手持ちキッチンで異世界暮らしを快適に!

榊原モンショー

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紡いだ歴史

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「荷物は全て置いていくんだ! 今は自らの命と家族のことだけを考えてくれ!」

 闘龍バトルドレイクに騎乗しながら王都を駆け回るのは国王と直近の親衛隊。
 逃げ惑っていた人々に寄り添う形で隊列を組んだ国王軍の元では、混乱は小規模に止まっていた。

「5分、か」

 ――5分だけこの王都の命運を君に託してみてもいい。

 グレイス王から与えられたのは、たった5分だ。
 それでも、どこから来たのかも分からない奴に与えてくれた時間。
 どんな5分間よりも、大切な時間になるだろう。

「タツヤ、準備は良いか?」

 バトルドレイクの綱を持つアステルさんが後ろの俺を向く。
 2人乗りも意に介さずに闘龍は落ち着き払っている。
 眼前に聳える山のような龍、グラントヘルムを前に肌はピリピリと危険信号を投げかけていた。

「……アステル……」

 心配そうな表情を浮かべるのはアマリアだ。
 金髪幼女のエルフが騎乗する闘龍の後ろには、グレイス王が授けた第三大隊の軍勢が待機していた。

「大丈夫だ……アマリア。第三大隊は元グレイス王直下の軍勢。戦闘能力に置いては秀出ている。お前は思う存分指揮を震えばいい。それに――」

 ふと、アステルさんは王都全域を休まず駆け回るグレイス王を一瞥した。

「お前は長きに渡ってあの王を支えてやってくれ。グレイスという王様がいれば、国は何度でも立ち直れる」

「――……?」

 アステルさんの言葉の真意が、俺には分からなかった。
 だが、彼は野太い手で手綱を握ってバトルドレイクに指示を出した。

「わたしたちも続きますッ! みなさん、お願いします!」

 金髪幼女のエルフ、アマリアもアステルさんに続く。
 直後、怒号のような雄叫びと共にバトルドレイクにぴょこりと騎乗したアマリアを追うのは新第三大隊の面々だ。

「アマリア様をお護りしろぉぉぉぉぉぉぉ!!」
「我らの女神に栄光あれ! 栄光あれぇぇ!!」
「アマリアたぁぁぁん! アマリアたぁぁぁぁん!!」

 ――若干ヤバい士気の上がりようだが、そんなことも構わずと直剣を掲げてアマリアは王都郊外へと突き進んでいった。

「行くぜ、異世界転移者。グレイス王あいつから貰った5分、無駄にするんじゃねーぞ」

 にやり、笑みを浮かべてアステルさんと俺を乗せたバトルドレイクは初歩最高速で王都郊外へと飛び出した。

 グラントヘルムは俺たちのそんな気も知らずに「ヴァフ」と小さく声をあげて口の中に炎を精製している。

「全兵! 各自法撃を浴びせながらも自身の防御を優先しろ! 悪いが道半ばで倒れられても救うことは出来ないからなッ!」

 アステルさんの檄に呼応するかのように声をあげる兵達。

 ――グンッ。

 アステルさんが勢いよくバトルドレイクの手綱を引っ張ると同時。
 グラントヘルムの炎球が大地を抉る。
 その余波を受けて吹き飛ぶ兵もいる。だが、アステルさんは一切怯むことなく剣を天に掲げる。

 各々が個人を護る程度の防御術式を展開し、それに乗り遅れた者は屠られる。
 エイルズウェルトでの攻防戦では、大人アマリアさんの率いる大隊が全体規模で防御術式を張り、全員無事で目標打倒を目指すタイプだった。
 それに比べてアステルさんは違う。

「倒れた屍は乗り越えて行けッ! 例え1人になったとしても、異世界転移者を奴の元に近付けさせれば俺たちの目的はそれまでなのだからなぁっ!」

 グラントヘルムの猛攻によって1人、また1人と減っていく中でそれに構わず突き進む。

「アステル様! 上、来ます!」

「――む?」

 その時だった。
 時空龍の攻撃の矛先が俺たちから、俺たちの先――中央都市グレイスへと向けられていた。

「ゴァァァァァァァァッ!!!」

 巨大な雄叫び、震える空気。空間が捻れるかのような轟音と共に時空龍の口に蓄積される炎の球。
 先ほどよりも遙かに濃密な圧力に封じ込められた単調な一撃。
 単調であるからこそ、避けられない。
 その圧倒的な一撃だけで全てを屠れるからこそ、全てを注ぎ込めるのだから。

 思わずぞわり、肌が逆立つのが感じられた。

 ――ボゥッ。

 空気さえも燃やしながら街へ向かうその攻撃に、アステルさんは「ちょいちょい」と俺にバトルドレイクの手綱を握らせた。

「おい、その剣、俺に貸せ」

 次いで、兵の腰に提げられた剣を鞘から抜き放つ。
 アステルさんはバトルドレイクの背中に直立した。
 そして――。

「――光魔法、陽光の一閃イリアクティーダァ!!」

 剣と一体化して現れた巨大な一筋の光が、炎球と衝突。
 聞いたことのある魔法形態と、きらきらとした目で見つめるアマリアの姿が重なった。
 アステルさんは魔法と一体化した剣を横に薙ぐ。分散された炎球は中央都市グレイスを避けるように彼方の大地に着弾する。

「す、すげぇぇぇ……!」

 思わず出てきたその言葉に、第三大隊の真ん中でアマリアさんが大声を張り上げる。

「当たり前だもん! アステル、すっごく強い魔法戦士だもん!」

 強引、ゴリ押しとも呼べる魔法で次々と炎球を斬り伏せていくアステルさんに、アマリアはそれでも不安そうな笑みを送る。

「私も、いつか、アステルみたいな魔法使って、いっぱい敵を倒すもん!」

 頬をぷくりと膨らませるアマリア。

「ゴァァァァァァッ!!」

「おぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!」

 魔法法撃の炎球を次々と繰り出す時空龍。それを一撃たりとも取りこぼさないアステルさんの激しい攻防は続く。

「――タツヤ、来て!」

 短い腕を懸命に振るアマリアに、俺はバトルドレイクの向きを変えていく。
 ぴし、ぴし、と。
 グラントヘルムの法撃力が少しばかり上回るのが聞こえていた。
 アステルさんの光の剣に綻びが生じ、討ち漏らした魔法力で固められた炎球が俺たちの元に隕石のように降り注ぐ。

「……死んでも、護るぞ」

 アステルさんは口端に血を滲ませながら小さく呟いた。
 着ている鎧はボロボロ。筋骨隆々とした筋肉からは、プスプスと焦げ臭い匂いを醸し出している。
 満身創痍だった。
 それでもなお、アステルさんの瞳は死んではいなかった。

「グレイスが――レスタル国が紡いできた歴史を、ここで終わらせるわけにはいかねぇだろうが……!」

「アステル! その傷じゃもう防げないよ……降りてきて!」

 アマリアの叫びにも似た声に構うことなく、アステルさんは剣を構える、
 大上段に剣を振りかざし、光の量が一気に増す。それに応じるかのようにグラントヘルムも口内に巨大な炎を生じさせる。

「ゴァッ!!」

 長いような、短いような咆哮と共に最高速度の炎球を射出するグラントヘルム。
 魔法力も枯渇し、剣を投げ捨ててアステルさんはにやりと口角を上げた。

「まだまだ行ける!!」

 野太い吠え声と共に炎球に拳を突っ込もうとした、その時だった。

「――よく言った、アステル。だが君はまだこんな所で倒れるような器じゃないだろう?」

 優しげな声と共にアステルを地上に引きずり下ろした者がいた。
 瞬間、アステルが受け止めるはずだった炎球は綺麗な弧を描いて王都の街並みに突っ込んでいったのだった。
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