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5.血も涙もない
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解放された女は泣き崩れながらその場から離れる。それに安堵したのも束の間、エヴァンの体は浮き上がりアンドレアスの腕の中へとおさまる。
「重いな」
「……鍛えていますので」
「抱き心地が悪い。鍛えるのはやめろ」
全身に無駄のない筋肉がついたエヴァンの体をアンドレアスがなめまわすように見てくる。指示されても鍛えることをやめるつもりはない。
どんなときでも剣を振れるようにしておきたかった。アストゥーロ国の民を守る。国を離れたとしても騎士団長としての責務をまっとうしたい。
エヴァンを抱えたままラグに腰掛けたアンドレアスが、グラスを手に取り茶を口に入れる。再び顎を掴まれて上を向かされると、唇が重ねられ口内に茶を流し込まれた。
「ん、んくっ」
喉を通り腹の中へ染み込む感覚がする。唇を合わせたまま長い舌で口内を貪られる。気持ちよさと不快感が合わさるとこんなにも逃げ出したくなるのだと、エヴァンはこのとき初めて知った。
唾液が混ざり合う水音が響く。赤くなったエヴァンの頬を、アンドレアスの指先がわざとらしくくすぐってくる。
「そういう顔をしているときの方がまだ愛嬌がある。その格好に似合いだ」
「はぁ、ぁ……」
薄布の隙間から太ももに手が這わせられて肩を跳ねさせた。動くたびにシャラリと金属の擦れる軽快な音が鳴り響く。
エヴァンはその音が苦手だ。
「私は男です。なぜこのような格好をさせるのですか」
「お前がどこに居るかすぐにわかるだろう。動きも鈍くなる。それに俺に抱かれるためだけに存在するお前に似合いだ」
アンドレアスはエヴァンが逃げ出すことを警戒している。確かにこの格好では普段通りに動くことも難しい。幾重にも薄布を重ね着する作りになっている伝統衣装は、アストゥーロの軽装とは違い裾も長く動きにくい。先程から気になっていた音も、直ぐに見つけるためだとするなら納得はいく。
常に監視されていることはわかっていた。ブラストであるアンドレアスにとって、エヴァンは国に跡継ぎを残すために必要不可欠な存在だ。
「アストゥーロを守れるのであれば、道具でかまいません」
アンドレアスに気持ちがあるわけでもない。それにいずれはどちらかが死ぬ運命だ。それなら今は与えられた役目をただこなすだけだ。
そこに罪悪感がないわけではなかった。
「ナツメを取れ」
言われるまま手に取る。
「口移しで食わせろ」
「……はい」
ナツメを口に入れると、自分からアンドレアスの首に腕を回し唇を重ねた。舌を使いナツメを移動させる。
甘く煮詰めたナツメの味が口内を満たしていく。それなのにこの行為に甘さなど欠片も見当たらない。
「少しは表情の一つでも作ってみたらどうだ」
唇を離しナツメを咀嚼したアンドレアスが指摘してくる。面倒だと思ってしまう。子を成せば捨てられてしまう運命だというのに、媚をうってなにになるというのだろう。
「そういうことがお望みなら娼婦でもお呼びください」
「……減らず口だな」
その場に押し倒され、腕で首を押さえつけられる。もう少し力を加えられれば喉が潰されてしまう。
「アストゥーロは消える運命にある星だ。その星を一時のあいだ生きながらえさせてやっているのだから感謝するべきだろう」
「だからあなたに媚を売れと?私は誇り高きアストゥーロの騎士です。たとえこの身を食い尽くされようともその志だけは曲げたりなどしない。媚を売るくらいなら地を這いつくばるほうがマシです」
「お前は本当に堅物でつまらない男だ」
腕が離れると下顎を掴み直される。そのまま肩に噛み付かれて痛みにくぐもった声を上げた。
「ディリティリオには兄王子が留学しているそうだな。助けられるのは俺だけだということを忘れるな」
「っ……あなたは血も涙もない最低な人ですね」
ディリティリオ国に対抗できるのはステーマだけだ。そのくらいエヴァンも理解している。二国は現在アストゥーロを取り合って睨み合いを続けている。いつ戦争が起きてもおかしくない現状だ。
──兄上は私が助ける!
バレるわけにはいかない。この身が滅びたとしても、成すべきことをやり遂げる。
「血も涙もないか……。フッ、俺に似合いの言葉だ。気に入った」
笑みを浮かべたアンドレアスを見つめながら、エヴァンは驚きに目を見開く。心臓が嫌なほどに音を立てていた。いつも退屈そうに澄ました表情を浮かべている男が、エヴァンの悪態に笑みをこぼす姿が珍しくて目が離せない。
笑うと少しだけ幼く見えるのだと、知りたくもなかったことを知ってしまった。
相手のことを知れば知るほどにやりにくくなってしまう。
耐えきれず目をそらすと、アンドレアスがそんなエヴァンの首筋に再び歯を立てるのを感じた。
「重いな」
「……鍛えていますので」
「抱き心地が悪い。鍛えるのはやめろ」
全身に無駄のない筋肉がついたエヴァンの体をアンドレアスがなめまわすように見てくる。指示されても鍛えることをやめるつもりはない。
どんなときでも剣を振れるようにしておきたかった。アストゥーロ国の民を守る。国を離れたとしても騎士団長としての責務をまっとうしたい。
エヴァンを抱えたままラグに腰掛けたアンドレアスが、グラスを手に取り茶を口に入れる。再び顎を掴まれて上を向かされると、唇が重ねられ口内に茶を流し込まれた。
「ん、んくっ」
喉を通り腹の中へ染み込む感覚がする。唇を合わせたまま長い舌で口内を貪られる。気持ちよさと不快感が合わさるとこんなにも逃げ出したくなるのだと、エヴァンはこのとき初めて知った。
唾液が混ざり合う水音が響く。赤くなったエヴァンの頬を、アンドレアスの指先がわざとらしくくすぐってくる。
「そういう顔をしているときの方がまだ愛嬌がある。その格好に似合いだ」
「はぁ、ぁ……」
薄布の隙間から太ももに手が這わせられて肩を跳ねさせた。動くたびにシャラリと金属の擦れる軽快な音が鳴り響く。
エヴァンはその音が苦手だ。
「私は男です。なぜこのような格好をさせるのですか」
「お前がどこに居るかすぐにわかるだろう。動きも鈍くなる。それに俺に抱かれるためだけに存在するお前に似合いだ」
アンドレアスはエヴァンが逃げ出すことを警戒している。確かにこの格好では普段通りに動くことも難しい。幾重にも薄布を重ね着する作りになっている伝統衣装は、アストゥーロの軽装とは違い裾も長く動きにくい。先程から気になっていた音も、直ぐに見つけるためだとするなら納得はいく。
常に監視されていることはわかっていた。ブラストであるアンドレアスにとって、エヴァンは国に跡継ぎを残すために必要不可欠な存在だ。
「アストゥーロを守れるのであれば、道具でかまいません」
アンドレアスに気持ちがあるわけでもない。それにいずれはどちらかが死ぬ運命だ。それなら今は与えられた役目をただこなすだけだ。
そこに罪悪感がないわけではなかった。
「ナツメを取れ」
言われるまま手に取る。
「口移しで食わせろ」
「……はい」
ナツメを口に入れると、自分からアンドレアスの首に腕を回し唇を重ねた。舌を使いナツメを移動させる。
甘く煮詰めたナツメの味が口内を満たしていく。それなのにこの行為に甘さなど欠片も見当たらない。
「少しは表情の一つでも作ってみたらどうだ」
唇を離しナツメを咀嚼したアンドレアスが指摘してくる。面倒だと思ってしまう。子を成せば捨てられてしまう運命だというのに、媚をうってなにになるというのだろう。
「そういうことがお望みなら娼婦でもお呼びください」
「……減らず口だな」
その場に押し倒され、腕で首を押さえつけられる。もう少し力を加えられれば喉が潰されてしまう。
「アストゥーロは消える運命にある星だ。その星を一時のあいだ生きながらえさせてやっているのだから感謝するべきだろう」
「だからあなたに媚を売れと?私は誇り高きアストゥーロの騎士です。たとえこの身を食い尽くされようともその志だけは曲げたりなどしない。媚を売るくらいなら地を這いつくばるほうがマシです」
「お前は本当に堅物でつまらない男だ」
腕が離れると下顎を掴み直される。そのまま肩に噛み付かれて痛みにくぐもった声を上げた。
「ディリティリオには兄王子が留学しているそうだな。助けられるのは俺だけだということを忘れるな」
「っ……あなたは血も涙もない最低な人ですね」
ディリティリオ国に対抗できるのはステーマだけだ。そのくらいエヴァンも理解している。二国は現在アストゥーロを取り合って睨み合いを続けている。いつ戦争が起きてもおかしくない現状だ。
──兄上は私が助ける!
バレるわけにはいかない。この身が滅びたとしても、成すべきことをやり遂げる。
「血も涙もないか……。フッ、俺に似合いの言葉だ。気に入った」
笑みを浮かべたアンドレアスを見つめながら、エヴァンは驚きに目を見開く。心臓が嫌なほどに音を立てていた。いつも退屈そうに澄ました表情を浮かべている男が、エヴァンの悪態に笑みをこぼす姿が珍しくて目が離せない。
笑うと少しだけ幼く見えるのだと、知りたくもなかったことを知ってしまった。
相手のことを知れば知るほどにやりにくくなってしまう。
耐えきれず目をそらすと、アンドレアスがそんなエヴァンの首筋に再び歯を立てるのを感じた。
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