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自由なんだ
しおりを挟むサラン辺境伯爵家は、ギルバートの言葉通り山に囲まれた高地に建てられていた。アリは、休養のため客人として、二ヶ月の間を辺境伯爵家で過ごすことになった。
両親は渋っていたものの、ギルバートが説得をしてくれたようだ。出発するとき、強く強く抱きしめられた。けれど、アリは泣くことも笑みを返すこともしない。いや、できなかった。
フルーリ伯爵家に囚われていた二年間で、アリは両親とどのように接していたのかわからなくなってしまっていた。それは、両親も同じだ。
(行ってきます。お父様、お母様)
心の中で挨拶を終えると、両親の手を離す。今のアリには、悲しむ彼らを慰める術がない。
「君は客人だ。ゆっくりするといい」
ギルバートが、屋敷の中を案内してくれる。
頷くと、頭に手が伸びてくる。咄嗟に全身を強張らせてしまった。
「……すまない。怖がらせたな」
引っ込められた手を見つめながら、撫でてくれようとしたのだと気がつく。長い睫毛を伏せたアリは、怯えてしまったことを後悔する。
人の手が怖い。アリを縛る鎖は外されていても、心に残った痣(あざ)は消えてはくれない。首や手足にも、黒ずんだ痕が残っている。アリは未だに、フルーリ伯爵に縛られて逃げられない。
(撫でてほしい……)
ギルバートに触れられた瞬間の、安堵感や温かさを忘れられない。だから触れてほしいと思うのだろうか。
安心感を得ようと、無意識的に救いを求めているのかもしれない。
廊下を進もうとしていたギルバートの服の裾を握る。違和感に気がついたギルバートが、アリへと再び視線を向けてくれた。
紫の瞳を見返すと、彼がゆっくりと手を上げる。今度は怖がらないように、少しだけ気合を入れた。
か弱い小動物にでも触れるかのように、ギルバートがアリの頭を撫でてくれる。ほんの少しの恐怖と、一欠片の胸の温かさに、アリは泣きたい気持ちになった。目を細め、唇を噛みしめる。
「あの日俺は、伯爵家の調査任務を任されていた。君と出会ったのは偶然だけど、俺が見つけられて良かったと思ってる。伯爵家を我が家だと思って過ごしてほしい。少しずつ元の生活に慣れていけばいいんだ」
「っ……」
偶然見つけただけのアリに、ギルバートは心底優しい。お人好しな性格なのだろう。今はそのお人好しが、なによりもありがたい。
アリのために用意されていた部屋は、広々としていて美しかった。窓から見える景色は、遠くまで緑黄に彩られている。
「荷物を置いたら食事にしよう。元気が出る」
頷くのを確認したギルバートが、一旦部屋から出ていく。
先に送られていた荷物が部屋の隅にまとめられていた。それ等を遠目に見つめながら、この瞬間が現実なのか疑問に感じる。眠るたびに、あの日々に戻ってしまうのではないのか? と怖くてたまらない。
手を握っては開いて、自分がこの場に存在していることを確かめてみた。備え付けられた鏡を覗き込むと、顔色の悪い痩せた青年が映る。伸びっぱなしの黒髪が肩まで降りている。それが暗い雰囲気を増長させていた。これが今のアリだ。
──彼の側に居れば、なにも怖くなんてない。
本気でそう思えてしまう。ギルバートからはその力強さと、頼りがいを感じる。だから、勉強伯爵家で過ごす期間が、暗かった日々を忘れさせてくれるのではないだろうか。そう期待してしまう。
ある程度荷物を片付けると、使用人に食堂へと案内してもらう。
派手さはないが、洗練された内装の辺境伯爵家を見ていると、当主であるギルバートの性格が伝わってくる。
コツコツと靴が床を蹴る音を耳に入れながら、自分は自由なのだと実感できる気がした。
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