手持ちキッチンで異世界暮らしを快適に!

榊原モンショー

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今日のおやつはパンケーキ!①

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「――なっがい……」

 ふいに口をついて出た言葉は、心の底からの本音だった。
 俺たちは今、グレインさんに言われたとおりに北方都市から中央都市へと向かっている……のはいいが、あまりにも長すぎる。
 日が昇り、歩き、日が暮れ、近くで野宿。または近くの民家で少しばかり金を払って泊めて貰う。そして朝が来たら歩き、日が暮れ、野宿。その繰り返しをおおよそあと半月。
 それを考えただけでもなかなかに思考停止しなければやっていけない……。
 というかもう嫌だ。疲れた。歩きたくない。

「と言われましても……ですから、私がタツヤ様を担いで歩きましょうか? と何度か進言したではありませんか」

 実のところ、ルーナはあまりにも力がありすぎる。現に今だって平気な顔でキッチンを手で持っている……まさしく手持ちキッチン。
 やろうと思えば俺がキッチンの上に乗っていればいいのだ。
 だが、現実問題として確かに揺れはしない。どちらかというと、ルーナがキッチンの揺れに会わせて上下するために揺れが相殺される形になるのだ。
 ――が、酔う。
 バス酔いも、船酔いも、飛行機酔いすらしなかった俺がルーナに数十分運んで貰うだけで酔うのだ。
 だから結局は俺も歩くしかないのだが、いかんせんこの異世界では交通手段はほとんどない。
 バスも通らなきゃ、ヒッチハイクすら出来ない。
 たまに走行型運龍が走ってくるが、この大荷物だとそれも許容してもらえない。
 そんな面倒な手荷物をもつ俺たち一行はただひたすらに歩くしか出来ないのだ。

「では、少しばかり休憩致しますか」

「……よろしくお願いします」

 なんたる体たらくだろう。
 ルーナが苦笑いをして、ただただ一本続く道の端の草むらの上にキッチンを置いた。
 俺の身体はもはやガタガタである。
 日本にいた時は、基本的にはこんなに歩くことなんてなかったからな……。それも、長時間、長距離。
 暖房の効いた部屋でテレビやゲームやスマホを持って一日中だらだらする、そんな生活が一転。野宿に歩きに……。散々だ。
 草原に座った途端に、風が冷たく感じられた。
 草と草がこすれあう音が耳をかすめていく。悪くない音色だ。

「でも、悪くもないかもな」

 こっちの世界に来てからはや半月。俺はこの世界に、少しずつ、少しずつ馴染み始めていた。

「――ふにゃぁ……」

 俺の隣では、冷蔵庫を開け閉めして冷気を浴びているルーナの姿。
 確かに、日中は気温も上がる。特にもふもふ度の高いルーナだと、この程度の暑さにも弱いのだろうか。
 それにしても、電気はどこから補充されてくるんだ……。前々から考えていたことではあるが、コンセントももはやなくなっている。スイッチを押せば炊飯モードになるし、蛇口をひねると水が出る。
 本当、どうなってるんだ……? とはいえ、これがあるから今俺は生きられているのだが。

「そういや、ルーナ。ちょっと地図貸してくれ」

 俺が指示すると共にルーナは「はい」と居住まいを正して、丸めた地図をぺらと開いた。

「今、俺らどこにいるんだ?」

 俺の問いに、ルーナは「そーですねー」と短く相槌を打った。

「半月ほど前、私たちが出発した北方都市ルクシアが後方に。そして、前方にはあと一日ほどあるけば大円森林ヴァステラが。そこで本来ならば旅の折り返し地点となり、もう半分ほど歩けば中央都市エイルズウェルトとなりますが……しばし迂回するのでもう少し時間が掛かる、といったところでしょうか」

「……なんで迂回するんだよ。もうこのまま突っ切ろうぜ……俺にはもう迂回する体力なんて残ってないんだが……」

「……私が迂回したいからです」

「そこは嘘でも危険な生き物がいるとか言ってくれよ!」

「大円森林ヴァステラには巨大な集落があり、そこではルクシアとエイルズウェルトの中間地点としてたくさんの行商人が行き交います。その中で発展してきた中継地点でもあります」

「じゃぁ行けばいいじゃん……」

「でも……私情によりあまり好ましくはありません」

「……私情っすか」

「……私情です」

 弱々しいモフ耳が、何やらの事情ありと物語っていた。
 そういえば、ルーナと最初に会った時も腹ぺこぺこに空かせた上に一族から破門されているらしかったり、何かと事情ありな様子だったからなぁ。
まぁ、この旅もルーナありきだし、本人が嫌ならばそれは避けていくのが妥当だろう。

「……分かった。じゃ、迂回しよう。ルートは任せる」

「ありがとうございますっ」

 ぱぁっと表情が明るくなったルーナ。
 俺も、そろそろなんとかしないとな……。

 ――と、照りつける太陽。そして吹き抜ける風。

「……休憩がてら、なんか作るか」

 俺は冷蔵庫を見渡して、一つレシピを思いつく。
 確か、ベーキングパウダーがキッチン下にあったはず……。

「って、そういやここに卵あったか。割らないように……」

 グレインさんから貰った運龍の卵は、キッチン下に大切に収納されている。
 孵化するまでに約一月だったっけ。グレインさんからは生まれた後の粉ミルクなどの準備も万端だった。

「よし、ルーナ。面白いもの作ってやるよ」

「……ふぉぅ?」

 軽いストレッチをして使った筋肉をほぐすルーナに、俺は言葉をかけた。

「パンケーキ。まぁ、おやつみたいなもんだ」

「……ぱんけーき?」

 そんなルーナの声と共に、俺は調理を開始した。
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