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推しにさよならなんて言いたくない
しおりを挟む全身が千切れるような痛みに襲われて目を覚ました。頭が痛くて酔ったようにグラグラとしてしまう。
体を起こし辺りを見渡すと、そこは洞窟の中のようだった。けれど所々人為的に作られた石壁の名残があるのがわかる。目を凝らして奥の方を見ると、大きな祭壇のようなものがあることに気がついた。
あの祭壇をノエルは見たことがある。
(あれって……魔王城にあったやつだ)
魔王との最終決戦の舞台は大広間の中にある大きな祭壇の上だった。その祭壇の名残らしきものが、洞窟の奥に存在していた。
「……ここは魔王城なのか?」
「正解」
背後から声が降ってきて振り返ると、背後に立ちノエルを見下ろしているファリスと目があった。
真っ赤な瞳に見つめられていると怖気づきそうになるけれど、勇気を振り絞って立ち上がり真っ直ぐに見返す。
「ファリス、ネイトに手を出さないで」
「さっきからネイト、ネイトって自分の心配はしなくても大丈夫なのかな?」
ファリスがノエルを追い越して祭壇の方へと歩いていく。
ノエルも釣られるようにその後ろをついていった。
警戒していないわけではない。むしろ警戒し尽くしても足りないくらいだ。けれど、抜け道もわからず連絡手段もないためどうすることもできない。
もっと気がかりなのは、皆無事に帰ってきたときに屋敷で出迎えてあげることができないことだった。
──心配をかけてしまうよね。ネイトと約束したのに……。
自分がいないとわかったときネイトはきっと全力で探そうとしてくれるはずだ。それが嬉しいことのように思えるけれど、心配なのはそのせいでネイトの心に負担をかけてしまうことだった。
エアリスが傍にいてくれれば光の魔力で魔王化を抑えてくれるはずだ。そうとわかっていても自分が傍に寄り添ってあげられないことが不安だった。
『おい。聞こえておるか?』
唐突にカエラムの声が頭に響き驚いてしまう。声を上げそうになって慌てて口元を抑えた。
『カ、カエラム?なんで?』
『お主は我の主人だ。従属契約者同士は念話で会話することが可能だ』
『そうだったの!?カエラムは怪我とかしてない?今どこにいるの?』
『ここはどうやら魔王城の地下のようだ。主人と一定以上距離を取れないため、我も転移に巻き込まれたらしい』
『じゃあネイト達にはカエラムも会えなかったんだね』
『心配するな。ネイトにも念話で場所を伝えておく。契約が譲渡されているとはいえ我を縛っているのはあいつだ。念話なら可能だろう』
その言葉にすごく安堵した。居場所を伝えることができるなら、少なくとも居場所がわからないよりはマシなはずだ。
ファリスとネイトを合わせるのは不安だけれど、今は居場所を伝えてもらうことが最優先な気がした。
「なにをコソコソしてるの?」
「っ!……なにもしてないよ」
なにもしていないことを証明するためにファリスに向かって両手を上げてみせた。納得したのか、それとも興味がないのか、ファリスはすぐにノエルから視線をそらした。
「僕ねずっと病院で生活してたんだ。セイトナイトを始めたのも退屈だったから。でも主人公のエアリスのことがすごく嫌いだった。キラキラしていて、周りには沢山人がいて、まるで僕とは真逆の人間。そんな中でネイトだけは僕と同じだった。孤独で、誰からも理解されなくて……。病気で死にかけてるときセイトナイト2 が出て、親に頼んで買ってもらったの。セイトナイト2 の主人公には共感できた。魔族と人間のハーフで、ひどい人生を歩んでいて。まるで僕と同じ。治らない病気で一生をベッドの上で過ごしてた。セイトナイト2 は自分の事のようにストーリーにのめりこめたんだ。ネイトは僕だけを必要としてくれたし、僕だけを愛してくれた」
「ファリス、ゲームとこの世界は違うんだって本当はわかっているんでしょ!?」
「……そんなことわかってるよ」
ファリスが瞳を釣り上げて睨みつけてきた。
恐ろしい形相に息呑む。
「ねぇノエル。ストーリーが始まる前に死んでいるはずだった君が生きているせいでめちゃくちゃになったんだから、それを正すのは君の役目だと思わない?」
まるで女神が微笑んだかのように美しい顔で言われて、ノエルは言葉をつまらせた。けれど圧倒されるばかりではこの状況を乗り越えることはできない。
勇気をだして一歩を踏み出したノエルは「思わないよ!」と勢い良くファリスの言葉を否定した。
祭壇に駆け上がり、ファリスの肩を掴んで訴える。
「ファリスだってネイトのことが好きなんでしょう!それなら彼が悲しむようなことはしないでっ!こんなことをしたってネイトは君のことを見たりしない!」
「っ、本当にうざったいね君」
胸を押されて後ろへ一歩下がる。
ノエルの言葉はファリスには欠片も響いていないことはわかっていた。それでも引けない理由がある。
「俺は推しの幸せを拝むまで夜も眠れないんだ!ずっとずっとネイトが幸せになる瞬間を見れる瞬間を夢見てきたんだ!ネイトは魔王なんかにはならない!ずっと気持ちを押し殺したまま生きていく人生なんて送ってほしくない!だから絶対にファリスの思い通りになんてさせてやるもんか!!」
光の魔力を思い切りファリスに向かって放つ。魔族であるファリスになら微かにでもダメージを与えることができるはずだ。隙が生まれたらここから逃げ出して、ネイトの元に帰ろう。
──絶対に帰ってみせる!
自身に向かってくる光の魔力を見て、ファリスが微かに笑った気がした。
「本当におバカさんなんだね」
ファリスが手のひらをノエルに向けると、そこから赤く染まった魔力が放たれた。絡めとるようにノエルの全身に巻き付いてくる。
動きを封じられたノエルは、上手く魔力を使えず光の魔力は手から消えてしまった。
「ッ!」
「モブが主人公に勝てるわけがないじゃない。そこで大人しくしていてよ。もうすぐ場が整う」
「離して!ファリスっ!」
暴れるけれど、締め付けは緩むどころか少しずつ強くなっていく。
こんなところで捕まっている場合ではない。ネイトに会いたかった。助けてほしいとか、守ってほしいとか、そんなことは思っていない。
ただ彼の顔を見て、お互いの安否を確認し合いたかった。
愛してると伝えあって、ネイトの未来に光がいっぱいに差し込む瞬間を隣で見ていたい。
『カエラム!カエラムっ』
念話も通じない。
もしかすると縛り付けてくる魔力に妨害されているのかもしれない。
自分のことなどどうでもよかった。猫を助けて亡くなったときも、自己犠牲を躊躇することはなかったから。
けれどいまはネイトのために自分を大切にしたい。大切な推しの悲しむ顔を見ることすらできない瞬間が訪れることが怖かった。
「ファリス!こんなことしたって意味なんてないよ!ネイトは君を愛したりしない!」
「さっきからうるさいな。物語の強制力って聞いたことがないかな?それがある限り絶対に僕のことを愛するはずなんだ」
「……君は俺なんかよりずっとばかだッ!」
「はぁ?」
「物語の強制力?絶対に愛してくれる?現実を見ろよ!この世界はゲームの世界なんかじゃない!皆それぞれに心があって、生活があるんだ!選択肢なんて用意されてない!カーソルなんてない!人の心を操って、失敗したらリセットして最初からなんてできないんだ!いい加減目を覚ませよ!!」
ありったけの声を張り上げて叫んだ。喉が避けるんじゃないかってくらい痛くてたまらない。それでも言葉を止められなかった。
ネイトを好きだと言いながらも、本当の意味で向き合おうとしないファリスのことが許せなかったからだ。
「うるさい!うるさい!!うるさい!!!!」
洞窟内にファリスの怒鳴り声が反響する。
肩を怒らせながらノエルを睨みつけてくるファリスは正気とは思えなかった。
まるで自分の思い通りにいかないことに腹を立て続ける子供のようだ。
「セイトナイト2 をプレイもしてないにわかファンが調子に乗るなよ。わかってないのはお前の方だ。ここはゲームの中の世界。そして病気で死ぬはずだった僕は、運命に導かれて健康で美しいファリスの体に転生することができた!きっと神様が導いてくれたんだよ!第二の人生では幸せになれるように!誰からも見下されない!哀れだと思われない!そんな未来を歩めるようにくれた贈り物だ!だから誰にも邪魔させたりしない。魔王化したネイトを僕だけのものにして、ずっとずっと愛でて生きていくんだ」
ファリスが日本でどんな生活を送ってきたのかをすべて知ることはできない。もしかしたら幼い頃から病気がちで、病院生活を送っていたのかもしれない。だからこんなにも極端な幸せばかりを追いかけてしまうのだろうか……。それはすごく寂しいことのようにも感じられた。
「あぁ、ほら近づいてくる音が聞こえてくるよ」
ファリスのつぶやきに促されるように耳を澄ませる。
微かだけれど誰かがこちらに向かって走ってくる音が聞こえる気がした。
「下ろしてあげる」
ファリスが魔力を解くと、ノエルはそのまま真下に落下して尻餅をついた。痛みを我慢しながら立ち上がろうとすると、ファリスに胸元を掴まれた。
「ノエル!!」
丁度そのとき、ネイトがノエルの名を叫びながら洞窟内に入ってきた。すごく慌てているのがわかり、申し訳ない気持ちになる。
エアリスのように戦えたなら、こんなふうに捕まることもなかった。悔しくてたまらない。
ネイトの背後にエアリスとフェイブルも姿を表す。カエラムも足元にいる。
それからすぐ後、ノエルとファリスから少し離れた位置にアズラも姿を現した。
「さぁ、観客は揃った。新しい魔王のお披露目といこう」
「っ、離せよ!」
胸ぐらを掴まれたままグッと顔を近づけられる。妖艶な笑みを浮かべたファリスはとても嬉しそうに頬を染めていた。
「さようならモブくん。魔王復活の生贄として君を祭壇に捧げよう」
「……え……ッ!?」
魔術によって伸びたファリスの爪がノエルの胸を貫いた。
胸元から手を離されると、ゆっくりと地面に向かって体が傾いていく。
「ネ、イト……ごめっ……」
倒れていくノエルに向かってネイトが手を伸ばしている姿が見えた。距離が遠く、ネイトは間に合わない。
頭の中にこれまで起こった出来事が流れこんでくる。走馬灯とでも言うのだろうか。
初めは冷たかったネイトが少しずつ心を開いてくれて嬉しかった。
誕生日パーティーのあとにもらった指輪はずっと宝物だ。一緒にダンスを踊り、
バラ庭園で語り合った。
いつだってお互いのピンチのときには側にいて、手を取り合っていた。
(あぁ……俺、このまま死ぬなんて嫌だな……)
まだネイトがちゃんと幸せになる瞬間を見ていない。
おじいちゃんになって長い未来を生き抜いたあとに「幸せな一生だった」と言い合えたらいいなって思っていたのに……。
地面に体が倒れた。
衝撃で走るはずの痛みすら感じない。全身がやけに寒い。
「ノエル!」
ネイトが顔をクシャクシャにしながら駆け寄ってくる。アズラが立ちはだかるけれど、魔術を使って一瞬で薙ぎ払っているのがぼやけた視界でわかった。
(ネイト泣いてるの?)
大丈夫……。だから泣かないで……。
そういって彼の涙を拭ってあげたいのに、指先すらもう動かすことは叶わなかった。
視界が暗闇に吸い込まれていく。
「かみ……さま……誰でも、いいから……ネイトを、たす、けて……」
まぶたが落ちていく。
意識が途切れる寸前に見聞きしたのは、真っ黒な靄に包まれたネイトが魔王へと変貌していく様子と悲痛な叫び声だった。
「ノエルーーーー!!!!!!!!」
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