手持ちキッチンで異世界暮らしを快適に!

榊原モンショー

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獣人族の宴⑥

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「タツヤ様! こちらの方の釜も、もう少しで炊き上がるかと思われます!」

「こちらもです! 嗅いだことのない甘い香りが……くぅ……っ!」

「……というか、本当にこんな水気が多くて食べられるんですかね……?」

 森全体が、米を炊いているために少しだけ温度を上げていた。
 集落全体に広がった、食欲をそそる香り。
 以前、北方都市ルクシアでも親子丼を作るために炊飯器で米を炊いたものの、今回の方が遙かに俺としては食欲を刺激されるね。
 何でだろう、子供の時、遠足で飯盒炊飯してるといつも以上にお米が美味しくなる感覚と似ているのかな。

 時を同じくして、隣で別の調理を開始したネインさんの耳がピクピクと何かを完治したかのように動いた。

「敵襲か?」

 その隣で、ネルトさんが好戦的な目を空に向ける。
 
 ……何だ? って、ネルトさん!? すぐそうやって爪を刀にして空中に向けるのやめてくださいよ!

 完全な臨戦態勢に入りつつあったネルトさん。
 そんな俺たちの上空に突如として現れたのは、二つの巨大な黒い影だった。

「う、運龍!?」

 その二つの影には、見覚えがある。
 先ほど、運龍を呼び寄せるために使った笛の音を聞いてやってきた双頭龍。

「んぁ~~っ!」

 その巨大な影が降り立とうとすると、今までルーナの膝の上で気持ちよさそうに昼寝をしていた運龍の赤子が声を明るくして、とてとてと拙い歩みで側に寄ろうとしている。

 その巨大な影は、ルクシア地方で俺たちが照り焼きアリゾールを振る舞った、メイちゃんとルイちゃんだった!

『グォァァァッ!!』

 メイちゃんとルイちゃんは、遙か上空で大きく雄叫びを上げた後に、そのまま垂直に高度を下げていく。
 辺りを風で包まないように、ゆっくりと降りていく彼らの後ろでは、もう1頭の単頭運龍が、先輩(?)を見習って静かに着地した。

『グルルルルァ……』

 静かに喉を鳴らす双頭のワイバーン。
 メイちゃんが、背に乗せられた巨大な肉塊を牙を駆使して器用にほどいていく。
 それに併せて、ルイちゃんが――そして、後方でそれを見守っている2頭のの後輩らしき龍が身体を支えている。

「大丈夫です! この2頭、俺の知り合いなんで、そのまま炊飯を続けておいてください!」

 突然の巨龍の出現に戦闘態勢を取ろうとするネルトさんを筆頭に、集落の人たちに微妙な緊張の糸が張っていた。
 それを解くためにも、俺が説明をすると、ネルトさんは「んー……それなら……」と渋々ネインさんのお手伝いを再開した。

「っていうか早いなぁ……。俺たちが半月掛けて移動してたってのに空路じゃたったの1時間だもんな」

 2頭の背中に乗せられたのは、巨大な肉塊。
 匂いからして、アリゾール龍だろう。そういえば、グレインさんも運龍を呼び寄せた後は照り焼きアリゾールでも作って労ってやってくれって言ってたな。
 後でこの一部を使って照り焼きアリゾールでも作ってみよう。
 幸いにも、ここには樽入りの醤油があることだしな。

「んぁ~……んーぁ! んぁー!」

 運龍の赤子は慣れない翼をぱたぱたとはためかせて親であるルイちゃんメイちゃんの側に、嬉しそうに駆け寄っていく。
 そうか、コイツにとって、この双頭龍は親だったな。
 直感的に分かるもんなんだろうか。

『グルァ……アァッ』

 メイちゃんルイちゃんの2頭も、目を細めつつ我が子の身体をその長い舌でぺろぺろと舐め始めた。
 頭を舌でぺろぺろと舐められているその赤子は、まるで子供の犬や猫が親に甘えている様子と何ら変わらないものだ。
 この親子は、しばらく邪魔しないであげるとするか……。

 その後ろの方では、メイちゃんとルイちゃんが連れてきたもう1頭の龍が自身で縄を引きちぎる。
 そこに積まれているのは、宝珠玉《ルービエ》と紅鳥《グランバレー》!

 グレインさん……サービス良すぎるでしょ……!
 それでもありがたい。この人数が居れば、それだけたくさんの料理が必要になるし、材料もいるしな。
 運龍からの届け物も無事に受け取り、伐採された木の幹に腰を下ろす。

「その……なんだ、すまなかったな」

 ふぅ、と。
 小さくため息をつきながら俺の隣に座った少女。

 ネルト・エクセン・ロン・ハルトは腰まですらりとのびたロングストレートを右手で払って、俺の方へと身体を向けた。
 俺は、ネルトさんの言葉を受けて、村全体を見渡していた。

「突如現れて誘拐して、その上お家騒動にまで巻き込んでしまって……。貴方には散々な迷惑を掛けた。ロン族を代表して、ネルト・エクセン・ロン・ハルト。タツヤ様には――」

「って、そんなに堅くならないでいいですよ! 俺も、こう……そこまで迷惑とは思ってないって言うか、なんて言うか……」

 俺に向けて、最敬礼を示す土下座をしようとする少女をギリギリ食い止める。
 そこまで迷惑と思っていないのは、心の底からの本音だ。

「何というか……ルーナの破門とか、いろんな誤解とか……解けて良かったです」

「ありがたきお言葉――感謝します」

「だからいちいちそんな畏まらなくていいですって!」

「むぅ……な、ならば私が出来ることはこの身体を持って――」

「それもいらないですから!」

 何この変な誘い!
 この世界に来て始めて掛けられたよ、お誘い!

「タツヤ様! この肉塊はどこへ置いておけばいいですかね?」

 俺たちの会話の後にこ獣耳をした一人の男が、尻尾を振りながらこちらへと巨大な肉を運んでくる。
 おおよそ三メートルはあろうかという肉塊だ。それを軽々と持ち上げているところを見ると、流石獣人族と言うべきか。

「とりあえず、キッチン前へ運んでおいてください。俺が調理します。そろそろ米も炊き上がりますしね」

「分かりました! 俺たちも、何か手伝うことあったら、何か言ってください! 魚でも肉でも何でも狩ってきますぜ!」

「た、頼りにしてます!」

 村全体が、活気づいてきている。
 ルーナの話で盛り上がっていたり、米の匂いに吸い寄せられていたり。
 運龍は親子での楽しい時間を過ごしているようだし、その後ろでは木の幹に掛けられてあった干し肉を次々とがぶりかみついている。

 ……って、最後のはちょっとだめなんじゃね?

 ネインさんや、クセルさんが村を挙げて料理を作ってくれている。
 ルーナの帰郷祝いだ。
 そんなお祭り騒ぎとメシの香りを嗅ぎつけたのか。

「……あれ、ここ……」

 本日の宴の主役が、ようやく目を覚ましたのだった――。
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