手持ちキッチンで異世界暮らしを快適に!

榊原モンショー

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獣人族の宴③

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「そういえば……ネルトさんやルーナは今、どうしているんですか?」

 ネインさんが見せてくれたのは、ランの木を削って出てきた真っ黒な液体を日に当ててある程度蒸発させる壺が敷き詰められている場所。
 大きく10の樽に詰められているのは全部醤油らしかった。まぁ、確かに醤油さえあれば味付けはかなり助かるからな。
 そんな中で、再び元いた集落の真ん中で俺は族長に問いを投げかけていた。
 ロンの族長は持っていた杖を近くの獣人族の槍を持った男の人に向けて軽く小突いた。

「あの姉妹……とはいえ、いつものようにネルトがルーナをあしらっておるだけじゃろうが、見てきてくれ」

「――分かりました」

 軽い苦笑いにも似たため息と共にその男性は、ダンッと地面を一気に蹴って木と木の間を跳躍してあっという間に姿を消していった。

「まぁ奴らの姉妹喧嘩はしょっちゅうのことですわい。以前は藁倉庫の中に身体ごと突っ込んでいって食料すべてをぐちゃぐちゃにしてみたり、醤油壺を掛け合って倒してみたり……この村ではあの姉妹の喧嘩はある種の名物行事だったのです」

「な、何なんですかその迷惑極まりない姉妹喧嘩……」

 頭の中でも容易に想像できるその姉妹喧嘩を浮かべて苦笑いをしていると、後ろでは二人の親であるクセルさんとネインさんが申し訳なさそうにひたすら族長に頭を下げていた。
 た、大変だなぁ……。
 早めに話は切り替えておいた方が良さそうだ。
 聞きたいこともあったし……な。

「そういえば、族長。この辺りでは主食はどうなってるんでしょう」

「主食……ですか」

 そう、短く考えるように手を顎に乗せた獣人族の族長は、辺り一帯を見回した。

「先ほどからこの近くには番人を多く配置しているのはおわかりでしょうか」

「そういえば、さっきの人もそうでしたけどこの集落は入れ替わり立ち替わり村を守っているんですね」

「ここに番人を多く置くことに関しては主に三つの役割を果たしているのです」

 ネインさんとクセルさんは一度、族長にお辞儀をした後に下がっていく。
 俺は族長が向かう場所に着いていった。

「一つ目は、単純に集落の警備です。集落内に外敵がやって来ないか、また……獣人族の子供はやんちゃな者も多いので、森の中で迷う場合もあるのでそれを防ぐための見張りという意味もあります」

 族長は続ける。

「二つ目は、ある程度の緊張感を常に張り巡らせておくことで自堕落な生活をただすため。元来、私たちは日光を見れば日向《ひなた》を使って身体を休めるという本能的習性があるので……仕事が全く手に着かないのです……お恥ずかしながら」

 と、言われて俺も記憶の裏に実家で飼っていた猫を思い出す。
 確かに、あいつら……隙あらば日の当たるところでひなたぼっこしてたもんな……。そういう動物の習性はこんな所にも影響してしまうのか。
 頭の中で故郷の猫を思い浮かべていると、族長はそれぞれの木々の枝に着いている茶色い何かを指さした。

「三つ目は、私たちの主食を何者かが勝手に奪ってしまわないか、の見張りですか」

 そう言って族長が指さした場所をもう一度凝視してみる。

「干し肉……ですか」

 俺の言葉に族長は「えぇ。お手にとって食べてみますか?」と促した。

「ほっ」

 族長は軽快な足取りでジャンプした。おおよそ3メートルはあろう大きな跳躍で干し肉を取ってきた族長は、空中から俺に向けて干し肉を投げかけた。
 干し肉を受け取った俺に、族長は笑いながら言う。

「水棲馬《ケルピー》の肉を圧縮魔法を使いつつ炙ったものを干したものですわい。私共の主食とさせて頂いております」

 促されるままに、掌に収まるほどの干された肉を見る。匂いを嗅いでみるが、そこには全く匂いが感じられない。
 いや、そんなわけがないだろうと思ってもう一度嗅いでみるが、やはり何も匂わない。
 本当に無臭って感じだ。

「タツヤ様は、圧縮魔法をご存じですかな?」

 訝しげにしていた俺に助け船を出してくれたのは族長だった。

「圧縮……魔法……」

 そういえば、ルーナも言ってたな。一般家庭にはよく圧縮魔法による料理法が確立していると。
 俺の世界では魔法なんてものは完全にファンタジー世界のことだったので、魔法を介した調理法があるなんてのは初耳だ。

「この干し肉は、周りの空気だけを極端に圧縮しているのです」

「……?」

 圧縮……。そういえば、普通の干し肉と違って、この肉は少し外側がぷるぷるとしている。
 これは……水だろうか。

 一口、口に入れる。
 すると口の中では閉じ込められていた香り、そしてどこか半熟卵を思わせるような……。
 外を噛むとプチッと卵白が破裂して、一気にほかほかの卵黄が飛び込んでくる、そんな感覚だ。
 さらに、香りさえも密封していたがために口から鼻へと突き抜けていく香ばしい匂い。
 それが肉で味わえるとは……。

「つまり、日で干すと味は肉の中に凝縮していく……ですが、その水分にも味は付いているのです。ですから、その水分を飛ばぬように肉外にある部分の圧縮魔法によって生成された真空膜に水分を入れていく。すると、干し肉を内側に、そして日に当てられて飛んだ水分はきっちり逃がさずに真空膜がキャッチしてくれるが故に、外はぷるぷる中は水分が飛んで凝縮された肉の味を楽しめる……という、これが私たちの主食になっているのです」

 族長の解説は半分しか聞けなかった。それほどに、この圧縮魔法によって作り出された肉が美味しかったのだ。
 口の中で肉と水分が混ざり合ったら結局は変わらないんじゃないかと思ったが、びっくりするほどにそんなことはない。
 食べたことのないほどに美味しい感覚ってのは、やはり面白い。
 それも普段食べたことのある食材が、全く違った調理法、食べ方によって新しい景色を見せてくれることは至福の幸せとも言ってもいい。

「族長さん、もう一つ、もう一つお願いします……!」

 俺の言葉に、族長はにっこりと笑みを浮かべて再び高い跳躍で干し肉を取ってくれたのだった。
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