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第2章、悪夢と狂気の中で
48、ビエホーの死(1)
しおりを挟む「フアンがかわいがっていたロバのビエホーが死んだ」
ニコラス先生が私に告げた。
「そうですか。フアンがかわいがっていましたが、あのロバはもともと年老いて体も弱っていました」
フアンやフェリペ、アルバロたちと過ごした日々は遠い昔のように思えた。フェリペは医者の家の養子となり、アルバロは傭兵になるための訓練所に入った。みんなそれぞれの場所で忙しくしているに違いない。私だけ1人何もできずにいた。恐ろしい悪夢に悩まされ、薬を飲まなければ夜ぐっすり眠ることはできなかった。ニコラス先生にもらった本でフェニキア文字とヘブライ文字を勉強し、ヘブライ語の本が少しは読めるようになっていた。だが私の心は死んだままであった。
「フアンの悲しみは深く、ほとんど何も食べなくなってしまった・・・」
「そうですか?でもニコラス先生、僕にどうしろというのですか!あの日、フアンの予言は当たり、僕にとっては最悪のことが起きました。カルロス先生は僕はもう2度とフアンと話してはいけないと言いました。フアンには予言の力があり、その予言はすべて本当のことになってしまいます。だからカルロス先生はフアンには誰とも話さないで、ただビエホーとだけ話せと命じました」
「そうであったな」
「ニコラス先生。もしあの日の朝、僕がフアンと話をしなければ僕の両親は殺されなかったのですか?僕の両親と兄は僕の目の前で殺されたのです。拷問を受けて気が狂っている中、それでも僕の名前を呼んでいました。カルロス先生が僕の体を強く押さえて・・・」
「ミゲル、君の両親が殺されたそののは君やフアンのせいではない。キリスト教徒は怖ろしい過ちを犯し、君の両親はその犠牲になったのだ。そして今もいたるところでたくさんのユダヤ人が殺されている」
「僕はどうすればいいのですか?」
「君は静かに勉強に励むのがいい。フアンやビエホーのことを君に話したのは間違えだった。私とカルロス修道院長でなんとかするから君はもう休みなさい。薬はここへおいておこう」
「はい」
ニコラス先生はいつものように薬を置いて部屋を出て行った。私はその薬を飲まずにそのままベッドに入って目をつぶった。フェリペと初めて話をしたのは、年老いたロバ、ビエホーのいる小屋の前であった。フェリペは勉強好きでニコラス先生からたくさんのことを学び、ニコラス先生の友人で医者である人の養子になった。幸せだった頃の私たちの話、そして1人ぼっちになってしまったフアンの話をビエホーはいつも聞いていたに違いない。そしてひっそりと遠くへ旅立ってしまった。
「フアンはまだ何も食べていないのか!」
「水だけは飲ませています。でもそれ以外の食べ物は口にしていません」
「そなたは医者であろう、そういう時に役立つ薬とかないのか!」
遠くからカルロス先生とニコラス先生の話す声が聞こえた。カルロス先生はかなり苛立っている。
「カルロス修道院長、落ち着いてよく聞いてください。フアンは今、死のうとしています。たった1人の友、ビエホーを失ってあの子の心は悲しみに押しつぶされそうになっています」
「たかがロバではないか!ロバなど農家に行けばいくらでももらえる」
「ただのロバではありません!フアンにとっては大切な友でした。カルロス院長、あなたがフアンが他の子と話すのを禁じたからです」
「フアンは怖ろしい子だ。あの子の言うことはすべて現実になってしまう。ミゲルの両親の時もそうだった。フアンの何気ない言葉が・・・」
「ミゲルの家族を殺したのはキリスト教徒です!キリスト教の聖職者が財産没収を目当てに各地でユダヤ人に罪をなすりつけ、処刑していると聞いています。ミゲルの家族もその犠牲になったのです」
「ニコラスよ。その話はこれくらいで終わりにしてくれ。私もキリスト教の聖職者だ。それ以上の話を聞いたら私はそなたを追放しなければいけなくなる」
「もうしわけございません・・・」
「このままではフアンは死んでしまう。無理にでも何か食べさせることはできないのか!ああ、じれったい・・・」
「ミゲルに会わせてみますか。前に2人は兄弟のように仲良しでした。ミゲルにならフアンも心を開くかもしれません」
「いや、だめだ!フアンとミゲルを会わせるわけにはいかない。あの日、フアンの言葉がなければミゲルの家族は殺されなかったかもしれない。フアンは災いを招く呪われた子だ。あの子は人間ではなくロバとだけ話をすればいいのだ。そうか、別のロバを連れてくればいいのか。年老いて働けなくなったロバなど農家に行けばいくらでもいる。ロバをもらってこよう」
「わかりました。明日の朝、さっそく見張りの兵士に話してロバを連れてくるようにしましょう」
「いや、それでは間に合わない。私が直接探しに行く」
「カルロス院長、それは困ります」
「私は昔戦場に行ったこともある。馬の扱いならここにいる誰よりも慣れている」
「そうですが、カルロス院長、ロバを探しに行くのでしたら何も院長が行かなくても・・・」
「ここにじっとしてはいられない。明日のミサは他の者に任せた」
ドアを激しく閉める音が聞こえた。カルロス先生が出て行ったらしい。
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