2 / 10
再会
②
しおりを挟む
彼を好きになったきっかけは些細なことだった。
中学3年の時、親と喧嘩して家を飛び出して、もうあんな家帰らないって反抗期真っ只中だった俺はただ宛もなく夜道を歩いていた。
商店街の賑やかな雰囲気が嫌で、少し外れた場所に向かって歩きながら、ぎゅるるっと音の鳴る腹を押えて、ボソリと腹減ったって呟く。
喧嘩の理由なんて覚えちゃいないくらい小さなことだった。靴下を表にして洗濯に出さなかったとか、鞄を床に置きっぱにしてたとか、そんなこと。ただ、何もかもに腹が立っている時期で、ちょっと注意されてムカついて家を飛び出した。学校から帰ってきて何も食べてなくて腹も減っていて財布とかも置きっぱにしてきたから本当にどうしようもない。
目に付いたお店の壁に背を預けて屈んで、胃になにか入れろと鳴き続ける腹を押える。
「そんな所でなにしてんの?」
そんな時に声をかけてきたのが小野田さんだった。その時はチャラそうな人に声をかけられたなくらいの感じで、おっさんが話しかけてくるな!ぐらいにしか思っていなかった。我ながらやさぐれていたと思う。
「……関係なくね」
「ここ、家の店だから関係あるんだよ」
「あ……そうなんだ。じゃあすぐどくから」
『純喫茶なごみ』と書かれたプレートが目に止まって慌てて立ち上がった。学生が居ると通報されても困るから。でも、空気の読めない腹の虫が立ち上がろうとした瞬間に盛大に鳴いた。
それを聞いていたおっさんが、眉を垂れさせて腹減ったなら中に入りなって言ってくれる。
「……金持ってないから」
「サービスするよ。いいからおいで」
見た目に反して優しい人だと思った。まだ家にも帰りたくなくて、腹も減っていた俺は彼の言葉を信じてほいほいと喫茶店の中へと足を踏み入れた。
優しい雰囲気のレトロなお店。老舗感があって、街に溢れてるカフェとか気取った所よりも落ち着くなって思った。
「何処でも好きな所に座ってていいから。少し待ってて」
「……うん」
たまたま客も居なくて、適当に目に付いた隅っこの席に腰掛けた。その席は後に兎のぬいぐるみと予約席のプレートで占領されることになるあの席だった。
「コーヒーは飲める?」
「……えーと……」
苦くて飲めないなんて言うのは恥ずかしくて、ちっぽけなプライドが邪魔して口篭ると、彼は何かを察してくれたのか何も言わずにカップを1つ棚から取り出した。
流れるような所作で飲み物と料理を作っていく彼をぼーっと見つめながら、かっこいいなって自然と思う。
自分の恋愛対象が同性だと気がついたのは小学生の時で、そのことは親にも隠さずに話している。だからなのか、自然と彼に見惚れている自分を受け入れていた。
「簡単なものしか作れなかったけど」
そう言って出されたのはふわふわの卵が乗ったオムライスと先程のカップに入った真っ白な液体。
「……いただきます」
スプーンを手に取っておそるおそるそれを口へと運ぶ。口の中で卵が蕩けて、次にケチャップライスの甘みと酸味が口内で弾けてオムライスを掬う手が止まらなくなった。
世の中にこんなに美味しいものがあるのかって本気で思った。それは多分ものすごく腹が減っていた事も理由だったんだろうけど、ただその時は本気でこのオムライスは世界一だと思えたんだ。
馬鹿な俺はがっつきすぎてむせてしまって、慌てて用意されていた白い液体を口へと運んだ。
柔らかなミルクの甘さが口内と喉を洗い流してくれる。すごく美味しくて、まるで優しさを詰め込んだみたいなその飲み物に意識が一瞬で奪われた。
「なにこれ。めっちゃ美味い」
「ホットミルクだよ。気に入って貰えたんなら良かった」
「うん!なんか、俺、嫌なことあって落ち込んでたけどオムライスとこれ飲んだらそんなの何処かに吹っ飛んだ気がする!」
俺の言葉を聞き終えたおっさんがふわりと笑って、それなら良かったって言ってくれた。その笑顔に胸がドキリと跳ねて、その瞬間俺は恋に落ちたんだ。
中学3年の時、親と喧嘩して家を飛び出して、もうあんな家帰らないって反抗期真っ只中だった俺はただ宛もなく夜道を歩いていた。
商店街の賑やかな雰囲気が嫌で、少し外れた場所に向かって歩きながら、ぎゅるるっと音の鳴る腹を押えて、ボソリと腹減ったって呟く。
喧嘩の理由なんて覚えちゃいないくらい小さなことだった。靴下を表にして洗濯に出さなかったとか、鞄を床に置きっぱにしてたとか、そんなこと。ただ、何もかもに腹が立っている時期で、ちょっと注意されてムカついて家を飛び出した。学校から帰ってきて何も食べてなくて腹も減っていて財布とかも置きっぱにしてきたから本当にどうしようもない。
目に付いたお店の壁に背を預けて屈んで、胃になにか入れろと鳴き続ける腹を押える。
「そんな所でなにしてんの?」
そんな時に声をかけてきたのが小野田さんだった。その時はチャラそうな人に声をかけられたなくらいの感じで、おっさんが話しかけてくるな!ぐらいにしか思っていなかった。我ながらやさぐれていたと思う。
「……関係なくね」
「ここ、家の店だから関係あるんだよ」
「あ……そうなんだ。じゃあすぐどくから」
『純喫茶なごみ』と書かれたプレートが目に止まって慌てて立ち上がった。学生が居ると通報されても困るから。でも、空気の読めない腹の虫が立ち上がろうとした瞬間に盛大に鳴いた。
それを聞いていたおっさんが、眉を垂れさせて腹減ったなら中に入りなって言ってくれる。
「……金持ってないから」
「サービスするよ。いいからおいで」
見た目に反して優しい人だと思った。まだ家にも帰りたくなくて、腹も減っていた俺は彼の言葉を信じてほいほいと喫茶店の中へと足を踏み入れた。
優しい雰囲気のレトロなお店。老舗感があって、街に溢れてるカフェとか気取った所よりも落ち着くなって思った。
「何処でも好きな所に座ってていいから。少し待ってて」
「……うん」
たまたま客も居なくて、適当に目に付いた隅っこの席に腰掛けた。その席は後に兎のぬいぐるみと予約席のプレートで占領されることになるあの席だった。
「コーヒーは飲める?」
「……えーと……」
苦くて飲めないなんて言うのは恥ずかしくて、ちっぽけなプライドが邪魔して口篭ると、彼は何かを察してくれたのか何も言わずにカップを1つ棚から取り出した。
流れるような所作で飲み物と料理を作っていく彼をぼーっと見つめながら、かっこいいなって自然と思う。
自分の恋愛対象が同性だと気がついたのは小学生の時で、そのことは親にも隠さずに話している。だからなのか、自然と彼に見惚れている自分を受け入れていた。
「簡単なものしか作れなかったけど」
そう言って出されたのはふわふわの卵が乗ったオムライスと先程のカップに入った真っ白な液体。
「……いただきます」
スプーンを手に取っておそるおそるそれを口へと運ぶ。口の中で卵が蕩けて、次にケチャップライスの甘みと酸味が口内で弾けてオムライスを掬う手が止まらなくなった。
世の中にこんなに美味しいものがあるのかって本気で思った。それは多分ものすごく腹が減っていた事も理由だったんだろうけど、ただその時は本気でこのオムライスは世界一だと思えたんだ。
馬鹿な俺はがっつきすぎてむせてしまって、慌てて用意されていた白い液体を口へと運んだ。
柔らかなミルクの甘さが口内と喉を洗い流してくれる。すごく美味しくて、まるで優しさを詰め込んだみたいなその飲み物に意識が一瞬で奪われた。
「なにこれ。めっちゃ美味い」
「ホットミルクだよ。気に入って貰えたんなら良かった」
「うん!なんか、俺、嫌なことあって落ち込んでたけどオムライスとこれ飲んだらそんなの何処かに吹っ飛んだ気がする!」
俺の言葉を聞き終えたおっさんがふわりと笑って、それなら良かったって言ってくれた。その笑顔に胸がドキリと跳ねて、その瞬間俺は恋に落ちたんだ。
0
あなたにおすすめの小説
男子高校に入学したらハーレムでした!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
ゆっくり書いていきます。
毎日19時更新です。
よろしくお願い致します。
2022.04.28
お気に入り、栞ありがとうございます。
とても励みになります。
引き続き宜しくお願いします。
2022.05.01
近々番外編SSをあげます。
よければ覗いてみてください。
2022.05.10
お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。
精一杯書いていきます。
2022.05.15
閲覧、お気に入り、ありがとうございます。
読んでいただけてとても嬉しいです。
近々番外編をあげます。
良ければ覗いてみてください。
2022.05.28
今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。
次作も頑張って書きます。
よろしくおねがいします。
【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている
キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。
今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。
魔法と剣が支配するリオセルト大陸。
平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。
過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。
すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。
――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。
切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。
全8話
お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
【BL】捨てられたSubが甘やかされる話
橘スミレ
BL
渚は最低最悪なパートナーに追い出され行く宛もなく彷徨っていた。
もうダメだと倒れ込んだ時、オーナーと呼ばれる男に拾われた。
オーナーさんは理玖さんという名前で、優しくて暖かいDomだ。
ただ執着心がすごく強い。渚の全てを知って管理したがる。
特に食へのこだわりが強く、渚が食べるもの全てを知ろうとする。
でもその執着が捨てられた渚にとっては心地よく、気味が悪いほどの執着が欲しくなってしまう。
理玖さんの執着は日に日に重みを増していくが、渚はどこまでも幸福として受け入れてゆく。
そんな風な激重DomによってドロドロにされちゃうSubのお話です!
アルファポリス限定で連載中
二日に一度を目安に更新しております
借金のカタに同居したら、毎日甘く溺愛されてます
なの
BL
父親の残した借金を背負い、掛け持ちバイトで食いつなぐ毎日。
そんな俺の前に現れたのは──御曹司の男。
「借金は俺が肩代わりする。その代わり、今日からお前は俺のものだ」
脅すように言ってきたくせに、実際はやたらと優しいし、甘すぎる……!
高級スイーツを買ってきたり、風邪をひけば看病してくれたり、これって本当に借金返済のはずだったよな!?
借金から始まる強制同居は、いつしか恋へと変わっていく──。
冷酷な御曹司 × 借金持ち庶民の同居生活は、溺愛だらけで逃げ場なし!?
短編小説です。サクッと読んでいただけると嬉しいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる