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Kの話、師匠の話
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Kの話
Kと最初に合ったのは、弟子入りして数か月ほどたした頃。師匠を尋ねてきた奴に、正直最初から嫌な感じしかしなかった。生真面目そうでもどこか陰鬱な雰囲気を纏っていて、何となく直感的に嫌だった。今ならまぁ、それが同族嫌悪だとわかっているけれど。
アイツは、師匠に会いたいと来て、名前を出せばすぐにわかるとだけ言って、用件を告げようとはしない。師匠にお伺いを立ててきたふりをして追い返してしまおうと思っていたけれども、その時はなぜか、師匠がすでに玄関にいた。うっそりと笑ったアイツが、師匠に声を掛けた時の事は、今でも覚えている。普段から年よりだいぶ若く見られていた原因の一つの、黒目がちで光の薄い目が、いつもより黒く暗くて、呼ばれたのに応じる声も幼くなった。なにより、こう、師匠が纏っていた未亡人じみた空気が、変わった。どう、と言われると説明はできないけれども、とにかく、思わず固まってしまうような変化だった。
それ以降、俺は何かとKが師匠に近づかない様にしていたけれど、まぁ、無理だったのは見ればわかるだろう?
師匠が抱えているものに、僕が初めて気づいたのも、この時だった。確かに何度か師匠の言動がおかしいかも、と思ったことはあったけれども、気にしたことはなかった。
師匠の話
師匠は、心を病んでいた。それも、誰も気づかない位静かに。
確かに、どこか浮世離れしたような師匠ではあったし、どこか未亡人じみた空気を纏っていて、光の薄い目をしてはいたけれども、それだけ。普段普通に生活する分には、そう言った兆候はどこにもなかった。
Kと初めて会ったあの日。師匠がKを連れて、客間に下がってしまった後、お手伝いさんの所へと駆け込んだ。その場にいる中で、一番師匠との付き合いが長いのは彼女だったから。そうして、見たものをそのまま伝えると、彼女は驚きもせず、目を伏せて、そっとしておいてあげて、といった。正直に言って、ハイそうですか、とは言えない。その時は、まるで師匠が師匠でなくなってしまったような、そんな気がしてならなかった。
「私も、これは又聞きよ。師匠は、心を病んでるの。記憶に混濁が起こったり、亡くなった人が生きている様に振る舞ったり。そうなってしまうだけの、辛いことが師匠にはあったから。だから、たまの幻影に浸るのは、許してあげて」
納得していない僕の様子に、彼女はそれもそうよね、と、少しためらった後、そう話してくれた。Kが訪ねて来た時だけでなく、時折、あの人が返ってくるから、と自分で二人分の夕食と、師匠は飲まない酒も用意して、ぼんやりと誰かを待っていることがあるのだという。
その頃の僕はまだ若かったから、そのままにしてしまったら、師匠が幻覚から戻ってこられなくなってしまうと、そう思ってしまった。そのまま、客間に行って、 嘘をついてKを師匠から引きはがした。Kは特に反論も抵抗もせず、大人しく帰っていったけれども、それを残念そうに見送る師匠は、やっぱりどこか、正気ではなかった。
師匠はKの事をKとして認識しておらず、Kもそれで構わないとふるまっていた。それが何だかとても歪で、Kに対しての嫌悪感だけが僕の中で膨らんでいった。
もっとも、その嫌悪感は最終的に同族意識に飲まれ、今では奴とは身内であるのだから、人はわからないものだと思う。本当に。
Kと最初に合ったのは、弟子入りして数か月ほどたした頃。師匠を尋ねてきた奴に、正直最初から嫌な感じしかしなかった。生真面目そうでもどこか陰鬱な雰囲気を纏っていて、何となく直感的に嫌だった。今ならまぁ、それが同族嫌悪だとわかっているけれど。
アイツは、師匠に会いたいと来て、名前を出せばすぐにわかるとだけ言って、用件を告げようとはしない。師匠にお伺いを立ててきたふりをして追い返してしまおうと思っていたけれども、その時はなぜか、師匠がすでに玄関にいた。うっそりと笑ったアイツが、師匠に声を掛けた時の事は、今でも覚えている。普段から年よりだいぶ若く見られていた原因の一つの、黒目がちで光の薄い目が、いつもより黒く暗くて、呼ばれたのに応じる声も幼くなった。なにより、こう、師匠が纏っていた未亡人じみた空気が、変わった。どう、と言われると説明はできないけれども、とにかく、思わず固まってしまうような変化だった。
それ以降、俺は何かとKが師匠に近づかない様にしていたけれど、まぁ、無理だったのは見ればわかるだろう?
師匠が抱えているものに、僕が初めて気づいたのも、この時だった。確かに何度か師匠の言動がおかしいかも、と思ったことはあったけれども、気にしたことはなかった。
師匠の話
師匠は、心を病んでいた。それも、誰も気づかない位静かに。
確かに、どこか浮世離れしたような師匠ではあったし、どこか未亡人じみた空気を纏っていて、光の薄い目をしてはいたけれども、それだけ。普段普通に生活する分には、そう言った兆候はどこにもなかった。
Kと初めて会ったあの日。師匠がKを連れて、客間に下がってしまった後、お手伝いさんの所へと駆け込んだ。その場にいる中で、一番師匠との付き合いが長いのは彼女だったから。そうして、見たものをそのまま伝えると、彼女は驚きもせず、目を伏せて、そっとしておいてあげて、といった。正直に言って、ハイそうですか、とは言えない。その時は、まるで師匠が師匠でなくなってしまったような、そんな気がしてならなかった。
「私も、これは又聞きよ。師匠は、心を病んでるの。記憶に混濁が起こったり、亡くなった人が生きている様に振る舞ったり。そうなってしまうだけの、辛いことが師匠にはあったから。だから、たまの幻影に浸るのは、許してあげて」
納得していない僕の様子に、彼女はそれもそうよね、と、少しためらった後、そう話してくれた。Kが訪ねて来た時だけでなく、時折、あの人が返ってくるから、と自分で二人分の夕食と、師匠は飲まない酒も用意して、ぼんやりと誰かを待っていることがあるのだという。
その頃の僕はまだ若かったから、そのままにしてしまったら、師匠が幻覚から戻ってこられなくなってしまうと、そう思ってしまった。そのまま、客間に行って、 嘘をついてKを師匠から引きはがした。Kは特に反論も抵抗もせず、大人しく帰っていったけれども、それを残念そうに見送る師匠は、やっぱりどこか、正気ではなかった。
師匠はKの事をKとして認識しておらず、Kもそれで構わないとふるまっていた。それが何だかとても歪で、Kに対しての嫌悪感だけが僕の中で膨らんでいった。
もっとも、その嫌悪感は最終的に同族意識に飲まれ、今では奴とは身内であるのだから、人はわからないものだと思う。本当に。
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