13 / 15
⑬
しおりを挟む
アルバーノは使節団の仲間と共に、まだ誰も起きていない朝早くにホーガン伯爵家を出発した。馬に乗り駆けていく姿を、リコは自室の窓辺で見送る。
それから一月(ひとつき)があっという間に経った頃、フリードリヒが珍しくリコを執務室へと呼び出した。中に入ると幸せそうに微笑み合うフリードリヒとケニーが居て嫌気が差す。
「ご用件はなんでしょうか」
冷たい声で尋ねると、一気に不機嫌な表情を浮かべたフリードリヒが睨みつけてくる。リコも負けじと背筋を伸ばし、彼の言葉を待つ。
「ケニーが妊娠した」
「……妊娠、ですか?」
驚きに目を見開く。愛おしげにお腹を撫でているケニーを視界に入れながら、足元からなにもかもが崩れていくような心地を感じていた。ずっと不妊で悩んでいた。最近はフリードリヒがケニーばかりかまい、夫婦での営みはまったくない。
それでも、どこか頭の片隅で大丈夫だろうと高を括っていた。なにが大丈夫(・・・)なのかと問われると難しい。
リコにとってホーガン伯爵夫人という肩書だけが、自分を保つ唯一のものだった。けれどケニーが妊娠した今、唯一の居場所も脅かされてしまっている。いよいよホーガン伯爵家にリコの居場所はなくなってしまったのだ。
「ケニーが子を産んだ暁には、正妻として迎え入れる予定だ」
「僕はどうなるのですか」
「今までの労もある。愛人(・・)くらいにはしてやってもかまわないぞ」
愛人? まさか、この前の仕返しのつもりだろうか。幼稚なフリードリヒの態度と言葉に失笑してしまう。罪もないリコの立場をどうやって覆せるというのだろうか。それに、正妻を蔑ろにして愛人の平民を妻に迎えるなど、周りからどれだけ非難されてしまうのかわかっているのか?
「いっそのこと離縁して下さればいいではないですか」
「それは駄目だ」
「僕に愛などないでしょう」
「当たり前だろう」
それならいい加減解放してほしい。どうしてフリードリヒは愛してもおらず、子もできないリコのことを頑なに手放そうとしないのだろうか。ふと疑問に思ったリコは、なにか裏があるのではないかと疑ってしまう。
「……無事生まれることを祈っています」
疑いはある。けれどいまは調べる心の余裕すらない。とにかく二人から遠い場所に逃げ出したい。自室に戻れば少しは心持ちも軽くなるだろうか。泣きたいとは思わない。悲しいとも……。けれど、ただひたすらにフリードリヒに失望していた。
執務室を出て、自室へと戻る。けれど、どこに行っても心は落ち着かない。唯一穏やかになれたのは、アルバーノが抱きしめてくれたあの日だけだった。
それから一月(ひとつき)があっという間に経った頃、フリードリヒが珍しくリコを執務室へと呼び出した。中に入ると幸せそうに微笑み合うフリードリヒとケニーが居て嫌気が差す。
「ご用件はなんでしょうか」
冷たい声で尋ねると、一気に不機嫌な表情を浮かべたフリードリヒが睨みつけてくる。リコも負けじと背筋を伸ばし、彼の言葉を待つ。
「ケニーが妊娠した」
「……妊娠、ですか?」
驚きに目を見開く。愛おしげにお腹を撫でているケニーを視界に入れながら、足元からなにもかもが崩れていくような心地を感じていた。ずっと不妊で悩んでいた。最近はフリードリヒがケニーばかりかまい、夫婦での営みはまったくない。
それでも、どこか頭の片隅で大丈夫だろうと高を括っていた。なにが大丈夫(・・・)なのかと問われると難しい。
リコにとってホーガン伯爵夫人という肩書だけが、自分を保つ唯一のものだった。けれどケニーが妊娠した今、唯一の居場所も脅かされてしまっている。いよいよホーガン伯爵家にリコの居場所はなくなってしまったのだ。
「ケニーが子を産んだ暁には、正妻として迎え入れる予定だ」
「僕はどうなるのですか」
「今までの労もある。愛人(・・)くらいにはしてやってもかまわないぞ」
愛人? まさか、この前の仕返しのつもりだろうか。幼稚なフリードリヒの態度と言葉に失笑してしまう。罪もないリコの立場をどうやって覆せるというのだろうか。それに、正妻を蔑ろにして愛人の平民を妻に迎えるなど、周りからどれだけ非難されてしまうのかわかっているのか?
「いっそのこと離縁して下さればいいではないですか」
「それは駄目だ」
「僕に愛などないでしょう」
「当たり前だろう」
それならいい加減解放してほしい。どうしてフリードリヒは愛してもおらず、子もできないリコのことを頑なに手放そうとしないのだろうか。ふと疑問に思ったリコは、なにか裏があるのではないかと疑ってしまう。
「……無事生まれることを祈っています」
疑いはある。けれどいまは調べる心の余裕すらない。とにかく二人から遠い場所に逃げ出したい。自室に戻れば少しは心持ちも軽くなるだろうか。泣きたいとは思わない。悲しいとも……。けれど、ただひたすらにフリードリヒに失望していた。
執務室を出て、自室へと戻る。けれど、どこに行っても心は落ち着かない。唯一穏やかになれたのは、アルバーノが抱きしめてくれたあの日だけだった。
43
あなたにおすすめの小説
冤罪で堕とされた最強騎士、狂信的な男たちに包囲される
マンスーン
BL
王国最強の聖騎士団長から一転、冤罪で生存率0%の懲罰部隊へと叩き落とされたレオン。
泥にまみれてもなお気高く、圧倒的な強さを振るう彼に、狂った執着を抱く男たちが集結する。
お兄ちゃんができた!!
くものらくえん
BL
ある日お兄ちゃんができた悠は、そのかっこよさに胸を撃ち抜かれた。
お兄ちゃんは律といい、悠を過剰にかわいがる。
「悠くんはえらい子だね。」
「よしよ〜し。悠くん、いい子いい子♡」
「ふふ、かわいいね。」
律のお兄ちゃんな甘さに逃げたり、逃げられなかったりするあまあま義兄弟ラブコメ♡
「お兄ちゃん以外、見ないでね…♡」
ヤンデレ一途兄 律×人見知り純粋弟 悠の純愛ヤンデレラブ。
「今夜は、ずっと繋がっていたい」というから頷いた結果。
猫宮乾
BL
異世界転移(転生)したワタルが現地の魔術師ユーグと恋人になって、致しているお話です。9割性描写です。※自サイトからの転載です。サイトにこの二人が付き合うまでが置いてありますが、こちら単独でご覧頂けます。
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
春を拒む【完結】
璃々丸
BL
日本有数の財閥三男でΩの北條院環(ほうじょういん たまき)の目の前には見るからに可憐で儚げなΩの女子大生、桜雛子(さくら ひなこ)が座っていた。
「ケイト君を解放してあげてください!」
大きなおめめをうるうるさせながらそう訴えかけてきた。
ケイト君────諏訪恵都(すわ けいと)は環の婚約者であるαだった。
環とはひとまわり歳の差がある。この女はそんな環の負い目を突いてきたつもりだろうが、『こちとらお前等より人生経験それなりに積んどんねん────!』
そう簡単に譲って堪るか、と大人げない反撃を開始するのであった。
オメガバな設定ですが設定は緩めで独自設定があります、ご注意。
不定期更新になります。
飼われる側って案外良いらしい。
なつ
BL
20XX年。人間と人外は共存することとなった。そう、僕は朝のニュースで見て知った。
向こうが地球の平和と引き換えに、僕達の中から選んで1匹につき1人、人間を飼うとかいう巫山戯た法を提案したようだけれど。
「まあ何も変わらない、はず…」
ちょっと視界に映る生き物の種類が増えるだけ。そう思ってた。
ほんとに。ほんとうに。
紫ヶ崎 那津(しがさき なつ)(22)
ブラック企業で働く最下層の男。顔立ちは悪くないが、不摂生で見る影もない。
変化を嫌い、現状維持を好む。
タルア=ミース(347)
職業不詳の人外、Swis(スウィズ)。お金持ち。
最初は可愛いペットとしか見ていなかったものの…?
2025/09/12 ★1000 Thank_You!!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる