手持ちキッチンで異世界暮らしを快適に!

榊原モンショー

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今日のおやつはパンケーキ!②

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 パンケーキ。
 その昔、小学校から帰ったときは母親が作って待ってくれていたものだ。
 14時30分に学校からの集団下校での帰宅。そして友達と公園で遊ぶ約束を取り付けて15時の時報と共に、蜂蜜のたっぷりかかった甘いパンケーキを口いっぱいに頬張る。
 それを食べ終わると同時に自室からグローブとバットを持って、家を飛び出して公園へと向かう。

 そのときに食べていたパンケーキは、とても甘くてふわふわしたものだった。

「タツヤ様ー?」

「っと……何でもない」

 キッチン下からベーキングパウダーなどを取り出して、着々と準備を進めていく。
 手元にある食材はというと、ベーキングパウダー、牛乳、バニラエッセンス、マーガリン、そしてグレインさんからの貰い物、宝珠玉ルービエ
 大まかな材料は問題ない。
 バニラエッセンスなんていつ使うんだと母親が以前仕送りしてくれたのを見て思ったがこんなところで役に立つとは……。物は考え用だな。

「準備、整いました」

「おー、ありがとう、ルーナ」

「いえいえ……ふふふ~」

 俺が顎の下をくすぐってやると、恥ずかしそうに……だが嬉しそうに目を細めながら受け入れて尻尾を左右に元気よく振るルーナ。
 猫だ。まるで猫だ。

 そして、ここ半月、ルーナとただ旅をしていたわけでもない。
 ルーナが俺の調理姿を見て興味津々なのもあって、素人ながらも包丁の使い方や火の入れ方などを教えている最中でもある――のだが。

「じゃぁ、とりあえずルーナ。小麦粉とベーキングパウダー規定量頼む」

 ボウルをルーナに手渡し、「はいなっ!」と意気揚々と小麦粉の袋を開け、小さじに振り分けようとした、そのときだった。

 ドバッ

「――んにゃぁ!」

 ボウルの中にまき散らしながら、ドバドバと規定量の何十倍もの小麦粉を投入したルーナ。
 袋は破れてはいないものの、こう……なんか……。

「……またか」

 何を隠そう、ルーナ・エクセン・ロン・ハルトさん。

 ……ド不器用だった。

 大雑把な荷物の持ち運びを得意とするらしいが、このように細かいことになるとてんで苦手なようだった。だが、本人にはもちろん悪気などあるわけでもなく……。
 この半月で皿を2枚、コップを1個壊した前科を持つ。
 そしてボウル1個の大破、洗面台の軽度の凹みなどなどなど。

「すすすすすすいませんっ! わ、わざとじゃ……えっと……えっと……!」

 目をぐるぐると回して涙目になったルーナ。
 こう……攻めきれない感情が込み上げてくる。
 とはいえ、このことは充分に反省してもらいながら先へと進んで貰いたいものだが、今回はいかんせん修復可能なもの。

「あー……もう大丈夫だから、お前机で待ってろ……な」

 俺は苦笑いをしつつも、ボウルの中にまき散らされた小麦粉を、計量カップですくい取って袋の中に入れ直す。

「ルーナは……ルーナはだめな子です……」

 若干凹みつつ机の上に突っ伏してさめざめと涙を流すルーナだった。

 ……ともあれ、作業は続行しなければいつまで経っても終わらない。
 俺はボウルの中の小麦粉を適量に戻し、ベーキングパウダー、塩、砂糖を一緒に混ぜる。
 そこに投入するのは、宝珠玉ルービエ。改めて宝珠玉を見てみると、日本の卵より、卵黄は輝いている。卵白のほどよい粘り気や、割った際の黄金色のとろみ。
 これは是非ともTKかけGご飯にしたいものだが、以前それをルーナに進言してみたところ真っ青な顔で否定された。
 まぁ、そうだろうな。生食が原因でここまで忌避されてたのだから。

 そんな宝珠玉を割って、牛乳を投入。日本で買ったスーパーの牛乳はこれでついに底をついてしまったわけだ。
 この半月、いろんな料理に活躍してもらってたからな。
 これで冷蔵庫の中のシチュー粉はただのシチュー粉と化した。
 牛乳がない時点でシチューは作れない。
 
 どうやら聞いてみると、この世界には乳製品はとても貴重なものなので、使用するのは上流階級のみだという。
 基本的に、上流階級に広がる乳製品というのはルーナとはあまり話題に出せないが、獣人族――または人間の女性が出す母乳を基本としているようだ。
 俺としては考えられないんだが……。まぁ、一番安全……ってことらしい。
 その中で最も酷使されているのは獣人族だとか。
 うーん、そこらへんはよく分からないけど、結構事情はややこしそうだ。

 俺は牛乳の紙パックを流し台にぶちこんで、泡立て器を使って粉が見えなくなるまでにすりつぶす。
 その工程を興味深そうに観察しているルーナだった。

 風に吹かれて調理を継続しつつ、はや15分。

「……あ……あ"……」

 冷蔵庫を開く。

 中を見る。すぐさま調味料棚へ。

「ふー……ふー……」

 冷蔵庫を閉める。

 静かに息を飲む。そしてもう一度冷蔵庫を開き、調味料棚へ。

「……ない」

 パンケーキ。それには、必ずといっていいほどの必需品があるのだ。

「……た、タツヤ様?」

 突然調理が止まった俺の表情を見たのであろうルーナが心配そうにこっちを向いた。
 おそらく、ここに来て俺史上一番に真っ青だったに違いない。きっと滑稽だったに違いない。
 目の前が赤と黒でパチパチと点滅する中で――。

 パンケーキを彩る最重要食材。
 パンケーキの甘みを一気に増幅させる魔法の食材……否、第二のメインディッシュとも呼ばなくてはならない、あの食材が――。

「蜂蜜……ない……」

 真っ白になった俺の頭が無意識に発していた。


 ――蜂蜜が、ない。
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