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婚約破棄を完了したのはいいけれど
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「お前との婚約を破棄にする」
そう宣告された只今、私はあることを思い出した。あること、とは前世のことだ。
私は乙女ゲームが好きだったということを除けば普通のOLだった。25歳という若さで、トラックにひかれて死んでしまったが。
そして気がつけば今。いや、本当はこのご令嬢としての記憶もあった。だけれど、それは自分のようで自分ではない別人。だから、私の意識は今目覚めたと言えるのだろう。
私は乙女ゲームの悪役令嬢、ルミエラ・メルカリアに転生したのだ。
そして、今私に婚約破棄を言い渡したのが、婚約者のウィルニー・パトビア。
「おい、答えろルミエラ」
そう、ウィルニーが答えを迫る。
確か、この展開がゲームの中でもあった。確かバッドエンドの結末だったはずだ。
私(ルミエラ)は婚約破棄を断った後、他の女をえらんだことに激怒し、尚且つその怒りの矛先を、この乙女ゲームの主人公であるイアナ・ロマンヌへと向けたのだ。
怒りが頂点に達していた私、もといルミエラはウィルニーの剣鞘から剣を抜き出し、そのままイアナに刺そうとした。
そもそもウィルニーも王子とはいえど、厳しい教育の上、そこらの騎士よりも格段に強いのに、武器である剣を抜かれる事自体おかしいのだが。
話を戻すと、剣を奪い取ったルミエラはイアナを殺そうとし、ウィルニーがそれをかばって死んでしまう。その後私は監獄に入れられて、囚人達にレイプエンド。イアナもウィルニーがいなくなってしまった悲しさを他の者達では埋めきれず、結局自殺してしまった。
そして今、その判断が私に委ねられているというわけだ。
私の答えはもちろん…
「はい。分かりました」
これだ。
レイプエンドなんて真っ平御免だし、そもそもウィルニーは美形だけれど興味はない。
私はこの乙女ゲームにハマっていたけれど、私が必死で稼いだお金を全てつぎ込んでいたのは若くして騎士団長の座に就いたクールオブビューティー&ツンデレという最強コンボのカナン・ハルベルトだ。
ウィルニーの側でいつも護衛していて、今もすぐ近くに控えている。
「なっ…ほ、本当か?本当に、承諾するのか!?」
「は?そうですが…」
カナンのことを考えていたらウィルニーが急に確認の声を上げてきたので、間抜けな声を出してしまった。
というか、何故こんなに驚いているのだろう。
「…っ分かった。これで…お前と俺はもうなんの関係もない。本当にお前はそれでいいんだな」
その問いに私は即答で「はい」と答えた。
「…!!!」
何か大いにショックを受けている様子のウィルニー。自分で言い出したのになんだというのだろう。もしかして今更公爵令嬢との婚約をたち、そのあとすぐに平民のイアナと婚約を結ぼうとしていた事の重大さに気がついたのだろうか。
そもそも少し考えればわかる事なのだけれど、貴族と平民ならまだしも、ウィルニーは王子であるため、平民と結婚するということがあってはならないと分かっているだろうに。
結婚はできるだろうが、だけれどそれまでの道がきっと険しいだろう。両親にも反対され、そもそもイアナ自身が王族と結婚するなどおこがましいと周りから相当の罵倒を受けることになるだろう。
私はウィルニーをプレイしていないからウィルニーの人間性や性格を知らないけれど、そこまでの危険を冒してまで好きになれる相手だろうか。
まぁ、乙女ゲームでど真ん中飾ってるのだからそれはいいキャラしてるのだろうとは思うけれど。
高校からの友達はウィルニーをプレイしていて、一つ間違えただけでバッドエンドになってしまったとか、やっとハッピーエンドになったとか聞いていたけれど。
だから、そんなに詳しくウィルニーについて私は知らない。
ともかく、私の死亡フラグは回避できたはずだ。もうレイプエンドはほとんど死亡したもの同然なのだから。それを避けれたから、安心だ。
「じゃぁ、わたくしはこれで失礼しますね」
ウィルニー達に淑女の礼をしてからすぐに外に出ようとした…けれど、それは無理だった。
乙女ゲームでは一部しか見ていなかったお城も今や全て現実に在るものだから、出方も知らない。ルミエラの記憶でも、私は頻繁には王城に来れなかったわけだし。いくら婚約者と言えども、立場をわきまえなければいけなかったから。
カッコつけて歩いてきてしまったことが恥ずかしい。
こんな時に限ってお付きのものは付いていないし、生憎周りには誰もいない。
あぁ、ここでカナンが来てくれればいいのに。
と思っていたその時。
「どうしたんですか、義姉様」
天使のような笑顔、もとい悩殺スマイルを向ける青年が上の階の手摺に肘をついて、手に顔を置きながらこちらを見下げている。
赤色の瞳は、宝石、例えるならルビーのよう。白髪の絹のようなサラサラとした髪は輝いている。そして、幻覚か微笑む姿の周りにはキラキラと光が散っている気がした。
彼は元婚約者ウィルニーの弟、そして第二王子でもあるまさに天使といっても過言ではない青年、リュアン・パトビアだ。
「リュアン様」
「こんにちは。今日は兄さんに会いに来ていたんですよね。ところで、兄さんは?」
「あっ…えっと…」
婚約破棄のことを話してもいいのだろうかと悩んでいたら、何故か唐突にリュアンがクスクスと笑いだした。
「そう困らないでください。知ってますから。兄さんが婚約破棄を言い渡したんですよね」
「は、はい…そうです」
「実は僕、見てたんです」
ふふっと愛らしく笑ったあと、私の目をまっすぐと見ながら、「それにしてても」と笑顔を浮かべてはいるものの隙を見せないようにそう声を発した。
「どうして義姉様…いえ、ルミエラ様はこんなところにいるんですか?」
「いえ、その…」
「もしかして、迷っちゃいましたか?」
確信を突かれてどきりとしたけれど、すぐにリュアンは「そんなわけないですよね」と言い直した。
「じゃぁ、ルミエラ様は…」
手摺に肘をつくのをやめて背を伸ばし、唇に人差し指をあてて、目をつぶったリュアン。多分考えているのだろう。
すると、パチリと目を開けて歩き出した。
美しい微笑を浮かべながら、広い階段をコツコツと足音を立てながら降りてきた。
私の近くまできたけど、止まりそうにもなく、どんどんと近づいてくる。
無意識に後ずさりをしてしまい、いつのまにか私は自分の意識がありながらも後ろへと後退していた。
そして、ついに壁に背中があたり、そして顔のすぐ横に手がおかれ、閉じ込められた。
世に言う、壁ドーンというやつだ。でも、壁ドンにしてはあまりに自然にやられすぎたし、ドンではなくもう手がつかれた効果音はスッだった。
「僕を探していましたか?」
そう耳元で囁かれる。
中性的で高い声が少し低めになり、甘さを含ませていて、耳が少し痺れた。
必死に平常心を保つ。乙女ゲームではカナンのかっこいい一面を何万回といって繰り返し見てきた。
大丈夫、カナンの方がかっこいい。カナンの方がかっこいい。
ほら、と意を決して伏せていた目を上げ、リュアンの瞳を見つめる。
ニッコリと笑っているけれどやっていることは大胆だ。見た目からてっきりピュアな王子様だとばかり思っていたけれどどうやら違うらしい。
でも、大丈夫だ。私なら平常心を保てる…はず。
「なんて、違いますよね」
そう目を伏せながらリュアンは言った。
けれど、私はすぐに「いえ、リュアン様に会いに来たんですっ」と焦りながら言った。
「え?」
すると、驚いたように伏せた目を見開いて私をまじまじと見つめている。
「どうしてですか?」
ていうか、この格好のままでいるの!?誰かに見られたらどうするわけ?婚約破棄されたばっかの公爵令嬢が今度は第二王子を誑かしてるなんて噂が立ったら…と青ざめそうになったが、今はそれどころではなかった。
今はリュアンに会いにきたという口実を考えなければいけない。確か、前にも一度リュアンと話したはずだった。
なんだっただろう…
確か…
「あの…平民達のお祭りに連れて行って下さると言っていましたよね?私を、連れて行って下さりませんか?」
「別に構いませんが、でもどうしてそれをこんな時に?」
こんな時、確かにそれもそうだ。
ウィルニーに婚約破棄を宣告され、そしてそれを受け入れたばかり。それなのに、お祭りに連れて行ってなんて可笑しな話だ。でも。
「それは、ウィルニー様に婚約破棄を言われたのが辛くて…。でも、それがウィルニー様にとっての幸せなら私は喜んで受け入れようと思ったんです。
でも、やっぱりウィルニー様のことが忘れられなくて。
お祭りに行って悲しいことも忘れたいと思ったのです。ダメでしょうか?」
多分、これなら大丈夫のはず。
「そういうことでしたか…」
リュアンはそれを聞いてなぜか残念そうに眉をたれ下げながら、私の横についた手を外した。
そして、すぐにキラキラとした笑顔、通称王子様スマイルを浮かべたリュアンは、「じゃぁ明日、お忍びで二人きりで行きましょうか」そう言った。
「あっ、じゃぁ私が服を用意いたします。リュアン様は大変だと思いますし。じゃぁ、また明日」
「送って行きます。ついて来てください」
ニッコリ微笑んだリュアンは、片膝を床について私の手を取ると手の甲にキスを落とした。
キスを落とした後、すくりと立ち上がったリュアンは、そのまま私の手を取りながら、歩き始めた。
私が来た道を歩き、そして、途中で曲がると、そこを真っ直ぐ行けば階段があった。
階段を降りながら、死亡フラグも回避でき、明日のリュアンとの祭りも終われば私の平和な日常が訪れると呑気に考えていたその時、うっかりドレスの裾に躓いてしまった。もう片方の足で支えようと思ったが、出した足を捻ってしまい、結局意味なく前に倒れた。しかも前向きにだ。
あぁ、どうしてこうも悪役令嬢は死亡フラグが多いんだろうか、それともたんに私のドジのせいだろうかと諦め目をつぶったその瞬間、私のお腹に手が回り、後ろに引っ張られた。その後に誰かに包み込まれ、倒れるのを防いだ。
諦めていたため、またも気を抜いていた私は、「ひゃっ…!?」とへんな声をあげてしまった。
ちゃんと階段に立ったとき、恥ずかしさに口を抑える。
すると、リュアンが「大丈夫ですか?」と顔を覗き込んで来た。
さっきの変な声を聞かれてしまったかもしれないプラス足を捻ったのがばれたらどうしようという恥ずかしさに、頬に熱が帯びるのが分かって、そのまま「大丈夫です…」と返した。
そして、そのまま歩き出そうとしたけれど、でも出来なかった。捻った方の足に鈍い痛みが走ったからだ。
「怖いですか?」
「いや…あの…」
でも、歩かないと足を捻ったのを気づかれてしまうと痛みを我慢して歩こうと思ったその時、浮遊感に急に襲われて、足が上がった。
「きゃぁっ!?」
リュアンがわたしを抱き上げた。しかも女子が夢見るお姫様抱っこだ。
「ちょ…ちょっと、あの…リュアン、様?」
「どうかしましたか?」
気のせいか、アワアワしているわたしを見て楽しんでいるかのように笑みを浮かべるリュアンはさながら悪魔のようだ。
「いえ、あの下ろしていただけませんか!?」
「だって、足を捻ったのですよね?無理して歩くのは良くないですよ」
ニコッと笑ってそう言いのけたリュアン。
私が足を捻ったことに気づいていたらしい。ということは、全部わかった上で
「怖いですか?」なんて聞いてきたリュアンは確信犯だ。
「っひどい…」
「ふふっ、何か言いましたか?」
ご機嫌のリュアンは聞こえてるにもかかわらず、余裕綽々の笑みで私に笑いかける。
その日は、結局馬車の場所までリュアンにお姫様抱っこされたまま連れていかれた。
目撃者がなんとまぁ、奇跡とも言える、誰もいなかったことに感謝だ。
そう宣告された只今、私はあることを思い出した。あること、とは前世のことだ。
私は乙女ゲームが好きだったということを除けば普通のOLだった。25歳という若さで、トラックにひかれて死んでしまったが。
そして気がつけば今。いや、本当はこのご令嬢としての記憶もあった。だけれど、それは自分のようで自分ではない別人。だから、私の意識は今目覚めたと言えるのだろう。
私は乙女ゲームの悪役令嬢、ルミエラ・メルカリアに転生したのだ。
そして、今私に婚約破棄を言い渡したのが、婚約者のウィルニー・パトビア。
「おい、答えろルミエラ」
そう、ウィルニーが答えを迫る。
確か、この展開がゲームの中でもあった。確かバッドエンドの結末だったはずだ。
私(ルミエラ)は婚約破棄を断った後、他の女をえらんだことに激怒し、尚且つその怒りの矛先を、この乙女ゲームの主人公であるイアナ・ロマンヌへと向けたのだ。
怒りが頂点に達していた私、もといルミエラはウィルニーの剣鞘から剣を抜き出し、そのままイアナに刺そうとした。
そもそもウィルニーも王子とはいえど、厳しい教育の上、そこらの騎士よりも格段に強いのに、武器である剣を抜かれる事自体おかしいのだが。
話を戻すと、剣を奪い取ったルミエラはイアナを殺そうとし、ウィルニーがそれをかばって死んでしまう。その後私は監獄に入れられて、囚人達にレイプエンド。イアナもウィルニーがいなくなってしまった悲しさを他の者達では埋めきれず、結局自殺してしまった。
そして今、その判断が私に委ねられているというわけだ。
私の答えはもちろん…
「はい。分かりました」
これだ。
レイプエンドなんて真っ平御免だし、そもそもウィルニーは美形だけれど興味はない。
私はこの乙女ゲームにハマっていたけれど、私が必死で稼いだお金を全てつぎ込んでいたのは若くして騎士団長の座に就いたクールオブビューティー&ツンデレという最強コンボのカナン・ハルベルトだ。
ウィルニーの側でいつも護衛していて、今もすぐ近くに控えている。
「なっ…ほ、本当か?本当に、承諾するのか!?」
「は?そうですが…」
カナンのことを考えていたらウィルニーが急に確認の声を上げてきたので、間抜けな声を出してしまった。
というか、何故こんなに驚いているのだろう。
「…っ分かった。これで…お前と俺はもうなんの関係もない。本当にお前はそれでいいんだな」
その問いに私は即答で「はい」と答えた。
「…!!!」
何か大いにショックを受けている様子のウィルニー。自分で言い出したのになんだというのだろう。もしかして今更公爵令嬢との婚約をたち、そのあとすぐに平民のイアナと婚約を結ぼうとしていた事の重大さに気がついたのだろうか。
そもそも少し考えればわかる事なのだけれど、貴族と平民ならまだしも、ウィルニーは王子であるため、平民と結婚するということがあってはならないと分かっているだろうに。
結婚はできるだろうが、だけれどそれまでの道がきっと険しいだろう。両親にも反対され、そもそもイアナ自身が王族と結婚するなどおこがましいと周りから相当の罵倒を受けることになるだろう。
私はウィルニーをプレイしていないからウィルニーの人間性や性格を知らないけれど、そこまでの危険を冒してまで好きになれる相手だろうか。
まぁ、乙女ゲームでど真ん中飾ってるのだからそれはいいキャラしてるのだろうとは思うけれど。
高校からの友達はウィルニーをプレイしていて、一つ間違えただけでバッドエンドになってしまったとか、やっとハッピーエンドになったとか聞いていたけれど。
だから、そんなに詳しくウィルニーについて私は知らない。
ともかく、私の死亡フラグは回避できたはずだ。もうレイプエンドはほとんど死亡したもの同然なのだから。それを避けれたから、安心だ。
「じゃぁ、わたくしはこれで失礼しますね」
ウィルニー達に淑女の礼をしてからすぐに外に出ようとした…けれど、それは無理だった。
乙女ゲームでは一部しか見ていなかったお城も今や全て現実に在るものだから、出方も知らない。ルミエラの記憶でも、私は頻繁には王城に来れなかったわけだし。いくら婚約者と言えども、立場をわきまえなければいけなかったから。
カッコつけて歩いてきてしまったことが恥ずかしい。
こんな時に限ってお付きのものは付いていないし、生憎周りには誰もいない。
あぁ、ここでカナンが来てくれればいいのに。
と思っていたその時。
「どうしたんですか、義姉様」
天使のような笑顔、もとい悩殺スマイルを向ける青年が上の階の手摺に肘をついて、手に顔を置きながらこちらを見下げている。
赤色の瞳は、宝石、例えるならルビーのよう。白髪の絹のようなサラサラとした髪は輝いている。そして、幻覚か微笑む姿の周りにはキラキラと光が散っている気がした。
彼は元婚約者ウィルニーの弟、そして第二王子でもあるまさに天使といっても過言ではない青年、リュアン・パトビアだ。
「リュアン様」
「こんにちは。今日は兄さんに会いに来ていたんですよね。ところで、兄さんは?」
「あっ…えっと…」
婚約破棄のことを話してもいいのだろうかと悩んでいたら、何故か唐突にリュアンがクスクスと笑いだした。
「そう困らないでください。知ってますから。兄さんが婚約破棄を言い渡したんですよね」
「は、はい…そうです」
「実は僕、見てたんです」
ふふっと愛らしく笑ったあと、私の目をまっすぐと見ながら、「それにしてても」と笑顔を浮かべてはいるものの隙を見せないようにそう声を発した。
「どうして義姉様…いえ、ルミエラ様はこんなところにいるんですか?」
「いえ、その…」
「もしかして、迷っちゃいましたか?」
確信を突かれてどきりとしたけれど、すぐにリュアンは「そんなわけないですよね」と言い直した。
「じゃぁ、ルミエラ様は…」
手摺に肘をつくのをやめて背を伸ばし、唇に人差し指をあてて、目をつぶったリュアン。多分考えているのだろう。
すると、パチリと目を開けて歩き出した。
美しい微笑を浮かべながら、広い階段をコツコツと足音を立てながら降りてきた。
私の近くまできたけど、止まりそうにもなく、どんどんと近づいてくる。
無意識に後ずさりをしてしまい、いつのまにか私は自分の意識がありながらも後ろへと後退していた。
そして、ついに壁に背中があたり、そして顔のすぐ横に手がおかれ、閉じ込められた。
世に言う、壁ドーンというやつだ。でも、壁ドンにしてはあまりに自然にやられすぎたし、ドンではなくもう手がつかれた効果音はスッだった。
「僕を探していましたか?」
そう耳元で囁かれる。
中性的で高い声が少し低めになり、甘さを含ませていて、耳が少し痺れた。
必死に平常心を保つ。乙女ゲームではカナンのかっこいい一面を何万回といって繰り返し見てきた。
大丈夫、カナンの方がかっこいい。カナンの方がかっこいい。
ほら、と意を決して伏せていた目を上げ、リュアンの瞳を見つめる。
ニッコリと笑っているけれどやっていることは大胆だ。見た目からてっきりピュアな王子様だとばかり思っていたけれどどうやら違うらしい。
でも、大丈夫だ。私なら平常心を保てる…はず。
「なんて、違いますよね」
そう目を伏せながらリュアンは言った。
けれど、私はすぐに「いえ、リュアン様に会いに来たんですっ」と焦りながら言った。
「え?」
すると、驚いたように伏せた目を見開いて私をまじまじと見つめている。
「どうしてですか?」
ていうか、この格好のままでいるの!?誰かに見られたらどうするわけ?婚約破棄されたばっかの公爵令嬢が今度は第二王子を誑かしてるなんて噂が立ったら…と青ざめそうになったが、今はそれどころではなかった。
今はリュアンに会いにきたという口実を考えなければいけない。確か、前にも一度リュアンと話したはずだった。
なんだっただろう…
確か…
「あの…平民達のお祭りに連れて行って下さると言っていましたよね?私を、連れて行って下さりませんか?」
「別に構いませんが、でもどうしてそれをこんな時に?」
こんな時、確かにそれもそうだ。
ウィルニーに婚約破棄を宣告され、そしてそれを受け入れたばかり。それなのに、お祭りに連れて行ってなんて可笑しな話だ。でも。
「それは、ウィルニー様に婚約破棄を言われたのが辛くて…。でも、それがウィルニー様にとっての幸せなら私は喜んで受け入れようと思ったんです。
でも、やっぱりウィルニー様のことが忘れられなくて。
お祭りに行って悲しいことも忘れたいと思ったのです。ダメでしょうか?」
多分、これなら大丈夫のはず。
「そういうことでしたか…」
リュアンはそれを聞いてなぜか残念そうに眉をたれ下げながら、私の横についた手を外した。
そして、すぐにキラキラとした笑顔、通称王子様スマイルを浮かべたリュアンは、「じゃぁ明日、お忍びで二人きりで行きましょうか」そう言った。
「あっ、じゃぁ私が服を用意いたします。リュアン様は大変だと思いますし。じゃぁ、また明日」
「送って行きます。ついて来てください」
ニッコリ微笑んだリュアンは、片膝を床について私の手を取ると手の甲にキスを落とした。
キスを落とした後、すくりと立ち上がったリュアンは、そのまま私の手を取りながら、歩き始めた。
私が来た道を歩き、そして、途中で曲がると、そこを真っ直ぐ行けば階段があった。
階段を降りながら、死亡フラグも回避でき、明日のリュアンとの祭りも終われば私の平和な日常が訪れると呑気に考えていたその時、うっかりドレスの裾に躓いてしまった。もう片方の足で支えようと思ったが、出した足を捻ってしまい、結局意味なく前に倒れた。しかも前向きにだ。
あぁ、どうしてこうも悪役令嬢は死亡フラグが多いんだろうか、それともたんに私のドジのせいだろうかと諦め目をつぶったその瞬間、私のお腹に手が回り、後ろに引っ張られた。その後に誰かに包み込まれ、倒れるのを防いだ。
諦めていたため、またも気を抜いていた私は、「ひゃっ…!?」とへんな声をあげてしまった。
ちゃんと階段に立ったとき、恥ずかしさに口を抑える。
すると、リュアンが「大丈夫ですか?」と顔を覗き込んで来た。
さっきの変な声を聞かれてしまったかもしれないプラス足を捻ったのがばれたらどうしようという恥ずかしさに、頬に熱が帯びるのが分かって、そのまま「大丈夫です…」と返した。
そして、そのまま歩き出そうとしたけれど、でも出来なかった。捻った方の足に鈍い痛みが走ったからだ。
「怖いですか?」
「いや…あの…」
でも、歩かないと足を捻ったのを気づかれてしまうと痛みを我慢して歩こうと思ったその時、浮遊感に急に襲われて、足が上がった。
「きゃぁっ!?」
リュアンがわたしを抱き上げた。しかも女子が夢見るお姫様抱っこだ。
「ちょ…ちょっと、あの…リュアン、様?」
「どうかしましたか?」
気のせいか、アワアワしているわたしを見て楽しんでいるかのように笑みを浮かべるリュアンはさながら悪魔のようだ。
「いえ、あの下ろしていただけませんか!?」
「だって、足を捻ったのですよね?無理して歩くのは良くないですよ」
ニコッと笑ってそう言いのけたリュアン。
私が足を捻ったことに気づいていたらしい。ということは、全部わかった上で
「怖いですか?」なんて聞いてきたリュアンは確信犯だ。
「っひどい…」
「ふふっ、何か言いましたか?」
ご機嫌のリュアンは聞こえてるにもかかわらず、余裕綽々の笑みで私に笑いかける。
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