子が明らかに変わった。ラミロ2世は落ち込んで今にも泣きそうである。でもこの状況を僕はどうすることもできない。
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