連累/吉鶴話譚

蘭歌

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連累一、二

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連累 一
 私は、父の事をほとんど知らない。父は、津軽から東京に出てきて警察官をしていたらしい。それも戦前の話で、父は私が生まれる一年前、昭和十八年に病で亡くなった。写真などはすべて戦争で燃えてしまったから、私は父の顔すら知らない。ただ、母が私は父と顔つきがよく似ているというので、漠然とこんな顔だったのだろうとは思っている。
 両親は遠縁の親戚で、三十を過ぎても独り身の父のもとへ十七も離れた母が嫁いだのは、関東大震災の二年後の事。父は母の事が厄介だったのか、ほとんど家に寄りつかず、帰ってくるのも、顔を合わせるのも月に一度、生活費を渡しに来る時だけだったらしい。それ以外をどこで過ごしていたのか、母も知らないという。それでも、最期の数か月を一緒に過ごせたからとても幸せだったと、微笑んでいた。
 母は、父に愛されていたという。母子二人、苦労せずに暮らすだけのものを遺してくれた、と。けれど、やっぱり寂しかったりと言うのはあったのだろう。私が成長するにつれ、母は私の事を、父と誤認する事が多くなった。そのつもりはなかったのかもしれないが、父の代わりとして、私の事を見ていたのではないかと思う。
 だから私は、父がとても薄情で、冷酷な男と思えて仕方なかった。確かに、同じような家庭に比べて、特に不自由なく暮らし、私が高校にも普通に通えるだけのものは、遺してくれていた。それだけだ。母の事も、存在を知らないであろう私の事も、愛しては居なかったと、どうしてもそうとしか思えない。
そうやって過ごしてきたから、私は父親というものからの愛情に飢えていたし、父の事を知りたいと思った。しかし、当時の父を知る人もみな、寿命や戦禍で鬼籍に入ったり行方不明であったりと、父の事を知る術が何もなかった。
 手詰まりであった私に、転機が訪れたのは、偶々母と聞いていたラジオから流れる落語だった。


連累 二
 私が父の事を詳しく知るきっかけとなったのは、そのラジオで落語を語っていた師匠、R師匠の事を知ってからだ。母が言うには、R師匠は父の葬式に来ており、父が贔屓にしていたそうだ。
その時まで、私は落語に興味がなく、R師匠の事も知らなかった。けれども勤め先が新聞社であったことが、功を奏した。芸能担当の同期に頼み込み、師匠の自宅や人となりを聞き出すことができたのだから。
 R師匠になら、父の事を聞けるのではないか。そう考えた私がR師匠を尋ねたのは、十九歳の夏の事。丁度、オリンピックの一年前だった。何の前触れもなく家へと押し掛けた私を見て、師匠は少し呆然としながら、父の名前を呼んだ。若く見られがちだった師匠の、真っ黒い目が大きく見開かれた後、嬉しそうに目を細めたのを、覚えている。
「Hさん……お帰りなさい」
 そう言って微笑む師匠は幸せそうで、師匠の目が、母が私を父と誤認する時と同じで一瞬、私は言葉に詰まってしまった。この人も、母と同じなのだと。
「Hは自分の父です。俺は、Kと言います」
「え……あ、あぁ……すみません……僕がRです」
 私が名乗ると、師匠は一瞬何を言っているのかと言いたげな顔をしていた。けれども、少し間を置いて息を吐いた師匠は、先ほどとは異なる笑みを浮かべて、名乗ってくれた。
 父の事を聞きたいというと、少し悩んだ後、今日は時間がないので、別の日に、と。そうして、帰り際。
「貴方がどう思っているかわかりませんが、あの人は、Tさんは、とても情け深い人でしたよ」
 と微笑んだ。
 それが私とR師匠の三十年近くになった付き合いの始まりだった。
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