手持ちキッチンで異世界暮らしを快適に!

榊原モンショー

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中級水龍ヴァルラング①

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 大円森林ヴァステラを経由して二週間が過ぎた。当初、北方都市ルクシアから中央都市エイルズウェルトへはおおよそ一ヶ月半の旅が必要だと思っていたが、この調子だとあと二日ほどで到着しそうだな。

 キッチン、冷蔵庫、そして食料の備蓄。
 共に不足しているわけではない。ただ、一つ変わったことがあるとすれば――。

「ンヴァ?」

 ――ウェイブだ。

 産まれた当初はまるで子猫のような小ささだったにもかかわらず、たった二週間やそこらで、まるで親虎や親ライオンのような大きさにまで成長している。
 たった一週間で乳離れをし、今では元気にアリゾール龍のブロック肉をムシャムシャ噛みちぎっている。
 とてつもないスピードで成長していく運龍と、とてつもないスピードで消費されていくアリゾール龍肉。
 この中で、照り焼きアリゾールが大好物と化した獣人も居るからな……。そろそろアリゾール以外の肉も欲しいところだ。実際、俺も味に飽きてきたし。
 アリゾール龍の肉は良く言うと脂がたっぷり乗っていてボリュームはあるのだが、いかんせん味が大雑把に感じられるときもある。加えて、ボリュームと脂が多いせいでたまに食べるのがキツくなるときがある。
 とはいえ、紅鳥は絶対的に備蓄が少ないし……。グレインさんは構わないと言ってくれはしたが、流石に何度も何度も食料援助を受けるのも申し訳ない。なんとも言えないところではある。

 隣をドスドスと歩くウェイブをなだめつつ、ルーナは荷車を引いていく。

 ウェイブも少しばかり精神的にも成長したらしく、俺を見るや噛むことはなくなった。
 流石に、今の体長で噛まれでもしたら俺の腕はすぐさまなくなってしまうだろうが……。

「……ンヴァゥ……」

 ウェイブはふと、荷車に座る俺を右目で強くにらみ付ける。蒼い鱗に一対伸びた長い翼、そして頭部に伸びる一対の白角。グレインさんのところで会った運龍に着実に近づいている。
 俺に対する敵対心は衰えてはいないようだ。

「そういえばタツヤ様、この近くに川があるのですが、いかがしましょう。今日はそこでお休みになりますか?」

 ふと、前方を歩くルーナが荷車を引いたまま俺に話かけてくる。

「川……?」

「はい。大円森林ヴァステラ付近のアルラ湖を源流とした綺麗な川です。元々のアルラ湖が水の綺麗な場所ですしね。それを源流とするため、アルラット川と呼ばれています」

 そういえば……シジミが採れる場所自体が、綺麗な水質の場所っていう条件もあったような気がするな。
 それを源流とする川なら綺麗でも当然……ということか?

「夏の頃になると、アルラット川では沐浴も行われるほどですし……お疲れの身体を癒やすためにも、いかかでしょう?」

「そうだな……こっから近いのか?」

「はい。エイルズウェルトへ行く中途にありますし、最適かと……」

 ルーナの提案に、俺は頷いた。

「よし、そういえば最近風呂にも入れてなかったしな……。アルラット川、行くか」

「――はいっ!」

 俺たちは少しばかり道を外れて、ルーナの言うアルラット川へと向かうことにした――。

○○○

「ここがアルラット川ですね」

 ルーナが荷車を下ろしたその先にあったのは、広大な川だった。
 川の近くには生い茂った木々。大円森林ヴァステラに近い環境がそこにはあった。
 とはいえ、当たり前か。この川自体がヴァステラの延長線上みたいなところがあるんだから。
 水質としてはかなり綺麗だ。流石に底までは見えないにしても、相当な透明度と見える。
 川の中を泳ぎ回る小魚……そしてそれを追いかけ回す少し大きめの魚など。釣りなどをするには持ってこいの場所だろう。
 とはいえ、釣り道具がない以上何も出来ないのだが……。

「せっかくですし水浴びでもしてきますっ! にゃっふーっ!」

「――って、はや!?」

 ルーナは来ていた服をバッと脱ぎ捨て、どこからともなく生み出した毛皮で胸と腰部分を覆った。
 そういえば……獣人族は沐浴などをする場合は、魔法の一部分を使って申し訳程度に水着を精製するんだっけか?

「ンヴァ~ッ!!」

 ――と、ルーナを追うように川の中へとダイブしていくのはウェイブだ。

「ウェイブ、泳げるの!?」

「ンヴァ……ッ! ヴァヴァヴァァァッ!!」

 ルーナとウェイブが水の掛け合いをして遊び回る中。

「……一応、水の調達でもしておくか……」

 アルラット川のほとりについた俺は一つの木樽を取り出した。
 根本的に、獣人族の住処における水と、俺たちが普段飲んでいる水では明らかに味が違う。
 俺たちの水は、どこからともなく引かれている水道の水だ。日本の水がなぜかそのまま流れている仕組みだが、こちらはいかんせん水道水そのものの味でしかない。
 対して、異世界の水はそれだけでも美味い。何というか……それこそ、天然精製の水――といった感じだ。
 選り好みする余裕がないのも確かだが、こういうときくらいは許されてもいいだろう。

 アルラット川に流れる水を手ですくう。透き通っていて、それでいてひんやりとしている。
 加えて、先ほどからルーナやウェイブが水遊びをしていても、常に立ち泳ぎの形をしているためところを見ると水深は相当なようだ。

「ルーナ、ウェイブ。楽しんでいるところ悪いが、そこらから薪を拾っておいてくれ。今日はここで夜を明かそう。火の光はいくらあっても足りないからな」

 俺の言葉に、「了解ですッ!」と川から上がるのはルーナだ。
 だが――。

「……ヴァゥ……」

 ウェイブはなかなか岸にあがろうとはしなかった。
 クンクンと、どこか匂いを嗅ぐような、そんな素振りを先ほどから見せている。

「……ウェイブ?」

「ヴヴヴ……」

 その表情は、どこか堅い。ルーナが不思議そうに眺めるも、「ウェイブ、見てあげていてください! もうちょっと遊びたいみたいです!」と言うや否や。素早く服を着直して森へと飛んでいく。
 だが――それでもなお、ウェイブはじっと、こちらではなく……俺のいる前方を見ている。

 ――どうしたんだ? あいつ……。

 ウェイブが今まであんな表情をしたことは無かったと思うが……。とはいえ、まだ産まれて二週間かそこらだもんなぁ……。
 何を考えているか分からないのは、お互い様か?

 と、俺が再び木樽に水を汲み始めた、そのときだった。

「ンヴァァァァァァァッ!!」

 ウェイブが猛スピードで俺に向かって走り寄ってくる。
 え、ちょっと待って! ちょっと待って! 今度は何!?

「ストップ! ストップウェイブ! 今のお前がそのまま突進してきたら、俺、死――」

 そう言いかけた、そのときだった。
 瞬間的に感じたのは浮遊感。そして同時に地面が遠のいていった。

「――な、な……!?」

 状況が一切理解できなかった。
 ふと上を見てみると、ウェイブが両の足爪で俺の身体を優しく包み込んで飛翔している……ってウェイブ!?

「ンヴァッ! ンヴァッ!」

 ウェイブは、何か必死に俺に訴えかけているようにも見える。

 その直後――。

 ドォォォォォォンッ!!

 耳を劈くような轟音、そして大量の砂埃の気配が眼下から感じられた。
 俺の身体をしっかりと握るウェイブから目を離した瞬間、先ほどまで俺のいた場所にはナニカ・・・がいた。

 透き通った川から突如として姿を現したその生物。
 紅の体躯にワニのような体長――いや、体長自体は俺の想像していたワニよりも数倍は大きなものだろう。
その生物は、俺の元いた場所に向けて大きな口を開いていた。

 もし、あのままだと、俺は――。

 ……ってことは、ウェイブは俺を……助けてくれたのか?

「……ンガ?」

 思いっきり口を開いたその生物は、少し首をかしげながらその直上にいる俺たちを睨み付けていた。

「ッッッッガァァァァァッ!!!」

 口の中に砂利の感覚しかないことを悟ったその生物はじっと、飛翔するウェイブと俺を見つめて――天を、地を引き裂くような巨大な咆哮が、アルラット川全域を振動させていた――。


 
 
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