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ルーナの力
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獣の耳に、獣の尻尾。こんな人種はまず地球上で存在しない。ということを考えると、全くもって別次元の世界――つまり『異世界』に何らかの理由で転移した、ということが推測される。
だが、よりによって一緒に転移してきたのが何故キッチンなのか。それは考えても考えても分からないものだった。
俺は少女――ルーナが食べ終わった皿を流しにおいて、何も考えずに無心に皿を洗った。
五日間溜めていた洗い物を、現実を受け入れる作業と並行させてしていく間にもルーナは少しばかりうつら、うつらとした様子だ。
確かに美味い飯を食った後に暖かい太陽の下でじっとしていると眠くなってしまうのも無理はないかもしれない。
「……これからどーしたもんか」
現実世界に帰る――という手があるのならばそうしたいのは山々だ。
何せ、来週には大学での大事な後期試験が控えている。今回出席しなかったら単位が取得できずに卒業要件を満たせなくなってしまうなーなどと考える一方、もうどうせならここに定住してしまえばいいのではないか、だがそうすると親や親戚、友達が不審に思って俺を捜索してしまうかもしれない――。そんな様々な考えが頭を過っていく。
「……この度は私を助けて下さって、ありがとうございました」
「あーいいっていいって。気にしないでくれ。ああまで美味そうに食われるとこっちも嬉しかったからな」
俺の腹にとっては嬉しくなかったけど。
「……ところで、ここ、どこだ?」
そんな、ここに来てからずっと抱いていた疑問を単刀直入にルーナに投げかけた。
ルーナは質問の意味を理解していないかのような表情になり、俺の後方の文明の利器を見てさらに首を傾げた。
「ここは……一応、レスタル国の北方――ダイミガハラ草原と言われる場所ですが……もしかして……あな……えっと……そういえばお名前を」
「あー、嘉市達也だ。タツヤって呼んでくれればいいさ」
「畏まりました、タツヤ様」
「な、何も様なんてつけなくても……大げさだな」
俺のその言葉を小さく噛み砕いて、ルーナは続ける。
「改めまして、自己紹介をさせていただきます、タツヤ様」
もういいや……。
「私、本名の方をルーナ・エクセン・ロン・ハルトと申します。元《・》獣人族《エクセンビースト》出身の今は流浪の身。この度は救って頂き、本当に感謝します」
「獣人族……って、本当にそんな種族がいるんだな……」
「獣人族は世界的に見てもそれほど少なくない種だとは思うのですが……」
不思議そうに頭を傾げるルーナ。
なるほど……ルーナのような少女が沢山いるのか。それはそれで興味深い物である。
だが、俺にはそれよりも引っかかった所があった。
「それより、元ってのはどういう意味だ?」
すると、ルーナはピンと張っていた耳を萎れさせた。同様に、先ほどまで活発だった尻尾の動きも明らかに感情に応じてへなへなとしなっていく。
「実は、先日……その、一族を破門にされまして……」
「破門?」
「はい……。あの、私、特定の魔法以外に属性魔法が使えないので……」
「この世界には魔法の概念まであるのか」
それはそれで初耳だ。魔法っていうと……火、とか水、とかを使う、あれか?
「普通、私たち獣人族にはそれぞれ生まれ持って発現した魔法を使うことが出来るんですが、私はその、属性の魔法が使えないんです。それからか、お前は獣人族じゃないって、一週間前に追い出されて……」
「なるほどなぁ。それで、食う物もあんまなくてあんな感じだったのか」
「……その、はい、恥ずかしながら……五日ぶりの食事だったので、つい……」
悲し気に呟くその瞳には、幾粒もの涙が浮かんでいた。
こんな小さい子を一族から平然と追い出せるのか。それも、属性魔法が使えない、ただそれだけのことで――。
「…………どうしました? タツヤ様」
俺は、ルーナの頭を手でわしゃわしゃと撫でていた。
柔らかい金の髪の毛が獣耳と合わさってさらに柔らかさを増していた。心なしか熱い気がするが。
「……そういや、ルーナ。お前は特定の魔法しか使えないって言ったな? 何かの魔法は使えるってことなのか?」
俺の言葉に、わしゃわしゃと撫でられたままルーナはこくりと頷いた。
「魔法というのは主に三つに分かれます。これは知っていますか?」
「……知らないけど」
「……た、タツヤ様は一体どこからいらしたのですか……!? 魔法概念のない世界と言えば……あれ? どこでしょう……」
「俺が知りたいわ。まぁいい、続けてくれよ」
「私たち獣人族が使うのは主に属性魔法と肉体増幅魔法。ですが、私は……その、肉体増幅魔法しか使えないんです……それも、すっごく強力な……」
「――というと?」
「……自分の体内エネルギーを増幅させて、肉弾戦特化の身体に……つまり、身体能力が底上げされるんです」
「あんま実感湧かねーなー。身体能力が底上げってのがよく分かんねぇ」
「えっとですね……では、失礼します、タツヤ様」
瞬間、ルーナの周りに何か白いオーラのようなものがまとわりついた。
刹那――。
「シャァッ!!」
ピッ!!!
ルーナの短い猫のような威嚇声と共に飛び出した一閃は、俺の隣で飛び回っていた羽虫を真っ二つにした。
ルーナの可愛らしい小顔には両頬には虎のような小さな三本線。そして鋭利に尖った爪がきらりと反射した。
すさまじい速度で俺の後ろに移動したルーナは、「こういうことです」と飛び出た両の犬歯を見せつけて猫のような細い目で俺を一瞥する。
「私の肉体増幅魔法の威力は、一族一を誇ります……。それでも、破門されたことには変わりありませんけど、ね」
そう自重するように呟くルーナだが。
やべぇ、死ぬかと思った。
「……でも、私はこれにも欠点があるんです」
――と、ルーナが言葉を発した時、彼女の周りを覆っていた白いオーラは空中に霧散し、パタリと力なく倒れたその姿は、少し前のルーナに戻っていた。
「私、この力を使うのには、すごく、その、エネルギーを使うんです……。これを使ったら、何か食べないと……動けないんです」
きゅるるるる、と可愛らしいお腹の音を鳴らしたルーナ。
「あの……ご、ご飯……もらえませんか?」
倒れ伏したまま、「はぁ……はぁ……」ととんでもない息切れを見せる彼女に俺が思ったことはただ一つしかなかった。
……燃費悪っ。
だが、よりによって一緒に転移してきたのが何故キッチンなのか。それは考えても考えても分からないものだった。
俺は少女――ルーナが食べ終わった皿を流しにおいて、何も考えずに無心に皿を洗った。
五日間溜めていた洗い物を、現実を受け入れる作業と並行させてしていく間にもルーナは少しばかりうつら、うつらとした様子だ。
確かに美味い飯を食った後に暖かい太陽の下でじっとしていると眠くなってしまうのも無理はないかもしれない。
「……これからどーしたもんか」
現実世界に帰る――という手があるのならばそうしたいのは山々だ。
何せ、来週には大学での大事な後期試験が控えている。今回出席しなかったら単位が取得できずに卒業要件を満たせなくなってしまうなーなどと考える一方、もうどうせならここに定住してしまえばいいのではないか、だがそうすると親や親戚、友達が不審に思って俺を捜索してしまうかもしれない――。そんな様々な考えが頭を過っていく。
「……この度は私を助けて下さって、ありがとうございました」
「あーいいっていいって。気にしないでくれ。ああまで美味そうに食われるとこっちも嬉しかったからな」
俺の腹にとっては嬉しくなかったけど。
「……ところで、ここ、どこだ?」
そんな、ここに来てからずっと抱いていた疑問を単刀直入にルーナに投げかけた。
ルーナは質問の意味を理解していないかのような表情になり、俺の後方の文明の利器を見てさらに首を傾げた。
「ここは……一応、レスタル国の北方――ダイミガハラ草原と言われる場所ですが……もしかして……あな……えっと……そういえばお名前を」
「あー、嘉市達也だ。タツヤって呼んでくれればいいさ」
「畏まりました、タツヤ様」
「な、何も様なんてつけなくても……大げさだな」
俺のその言葉を小さく噛み砕いて、ルーナは続ける。
「改めまして、自己紹介をさせていただきます、タツヤ様」
もういいや……。
「私、本名の方をルーナ・エクセン・ロン・ハルトと申します。元《・》獣人族《エクセンビースト》出身の今は流浪の身。この度は救って頂き、本当に感謝します」
「獣人族……って、本当にそんな種族がいるんだな……」
「獣人族は世界的に見てもそれほど少なくない種だとは思うのですが……」
不思議そうに頭を傾げるルーナ。
なるほど……ルーナのような少女が沢山いるのか。それはそれで興味深い物である。
だが、俺にはそれよりも引っかかった所があった。
「それより、元ってのはどういう意味だ?」
すると、ルーナはピンと張っていた耳を萎れさせた。同様に、先ほどまで活発だった尻尾の動きも明らかに感情に応じてへなへなとしなっていく。
「実は、先日……その、一族を破門にされまして……」
「破門?」
「はい……。あの、私、特定の魔法以外に属性魔法が使えないので……」
「この世界には魔法の概念まであるのか」
それはそれで初耳だ。魔法っていうと……火、とか水、とかを使う、あれか?
「普通、私たち獣人族にはそれぞれ生まれ持って発現した魔法を使うことが出来るんですが、私はその、属性の魔法が使えないんです。それからか、お前は獣人族じゃないって、一週間前に追い出されて……」
「なるほどなぁ。それで、食う物もあんまなくてあんな感じだったのか」
「……その、はい、恥ずかしながら……五日ぶりの食事だったので、つい……」
悲し気に呟くその瞳には、幾粒もの涙が浮かんでいた。
こんな小さい子を一族から平然と追い出せるのか。それも、属性魔法が使えない、ただそれだけのことで――。
「…………どうしました? タツヤ様」
俺は、ルーナの頭を手でわしゃわしゃと撫でていた。
柔らかい金の髪の毛が獣耳と合わさってさらに柔らかさを増していた。心なしか熱い気がするが。
「……そういや、ルーナ。お前は特定の魔法しか使えないって言ったな? 何かの魔法は使えるってことなのか?」
俺の言葉に、わしゃわしゃと撫でられたままルーナはこくりと頷いた。
「魔法というのは主に三つに分かれます。これは知っていますか?」
「……知らないけど」
「……た、タツヤ様は一体どこからいらしたのですか……!? 魔法概念のない世界と言えば……あれ? どこでしょう……」
「俺が知りたいわ。まぁいい、続けてくれよ」
「私たち獣人族が使うのは主に属性魔法と肉体増幅魔法。ですが、私は……その、肉体増幅魔法しか使えないんです……それも、すっごく強力な……」
「――というと?」
「……自分の体内エネルギーを増幅させて、肉弾戦特化の身体に……つまり、身体能力が底上げされるんです」
「あんま実感湧かねーなー。身体能力が底上げってのがよく分かんねぇ」
「えっとですね……では、失礼します、タツヤ様」
瞬間、ルーナの周りに何か白いオーラのようなものがまとわりついた。
刹那――。
「シャァッ!!」
ピッ!!!
ルーナの短い猫のような威嚇声と共に飛び出した一閃は、俺の隣で飛び回っていた羽虫を真っ二つにした。
ルーナの可愛らしい小顔には両頬には虎のような小さな三本線。そして鋭利に尖った爪がきらりと反射した。
すさまじい速度で俺の後ろに移動したルーナは、「こういうことです」と飛び出た両の犬歯を見せつけて猫のような細い目で俺を一瞥する。
「私の肉体増幅魔法の威力は、一族一を誇ります……。それでも、破門されたことには変わりありませんけど、ね」
そう自重するように呟くルーナだが。
やべぇ、死ぬかと思った。
「……でも、私はこれにも欠点があるんです」
――と、ルーナが言葉を発した時、彼女の周りを覆っていた白いオーラは空中に霧散し、パタリと力なく倒れたその姿は、少し前のルーナに戻っていた。
「私、この力を使うのには、すごく、その、エネルギーを使うんです……。これを使ったら、何か食べないと……動けないんです」
きゅるるるる、と可愛らしいお腹の音を鳴らしたルーナ。
「あの……ご、ご飯……もらえませんか?」
倒れ伏したまま、「はぁ……はぁ……」ととんでもない息切れを見せる彼女に俺が思ったことはただ一つしかなかった。
……燃費悪っ。
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