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将軍家編

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言われた通り、午時頃に馬屋へ向かうと、静龍様が僕に気がついて馬と共に近づいて来てくれた。遠巻きにしか見た事のなかった馬が目の前にいて、少しだけ緊張してしまう。

「お待たせしてしまいました。ごめんなさい」
「待ってなどいないから安心するといい。こちらへ」
 
言われて近づけば、突然抱えられて馬へと乗せられる。視界が一気に高くなり少しだけ恐怖を感じていると、僕のことを後ろから抱きしめる形で静龍様も馬へと跨った。安心できる香りが鼻腔をくすぐり恐怖が薄れる。

「動くぞ」
 
合図と共に馬がゆっくりと動き出し、人通りの少ない場所を抜けて林の中を駆け出す。笹のザワつく音と、蹄(ひづめ)の鳴る音が混ざり耳を楽しませてくれる。風が僕と静龍様の髪を揺らし、お互いの体温や息遣いが重なり合うような気がした。
 
ひたすら駆け続けて着いたのは、林の奥にある河川のほとりだった。国内で特に澄んでいると言われる川だ。初夏の今、青々と茂木々が水面みなもに映り、見ているだけで心が癒されるほどの絶景が広がっている。

「とても綺麗です」
「気に入ってくれたか」
「はい、とても。景色を見せて下さるために馬に?」
「仔空は贈り物は苦手なようだから、景色なら喜ぶと思ったんだ」
 
髪を撫でられて、思わず頬が緩みそうになった。嬉しくて、幸せすぎて、少し悲しい。きっと静龍様の番となる人は、もっと優しい瞳で見つめて貰えるのだろうな……と思ったから。

「おいで」
 
その場に腰を下ろした静龍様に促されて隣へと腰掛ける。呼ばれるたび、自分は彼に求められているのだと錯覚してしまう。もっと求めて欲しい。出会ったあの日、僕の心を引き寄せたのはたった三文字の言葉。

「……あまり使用人と故意にしない方がいいのでは……」
 
玪玪に言われた言葉が思い出される。僕と静龍様では環境や立場が違いすぎて、こうして共に過ごしていることさえ夢のようだと思えてしまう。

微笑みを浮かべた静龍様が、手を取り指の腹で優しく撫でてくる。真剣味を帯びた闇夜の瞳に見つめられると、深入りしては行けないということを忘れてしまいそうになる。

「仔空が助けを求めてきたとき、俺が守ってやらねばならないと感じたんだ。本能なのか……あるいはもっと他の理由なのかは定かではない」
「静龍様……」
「使用人として一生懸命に働く姿を見ているうちに、この気持ちに名が付いていくのがはっきりと感じられた」
「っ、それは……」
 
なんですか?と訪ねようとして口を閉ざす。静龍様から直接聞きたいと思ったからだ。聞けばきっと、僕の気持ちにも名が宿る。
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