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予期せぬ客人3
しおりを挟む「ゆっくり呼吸するんだ。焦らなくていいから、すべて吐き出してしまえ」
穏やかさの中に心配の色を含んだ声が、砂嵐のように聞こえていた周りの音を振り払ってくれる。背に添えられた手がゆっくりと上下に動き、それに合わせるように花が喉を通り過ぎて行く。
スイートバイオレットが散らばる薬屋の中に、僕の嗚咽と「大丈夫だ」っていうライアン様の声が響いていた。
「僕っ、ごめんなさいっ」
花を吐きながら何度も謝罪の言葉を口に出す。
ライアン様の心が欲しかった。身分も、立場も、病すら飛び越えて、僕だけを見つめてほしいと望んでしまったんだ。
業火の中で見た背を追いかけ続けていた。手を伸ばしても空を切るばかり。ライアン様の武勇伝を聞くだけで満足だと心に言い聞かせてきたのに、いつからそれだけでは満足できなくなったのだろうか。
「っ、ごめんなさい」
心はその人だけのモノなのに、卑しい方法で手に入れようとするなんて間違っていたんだ。
「なぜ謝るんだ? それにこれは花患いだろう……」
「うっ、ヒクっ、好きなんですっ! 貴方のことがっ、ライアン様のことを愛しています! だからっ、貴方の心が欲しかった」
掬っても、捨てても、湧き水のように思いは溢れてくるばかり。それならいっそのこと死んだほうがましだとすら思っていた。
「俺の心はすでに君のものだ」
「違うんです……っ、貴方のその気持ちは作られたものなんです」
「……どういうことだ?」
涙が止まらない。嗚咽を噛み殺し、震える声で言葉を発する。僕の思いはきっと今日すべて粉々に砕けてしまうのだろう。それでもよかった。
死ぬ前にどんな形でもいいから、このくすぶる想いをライアン様に伝えておきたいから。
「貴方が眠っている隙に呪いをかけたんです……。目を覚ましたとき、初めて見た人物を好きになってしまう呪いです。媚薬と同じように相手に心をささげてしまう呪い」
「俺がそれにかかっていると?」
「……はい。もうおわかりだと思いますが、僕は十二歳のときに故郷であるリトル村であなたに助けられました。その日、分不相応にも貴方に恋をしたのです。花患いになったのもそのときです。……死ぬ前に貴方に思いを伝えたかった……。命を救ってくださった感謝をちゃんと……ごほっ、げほ」
「もうなにも言わなくていい」
冷たくも捉えられる言葉に唇を噛みしめる。これで全部終わったんだ。ライアン様に会えるのはきっとこれが最後になるだろう。諦めるように固く瞳を閉じた。
刹那、ふわりと体が浮いて驚く。ライアン様に抱きあげられているとわかったのは、少し早い規則的な心音が耳に届いたからだった。
「ラ、ライアン様⁉」
「横になった方がいい」
なだめるように言われてうつむく。顔を見ることなんてできない。それに、ライアン様が僕に優しくしてくれる理由もわからないんだ。嫌われたっておかしくないことをしたから。
「っ、どうして怒らないのですか。どうしてっ……僕は救われた命すら全うできないというのに……」
思いを吐露するたびに花弁が舞う。ライアン様に触れているおかげで少しは症状が治まってきている。それでも昔より症状は進行していて、死期の香りが漂ってくる気配がある。
寝室に入ると、ベッドに寝かしてくれた。横になると少しだけましに思える。今日は店じまいするべきだろう。
「花患いは別名片恋症とも呼ばれる。両想いになれば治るはずだ。俺は君のことを愛している。君も同じ気持ちなら直に完治するだろう」
「ライアン様のそのお気持ちは呪いによって作られたものです。だから……」
真実の愛で完治するというのなら、きっと病は治らない。これはきっと天罰なんだ。目の前にあるライアン様の手にそっと触れてみる。
初めからこうやって素直に手を伸ばしていれば……。後悔しても遅いのに、最近は悔いるばかりだ。
「……少し寝た方がいい」
手を握り返されてまた涙が流れる。目を覚ましたらなにもかもなかったことになっていないだろうか。そうすれば、こんなにも苦しい思いなんてしなくてもいいのに。
そっと目を閉じると、おでこを撫でられた。その後に、唇が同じ場所に寄せられる感覚がする。
(どうか目が覚めたらライアン様にかけられた呪いが解けていますように……)
願いながら意識を暗闇へと沈めていく。愛おしい人の体温が道しるべのように眠りに誘ってくれる。
「きっと俺たちの運命は業火の中で出会ったあの日に始まっていたんだ」
ライアン様がなにかを呟いた気がしたけれど、その音は僕には届かなかった。
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もし読んでくださる中で日本語のおかしな点をご指摘いただけましたら、
本当にありがたく思います。
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