連累/吉鶴話譚

蘭歌

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弟子入りの話、師匠の家の話、幽霊の話

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弟子入りした日の話
 僕が師匠、涼明のもとに弟子入りしたのは昭和三十九年の冬の入り口、丁度オリンピックの熱が落ち着き始めた頃だった。当時、大学四年生で、就職活動を周りがする中、僕は某寄席の楽屋口で師匠を待っていた。
 弟子を取る気はないといった師匠に、ならその気になる日まで毎日通います、と返して、その通りに毎日お願いに行っていた。普通は、ツテなどを使うものだし、それをしないと言うのは、かなり異例だったと思う。
 それでも、言った通り毎日師匠の元へ行って、七日目の事。どうして弟子入りしたいのか、と初めて聞かれた。僕は、師匠が銀鼠の着物-僕もよく着ている-を着てやる怪談噺が好きで、師匠に弟子入りしたいと思っていた。それをそのまま伝えると、師匠は少し黙り込んでから、年は?と聞かれた。家族の許しは?とも。
 僕は庶子だったから、勝手に野垂れ死ね、位の事を昔から言われていて、それをそのままはさすがに言えず、大丈夫ですとだけ、答えたと思う。そうしたら、大学は卒業すること、それまでは見習いとして稽古をつける、と言ってくれた。まぁ、つまりは弟子入りを認めてもらった。
 翌日、師匠が一応親にも話を、と普通は連れて来いって言うのに、わざわざ家に来てくれて、正直申し訳なかった。玄関先で、あの親たちは色々とまぁ言いやがった。それで師匠、
「わかりました。彼は今後家で預かります」
って、僕は内弟子-住みこみ-になることが決まった。本音を言えば、嬉しかった。家を早く出たいと思っていたから、すごくありがたいとも思った。
 それからは、学業と稽古とってひいこら言いながらの生活だったけれど、楽しい時間でもあったと思う。


師匠の家の話
 師匠の家は神保町の辺りにあった。平屋で、そこそこ広い家だ。師匠の部屋と客間、居間と僕が使わせてもらっていた部屋に、通いのお手伝いさんが使っていた部屋もあった。
 師匠は最期まで独り身だったので、家の事は通いのお手伝いさんがほとんどやってくれていた。僕の事も何かと世話を焼いてくれて、学生時代、昼を挟む講義の時はよく弁当を作ってもらったりもした。こんなことを言うのもなんだけれど、ある意味生みの母に次ぐ、もう一人の母親のような人だ。
 稽古はいつも、師匠の部屋で行っていた。七畳半の部屋は箪笥と本棚、机ぐらいしか物がなく、物の少なさに初めの頃は驚いたりもしていた。稽古をしている時以外、師匠は大概ぼんやりと庭の、姫りんごの木を眺めていることが多かった。
 ほかに、メスの三毛猫が一匹、いついていた。ミケと呼ばれていたそいつは、別に飼っていたわけではない。けれど、普通に家に上がり込み、お手伝いさんに魚の切れ端をもらったり、師匠の膝の上で寛いで居たり。僕の所にもよく来るので、ご機嫌取りはよくしていた。
 でも、その猫の一番の目当ては客間に現れる幽霊だった。


幽霊の話
 この話は、まぁ、信じるも信じないも自由だけれども、師匠の家には幽霊がいた。右目が紫の若い男の幽霊。名前は寛涛。年は見た目だけなら中高生ぐらいに見えたけれども、本人曰く享年二十三だとか。
 師匠がいると絶対に出てこないし、存在も明かすなよ、と言い張る奴には、なんだかんだ、色々とアドバイスをもらったりもした。なお、本人の口癖は、師匠が言う事をまずは第一に優先しろ。それはもちろん、当然の事ではあったし、そういう風にはしていたけれども、師匠と寛涛の言う事は大体同じようなことだった。それに、師匠に指摘された点は寛涛のアドバイス通りにすると、改善されることが多かった。
 二つ目になって、師匠から好きにやっていいと言われ、譲られただいぶ傷んだネタ帳に纏められていたのは、僕が弟子入りを志願した切っ掛けの怪談噺達。それを稽古する様になると、寛涛は俺が教えてやるよ、とニヨニヨ笑っていた。ネタ帳の中には、師匠がやるものもあれば、全く聞いたことのないものもある。すべて同じ人が作ったというそれを、彼はすべて聞いたことがあると言っていた。正直、音源も何もないのでありがたかったけれども、それが原因でしくじりそうにもなった。
 なんだかんだ、寛涛との付き合いは僕が今の名前を継ぐまで続いた。
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