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子フェンリル

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「ウヴァゥルルルルルル……」

 ズシンと、その巨体に似合わない素早さでゆらりとフェンリルは口に膨大量の魔力を溜めた。

「ファゥッ」

 ジュッ。

 瞬間、ハルト達の横の木々が一瞬にして・・・・・消滅した・・・・。ついでに、ハルトが持っていた剣も。
 まるでぽっかり空いたその空間に、思わずハルトは顔を引きつらせた。
 あまりにも桁違いすぎる魔力に。あまりにも桁違いすぎるその威圧に。
 出発前の威勢なんてどこかへとっくに飛んでいた。
 最初から、こうなることくらい分かっていただろうに……。

「がふん」

 と、思っていたらぼくは宙に浮いていた。

「え……!? え……ッ!? は、ハルト、みんな! たす――!?」

 フェンリルがぱくりとぼくの身体を服ごと持ち上げていたのだった。

 このままじゃ死ぬ……こんなところで、何も出来ずに……!?

 「……逃げるぞ、逃げられるか分からないけど、どこか遠くへ! アイツが本当の囮になっている今しかねぇ!」

「さ、さささ、賛成……! これじゃ、命がいくつあっても足りないよ……!?」

「私、死にたく、死にたくないです……! すみません、すみません、レアルさん!」

「逃げられんなら御の字だッ!! クソッタレ!!」

 そっか。そりゃ、そうだよね……。

 万能魔法が使えるとは言っても、所詮はスライムを倒す程度のこの力じゃ、やはりどこも必要としてくれなかったんだ。
 知ってたけど、やっぱりちょっと……悲しいかな。

「…………グルルルル…………」

 フェンリルはぼくを担ぎ上げたままで、何故かそこから動こうとはしなかった。
 フェンリルまでもがぼくに同情しているかのようだった。

「……このままぼくを食べるのかい?」

 どうせ答えなんて返ってこないだろうけど。

『いえ、あなたこそ私が探し求めていた人材です』

 ふと、声がした。
 同時にぼくの身体は再び地上へと降り立った。

「……? ……?」

 状況が全く掴めないぼくに、目の前の巨大なフェンリルは一切の攻撃性のない瞳でぼくを見つめた。

「ぐるるるる……! きしゃぁ……! きしゃぁ……!」

 そんなフェンリルの足下には、小さな小さな犬がいた。
 全身白毛で覆われ、額に縦縞がある……まるで目の前の大きなフェンリルをそのまま小さくしたかのような感じだ。
 そして、大きなフェンリルは子フェンリルの身体をぺろりと一舐めしてから、ぼくに言ったのだった。

『あなたに、お願いがあるのです。この子を、あなたの手で育て上げてもらいたいのです』


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