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獣人族の宴⑤
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「んぁー……んぁー……?」
キッチン下からのくぐもった声。
何も気づいていなかった俺の肩をぽんぽんと叩いたのは、ネインさんだ。
「タツヤ様、足下から、声のようなものが聞こえるのですが……」
「声?」
至る所で米を炊く匂いが立ち込める中で、ネインさんと同様にその場にいた族長も不思議そうに首をかしげた。
森の奥での轟音はすっかりと止み、先程までの喧噪が嘘のように静かになっても聞こえなかった声だった。
二人が刺すのは、キッチンの下。
キッチンの下から声……?
手を伸ばしつつ、そういえば――と。頭に浮かべた、その瞬間だった。
「んぁー……ぁ」
暗い扉を開けると、そこには全身が青い物体があった――否、それは生き物。
「っほっほっほ……なんとなんと、運龍の赤子ではありませんか」
ぺた、ぺたと、湿った身体をぷるぷるふるってキッチン下から地面に降りたのは、龍人族のグレインさんから貰っていた運龍――ワイバーンの赤子だった!
そういえば、キッチンの下に置いてたなぁ。今まさに還ったのか!
「んぁー……? んぁー」
一対伸びた羽根で、伸びをするかのように広げる。
粘液で湿っている碧い羽毛。その下には、大人の運龍同様に蒼の鱗が見え隠れしている。
恐らく、赤子特有の羽毛なのだろう。大人になると同時にこれは消えていくはずだ。
この個体は、親が双頭だったが、単頭らしい。
一つの頭をぐるりと回した上に、額の端には二つの小さな角がついていた。
大きさとしては、まるでチワワのように小さい。これが、いつかは人が乗れるほどに大きくなっていくのか……。
ふるふると身体を揺すった運龍の赤子は、円らな瞳でじーっと俺を見つめる。
――が。
「んぁっ」
まるで、「お前じゃない」と言わんばかりにそっぽを向かれた。何この仕打ち。俺が何したって言うんだ。
「そういえば、運龍の食性って雑色系だったような……」
そう俺が呟くと、ネインさんは運龍の頭をなでなでし始める。
「えぇ、確か、運龍が人に使われるようになった最大の要因は、人と同じ食性にあるからだって聞きました。やってはいけない食べ物もあるらしいですが、基本的に人の食べない悪の実を使用するというのは、有名な話ですよね」
なるほど。確かに、卵は使うのに絶好だもんな。
蛇とかだって、卵を丸呑みしてしまうくらいだし。運龍もそれくらいはたやすいだろう。
というか、運龍には刷り込みって通用しないの? 何で一番最初に見た俺より、ネインさんの方に懐いてるの?
「そういえば、グレインさんから運龍生まれた時のための粉ミルク貰ってたっけ……」
確か、キッチンの……卵の横くらいに置いてあったはずだ。
あった、あった、これだ。袋詰めにされて、グレインさんが渡してくれた奴。
原材料は決して気にするんじゃないぞと念には念を押されていた、粉ミルク(原材料不明)。
使用方法としては、俺の元いた世界の分と一緒だったために、作るのは早かった。
適度に湯を沸かして、人肌程度に温めたミルクを、味噌汁の器に入れる。
お腹が空いていたのか、運龍の赤子はがふがふと口の周りをミルクで白くしながら美味しそうに飲んでいた。
次に、俺が取り出したのはこれまたグレインさんにもらったアイテムだ。
吹くと、グレインさんの元にいる運龍が着てくれるというもの。
渡されたときには、「赤子が生まれたときか、アリゾールの肉が入り用になったときに鳴らすことだな」と言われていた。
とはいえ、運龍の親も、自分の子供が生まれる時なんてのは直感的に分かるらしく……。
アリゾール龍の肉とあわせて持ってきてくれるのかな? そこら辺はよく分からんな。
とにかく、俺がやることは運龍を呼ぶべき笛を、思いっきり吹いた。
音は出ない。どうやら、周波数的に人間が捉える遙か上の音を波状に伝えるのだそうだ。
運龍ってのはよくわかんねぇな。
「ただいま。ルーナ連れて帰ってきたよ」
運龍の赤子がミルクを飲み、俺も笛を吹いたところで背後から軽快な足取りで戻ってきたのはルーナの姉、ネルト。
風に揺れる茶髪には、戦闘の跡か、緑色の葉っぱが引っかかっている。
「ネルト、暴れすぎでしょう?」
「ご、ごめん……ちょっと、楽しくなってたから……。でも、ルーナ、ちゃんと強くなってるよ」
ネインさんが、叱咤混じりにネルトさんの髪に付いた葉っぱを取り払う。
そんなネルトさんの背にぐったりと倒れるようにして寄りかかっていたのは、ルーナ。
「ルーナは、ちゃんと獣人族《わたしたち》の誇りを持ってたよ」
にひっと、だらしなく笑うネルトさんは、それでも嬉しそうだった。
それから話を掻い摘まんで、ネルトさんも交えて今までのルーナのことを、そして今のルーナのことを聞くことになった。
というか、今ルーナが倒れているのは肉体増幅魔法の副作用か……。
まぁ、ルーナが起きたときには盛大に祭りも始まっていることだろう。
ルーナの正式な獣人族への復帰を兼ねた、大がかりな宴だ。
あと、運龍の赤子が生まれたことの生誕祭も含まれるな。
「んぁー……」
森の大木に寄りかからせるようにして寝かされたルーナに、すりすりと擦り寄っていくのは生まれたばかりの運龍。
「んーぁ……っ。んぁっ」
小さなガラガラ声を出しつつ、ルーナの膝に向かった運龍は、身体と羽根を丸めて膝の上で静かに目を閉じた。
「……あの運龍、俺には懐かなかったくせにルーナには一瞬なんだな……」
俺のため息交じりの声に、ネルトさんは言う。
「運龍ってのは、昔から強い奴に懐くってことらしい。それだけ、ルーナを強いって認めたんじゃないか? 現に、肉体増幅魔法を使用したあいつは、私よりも何倍も強かったしな」
苦笑いを隠せないネルトさん。
そうか……。
……そういや俺、この世界でも一番の雑魚だもんな!
キッチン下からのくぐもった声。
何も気づいていなかった俺の肩をぽんぽんと叩いたのは、ネインさんだ。
「タツヤ様、足下から、声のようなものが聞こえるのですが……」
「声?」
至る所で米を炊く匂いが立ち込める中で、ネインさんと同様にその場にいた族長も不思議そうに首をかしげた。
森の奥での轟音はすっかりと止み、先程までの喧噪が嘘のように静かになっても聞こえなかった声だった。
二人が刺すのは、キッチンの下。
キッチンの下から声……?
手を伸ばしつつ、そういえば――と。頭に浮かべた、その瞬間だった。
「んぁー……ぁ」
暗い扉を開けると、そこには全身が青い物体があった――否、それは生き物。
「っほっほっほ……なんとなんと、運龍の赤子ではありませんか」
ぺた、ぺたと、湿った身体をぷるぷるふるってキッチン下から地面に降りたのは、龍人族のグレインさんから貰っていた運龍――ワイバーンの赤子だった!
そういえば、キッチンの下に置いてたなぁ。今まさに還ったのか!
「んぁー……? んぁー」
一対伸びた羽根で、伸びをするかのように広げる。
粘液で湿っている碧い羽毛。その下には、大人の運龍同様に蒼の鱗が見え隠れしている。
恐らく、赤子特有の羽毛なのだろう。大人になると同時にこれは消えていくはずだ。
この個体は、親が双頭だったが、単頭らしい。
一つの頭をぐるりと回した上に、額の端には二つの小さな角がついていた。
大きさとしては、まるでチワワのように小さい。これが、いつかは人が乗れるほどに大きくなっていくのか……。
ふるふると身体を揺すった運龍の赤子は、円らな瞳でじーっと俺を見つめる。
――が。
「んぁっ」
まるで、「お前じゃない」と言わんばかりにそっぽを向かれた。何この仕打ち。俺が何したって言うんだ。
「そういえば、運龍の食性って雑色系だったような……」
そう俺が呟くと、ネインさんは運龍の頭をなでなでし始める。
「えぇ、確か、運龍が人に使われるようになった最大の要因は、人と同じ食性にあるからだって聞きました。やってはいけない食べ物もあるらしいですが、基本的に人の食べない悪の実を使用するというのは、有名な話ですよね」
なるほど。確かに、卵は使うのに絶好だもんな。
蛇とかだって、卵を丸呑みしてしまうくらいだし。運龍もそれくらいはたやすいだろう。
というか、運龍には刷り込みって通用しないの? 何で一番最初に見た俺より、ネインさんの方に懐いてるの?
「そういえば、グレインさんから運龍生まれた時のための粉ミルク貰ってたっけ……」
確か、キッチンの……卵の横くらいに置いてあったはずだ。
あった、あった、これだ。袋詰めにされて、グレインさんが渡してくれた奴。
原材料は決して気にするんじゃないぞと念には念を押されていた、粉ミルク(原材料不明)。
使用方法としては、俺の元いた世界の分と一緒だったために、作るのは早かった。
適度に湯を沸かして、人肌程度に温めたミルクを、味噌汁の器に入れる。
お腹が空いていたのか、運龍の赤子はがふがふと口の周りをミルクで白くしながら美味しそうに飲んでいた。
次に、俺が取り出したのはこれまたグレインさんにもらったアイテムだ。
吹くと、グレインさんの元にいる運龍が着てくれるというもの。
渡されたときには、「赤子が生まれたときか、アリゾールの肉が入り用になったときに鳴らすことだな」と言われていた。
とはいえ、運龍の親も、自分の子供が生まれる時なんてのは直感的に分かるらしく……。
アリゾール龍の肉とあわせて持ってきてくれるのかな? そこら辺はよく分からんな。
とにかく、俺がやることは運龍を呼ぶべき笛を、思いっきり吹いた。
音は出ない。どうやら、周波数的に人間が捉える遙か上の音を波状に伝えるのだそうだ。
運龍ってのはよくわかんねぇな。
「ただいま。ルーナ連れて帰ってきたよ」
運龍の赤子がミルクを飲み、俺も笛を吹いたところで背後から軽快な足取りで戻ってきたのはルーナの姉、ネルト。
風に揺れる茶髪には、戦闘の跡か、緑色の葉っぱが引っかかっている。
「ネルト、暴れすぎでしょう?」
「ご、ごめん……ちょっと、楽しくなってたから……。でも、ルーナ、ちゃんと強くなってるよ」
ネインさんが、叱咤混じりにネルトさんの髪に付いた葉っぱを取り払う。
そんなネルトさんの背にぐったりと倒れるようにして寄りかかっていたのは、ルーナ。
「ルーナは、ちゃんと獣人族《わたしたち》の誇りを持ってたよ」
にひっと、だらしなく笑うネルトさんは、それでも嬉しそうだった。
それから話を掻い摘まんで、ネルトさんも交えて今までのルーナのことを、そして今のルーナのことを聞くことになった。
というか、今ルーナが倒れているのは肉体増幅魔法の副作用か……。
まぁ、ルーナが起きたときには盛大に祭りも始まっていることだろう。
ルーナの正式な獣人族への復帰を兼ねた、大がかりな宴だ。
あと、運龍の赤子が生まれたことの生誕祭も含まれるな。
「んぁー……」
森の大木に寄りかからせるようにして寝かされたルーナに、すりすりと擦り寄っていくのは生まれたばかりの運龍。
「んーぁ……っ。んぁっ」
小さなガラガラ声を出しつつ、ルーナの膝に向かった運龍は、身体と羽根を丸めて膝の上で静かに目を閉じた。
「……あの運龍、俺には懐かなかったくせにルーナには一瞬なんだな……」
俺のため息交じりの声に、ネルトさんは言う。
「運龍ってのは、昔から強い奴に懐くってことらしい。それだけ、ルーナを強いって認めたんじゃないか? 現に、肉体増幅魔法を使用したあいつは、私よりも何倍も強かったしな」
苦笑いを隠せないネルトさん。
そうか……。
……そういや俺、この世界でも一番の雑魚だもんな!
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