手持ちキッチンで異世界暮らしを快適に!

榊原モンショー

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旧エイルズウェルト防衛戦

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 衛兵の伝言と共にアステルさんの瞳がキッとギラついた。

「衛兵。即座に第一大隊全員をかき集めてくれ。とにもかくにも王都の情勢を見てみないと判断は出来ない。殿は我々が務めます」

 てきぱきと指示を出すその姿は、アマリアさんに非常に似ていた。
 いや、アマリアさんがアステルさんに似ているんだろうな……。

「グレイス王。第一大隊を率いてあの化け物に接敵する許可を――」

 アステルさんの力強い言葉に、グレイス王は頷く。

「うん、分かった。だけど第一大隊だけなら近接戦闘のみになる心配があるね。直属軍勢の魔法師団の指揮権を第一大隊長に与える。後方からの魔法支援もさせれば、少しは違ってこよう」

「レスタル国王直属の魔法師団を……?」

「あぁ。未曾有の危機に出し惜しみは出来ないからね。私もこれから王都へ向かう。お前達にはいつも苦労をかけるな」

 まさに阿吽の呼吸。お互いがお互いを信頼しているからこそ出てくる言葉の数々に、俺は小さく震えていた。
 そんな中で、マリーが俺の裾を震えながら握る。

「あ、あれの中に、行くのか……? アステル……」

 マリーは、涙目だった。

「あぁ。民を見捨てて行けるわけもないからな。こんな時のために、第一大隊長っつー肩書きがある。それに――」

 一呼吸置いて、アステルさんは隣の男を指し示す。

「――レスタルの王が向かってんのに、部下がついていかねぇ訳がないだろう?」

 瞬間、ピリとした緊張感が迸る。
 銀の短髪を掻き分けたグレイス王は、苦笑いを浮かべる。

「民を置いて逃げるお飾りな王様なんて嫌だよ。アステルにも迷惑をかけるよ」

「わ、私も行きます! あ、アステルは私がいなくちゃ、ほ、本気出せませんから……ッ!」

 震える手を握りしめて、気丈に振る舞おうとするマリー。
 それでも彼女は胸をドンとたたいて自らで自らを奮い立たせようとしている。
 アステルさんが、グレイス王が、マリーが俺に背を向けて王宮の外へと進んでいく。
 王都は阿鼻叫喚と化していた。足に響いてくる重低音と、混乱の音。
 それに凜と立ち向かうその3人の姿が俺には眩しく映っていた。
 だからこそ――。

「俺も、行きます。行かせてください」

 俺の嘆願に、グレイス王はきょとんとした表情で俺を見つめた。

「い、いや、気持ちは嬉しい。他国の侵略とも、未曾有の災害だとも判断できかねないこの状況に部外者・・・の君を巻き込むわけにはいかないよ」

 グレイス王の優しい諫めに続いてアステルさんも呟いた。

「タツヤ。お前は故郷に帰らねばなるまい。何もかもが分からぬこの状況だ。民と一緒に逃げておけ。かの化け物は我々で食い止めておこう」

 からからと笑みを浮かべるアステルさん。

 俺は思い出す。エイルズウェルトの地下で見た、長い長い絵巻物を。

 ――空はガラスのように割れ、そこから出てくる巨大な1頭の龍。

 ――逃げ惑う人々。炎の海に包まれる街。グラントヘルムが通った跡には草木が異常増殖している。

 グラントヘルムが一歩進めば、草木が生える。
 新芽が出て、それが小さな苗木に変わり、大きな木に成長し、木の幹から腐敗し、枯れていく。枯れた木は土にかえる。
 そのサイクルをたった数秒でまわしながら進んでいく龍に、3人も絶句するしかない。
 だが、絵巻物のように、まだ街は火の海に包まれてはいない。

 両翼を大きく空に羽ばたかせたグラントヘルムの咆哮が、街中をパニックに陥れていた。

「……タツヤ?」

 マリーがひょいひょいと、逃げる市民を誘導する衛兵達の方を指さした。
 それに構わず、俺は前を歩く2人に懇願する。

「……グレイス王、アステルさん。お願いします。あの龍を倒せるのは俺しかいません。力を、貸してください!」

「あの龍を倒せるのがあなたしかいない……?」

「お前とあの龍が何か関連しているとでも言うのか?」

 グレイス王と、アステルさんがそれぞれ怪訝そうに問う。
 俺は短く息を吸った。

「あの龍によって、俺はこの時代・・・・に飛ばされてきました。俺が元の世界に戻るにもあの龍の存在が不可欠です。そして、俺はこの後どうなるかは大体把握しています。急がないと、取り返しのつかないことになります――!」

 王宮外へと歩みを進めながら、俺は言う。

「ふん……それだとまるで、タツヤがこの時代の者ではないとでも言うようではないか。はっはっは。この緊急時にそんな戯れ言を言うとは……お主もなかなか肝っ玉が座っておるのだな!」

 カラカラと笑みを浮かべて、俺の背中をぱしぱし叩くのはアステルさんだ。

「――……」

 俺はそのからかいに笑うことなど出来ず、歯噛みするしかない。
 もとよりこんな絵空事みたいなことを信じてもらえる方が、どうかしている。
 そんな中で俺の言葉を真剣に聞いてくれていたのは、グレイス王だ。

「あなたの故郷『エイルズウェルト』とやらは、確かに聞いたことはない。レスタルの王である私が各国の主要都市の名称を把握していないなど、本来はありえないことだ。アステル、空の異変とやらを感じたのはいつ頃だ?」

 グレイス王の質問に、アステルが頭を捻る中で即答したのはマリー。

「つい最近です。そしてタツヤを拾ったのも、つい先日になりますね」

 凜とした態度で王都の街へと辿り着いた俺たちは、空に浮かぶ黒い穴を凝視する。

「なるほど。ならば、君が意図せずして災禍を連れ込んできた……と考えることも出来るね」

 意地悪そうな笑みを浮かべてグレイス王は続ける。

「この世界の者ではない、か。さながら異世界転移者って所だ。にわかには信じがたいし、リスクは高いかもしれない」

 そう言って王が取り出したのは、先ほど俺が見せた日本製の硬貨だった。

「……世の中には色々な人間がいるものだ」

「――グレイス王?」

 達観したグレイス王の呟きに、アステルさんは首をかしげた。
 にやり、不適な笑みを浮かべるグレイス王は言う。

「いいだろう。5分だ。軍の混乱を収めるのにもそのくらいはかかるだろう。5分だけこの王都の命運を君に託してみてもいい」

「……お、お戯れを!?」

「いいんだ、アステル。でも、この子が来たこと、言うこと。そしてあの黒い穴から出てきた巨大龍。全てを考えると、辻褄が合わないこともない。その間は市民の誘導を最優先に王都の護りを固める。アステル、君は第一大隊を率いてタツヤ君の補佐をしてくれ」

「……ッ! しょ、承知……!」

 不服、と言った様子ながらもアステルさんは頷いた。
 グレイス王は続いてマリーを見据える。

「マリー。君には第三大隊を率いて欲しい。とはいえ、姓のない放浪者を大隊長に据えると後から上層部がうるさいからねぇ」

「わ、私が……大隊を……!?」

 グレイス王の言葉に、マリー、そしてアステルまでもが顔に笑みを浮かべていた。

「非常事態だ。指揮官は1人でも多い方がいい。マリーがアステルに色々教わっているのも知っている。今が力の見せ所だよ」

「は、はいッ!」

「君には……そうだな。第一大隊長アステル・グスタフ。その補佐として走り回る第三遊撃部隊の長としてアマリア・ステルの名を与えよう。アステルと共に生き、アステルが護ってくれるように――って願掛けだね」

 アマリア・ステル――。

 そう名付けられたマリーは、金の短い髪をぷるぷる振りつつ、アステルさんを見た。

「あ、アマリア……ステル……」

「粋な計らい、感謝しますぞグレイス王。ならば、マリーは……いや、アマリアは俺が命を賭けて護っていきましょう」

 王都中央に手配されたのは、闘龍、バトルドレイク。
 グレイス王、マリー……いや、アマリア、そして、アステルさん。その後ろに騎乗した俺に、グレイス王は再度声を掛けた。

「よろしく頼むよ、みんな」

 そんなグレイス王の檄と共に、旧エイルズウェルト攻防戦が幕を上げたのだった――。
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